第7話「獣人護衛部隊結成:その一」

 統一暦一二〇五年三月十八日。

 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、獣人族入植地ヴォルフ村。狼人族戦士エレン・ヴォルフ


 いつも通り森に入って魔獣ウンティーアを狩り、日が大きく傾いた頃に村に戻ってきた。


 家に入ると、村長である親父のデニスが、俺たち獣人族セリアンスロープの武術の師匠であるシャッテンのリオ殿と話していた。


 いつも冷静な親父にしては珍しく、興奮したように顔を紅潮させている。


「その話は真なのだろうか! いや、リオ殿を疑っているわけではない! あまりに良い話で俄かには信じられなかったのだ!」


 犬人族に姿を変えているリオ殿は、いつも通りの無表情なまま大きく頷く。


九の組ノインの組頭であるユーダ・カーン殿からの連絡であり、確実な情報だ」


 親父は「オオ!」と吠えた後、大きく頭を下げる。


闇の監視者シャッテンヴァッヘの方々のお陰だ。感謝してもしきれぬ!」


「それはマティアス様とイリス様にお伝えすべきだな。イリス様がご提案になり、マティアス様が承認されたのだから」


 話は見えないが、マティアス様に関することらしい。


「何があったんだ、親父?」


 俺がそう聞くと、親父は俺の肩をガシッと掴む。


「喜べ! マティアス様が我らを護衛としてお傍に置いてくださるそうだ!」


「そ、それは本当か、親父! 本当なんだな!」


 俺たちにとってマティアス様は命の恩人であるだけに留まらず、同胞を救い出してくれた英雄でもある。命を賭けてお仕えしたいと思わない獣人族セリアンスロープはここにはいないほどだ。


 俺も一瞬にして興奮状態に陥り、リオ殿が声を掛けてくるまで、親父と抱き合って喜びあっていた。


「感激しているところ悪いが、ユーダ殿からの情報ではマティアス様はあと一週間ほどでこちらに到着される。そして、それほど日を空けずにリッタートゥルム城に向かわれるそうだ。それまでに護衛隊を結成しておかねばならないことは理解しておいてほしい」


 そこで親父は少し冷静になった。


「一週間しかないのか……これは難題だぞ……」


 親父が何を気にしているのか、頭に血が上っている俺には理解できなかった。


「何が難題なんだ?」


「リオ殿の話では護衛隊は三十人程度でいいらしい。だが、この地には六十の氏族、三万の同胞がいるのだ。選抜のやり方が拙ければ、血の雨が降りかねん」


 そこで親父の懸念を理解した。しかし、そんなに難しいのかと首を傾げる。


「勝負して上位三十人に絞り込めばいいだけじゃないのか?」


「馬鹿野郎! 護衛隊はマティアス様をお守りすることが任務だ。単に強いだけじゃ務まらんことが分からんか!」


 確かにそうだ。

 いくら強くとも、守るべき対象を放り出して突っ込んでいく馬鹿を、選ぶわけにはいかない。

 そこで親父が何を懸念していたのか、完全に理解した。


「どうするんだ……一週間では決めようがないんじゃないか……」


「リオ殿、何か良い知恵はないだろうか」


 親父が珍しく弱気な声でリオ殿に尋ねている。


「ないこともない」


「そ、それはどのような方法なのだ!」


 活路が見いだせると思ったのか、親父がリオ殿に詰め寄る。


「我らが最も相応しい者を選ぶ」


シャッテンが選ぶ……確かにリオ殿たちは我らの師だが……」


 俺がそう呟くと、リオ殿は律儀に俺に向かって説明してくれた。


「マティアス様の護衛は“一の組アイン”の組頭、カルラ・シュヴァイツァー様とその配下だ。カルラ様の命令に即座に対応できる者でなければ、マティアス様をお守りすることはできない。ならば、我らシャッテンが選ぶことは合理的だ」


 その通りだと思った。

 親父も同じ思いだったのか、即座に了承する。


「その通りだ。ならば、明日にでも……いや、今夜中に各村に伝達せねばなるまい。エレン、大至急、村の主だった者を集めろ」


 俺はその言葉に無条件に従い、村中を駆け回った。

 三十分ほどで村人たちが集会場にもなっている広場に集まる。その中には子供を抱えた女や老人たちもおり、関係ない者が多い気がしたが、それを無視して親父は村の衆に説明を始めた。


「先ほど王都から連絡があった。マティアス様が一旦領地に戻られ、護衛隊を引き連れて国境付近を視察されるらしい。その誉れ高い護衛隊に我ら獣人族セリアンスロープが選ばれた!」


「「「オオオオ!!」」」


 そこで大歓声が上がる。

 みんなも俺と同じ気持ちだということだ。

 しかし、時間が惜しいと思ったのか、親父はその興奮を一喝して静める。


「静まれ! まだ続きがある! 護衛隊の人数は三十人程度! すべての氏族から護衛として優秀な者だけを選ぶ! 選抜はリオ殿ら、シャッテンの方々に行っていただく! このことを大至急、すべての村に伝えねばならん! 誰がどの村に行くかは今から俺が指名する。聞き漏らすな!」


 そう言って親父は次々と男衆を指名していき、指名された者は即座に駆け出していく。

 既に暗闇が広がりつつあるが、俺たち狼人ヴォルフ族は月が出ていれば、夜でも全速力で走ることができるから問題はない。


 翌日、朝一番から次々と他の氏族の者たちが集まってきた。

 その数は村が空になったんじゃないかというほど多く、村の外の草原に集められる。


 すべての氏族が集まったのは、普段なら朝飯を食べ終わった頃だ。

 ここから一番遠い村は十キロほど離れているから、夜明けと共に走ってきたのだろう。


 どれだけの数がいるか分からないが、少なくとも三千人は超えているはずだ。

 親父は族長たちを集めた。いつもならガヤガヤとしゃべる声が聞こえるのだが、誰一人口を開かない。


 親父は全ての氏族がいることを確認した後、説明を始めた。


「聞いていると思うが、マティアス様の護衛隊を作ることになった! リオ殿の話では、護衛は腕っぷしだけでは決められんそうだ。それに一人ではなく、組として動ける者でなければ、隙を作ってしまうから守ることができん。そこで各氏族から五名一組を出し、その中からリオ殿たちに選んでもらう。無論、我らヴォルフ族も候補に過ぎん。この方法に異議のある者はこの場で言え!」


 族長たちは誰一人声を上げないが、これは予想通りだ。

 シャッテンはこの地において武術の師匠というだけでなく、マティアス様の代理人でもあり、異議を唱えることなどあり得ないためだ。


「よろしい! では、今から正午までに氏族の代表を選べ! 先ほどの話をよく考えて、マティアス様をお守りするに相応しい者を選んでくれ! 以上だ!」


 その言葉で族長たちは一斉に動き出した。


 この地には六十の氏族がある。五人一組ということは三十人なら六つの氏族が選ばれることになるから、倍率は十倍だ。


 そんなことを考えていたが、俺たちも代表を選ばなくてはならない。

 当然、俺もそれを狙っている。


 村の広場に若い男女が集まってきた。その数は三百人以上。全員がそれぞれ得意な武器を持っていた。


 見ると、すべて腕に自信がある奴ばかりだ。それに腕の差はそれほど大きくなく、全員がオーガくらいは一対一で倒せる。魔獣狩人イエーガーの階級で言えば、一流であるゴルト級から白金プラティン級に相当する。


 親父が俺たちに向かって叫んだ。


「選び方はリオ殿の指示に従えるかどうかで決める! 百人ずつ横に並べ!」


 事前にリオ殿に相談していたようだ。


 親父の言葉で、三百人の男女が列を作っていく。一列百人でそれが三列出来上がった。前後の間隔は三メートルほどあるが、隣同士は五十センチもない。

 リオ殿は最前列の中央付近に立ち、悠然と俺たちの方を見ている。


「これより私が命令を出す。それに即座に従ってほしい。遅れた者が脱落することになる」


 なるほどと思った。腕に差がないから、すぐに命令に反応できる者を選ぶということらしい。

 突然、リオ殿が叫んだ。


「三歩後ろへ!」


 俺は構えていたため、すぐに反応できたが、油断していた者は僅かに遅れている。


「そことそこ、それにその左の者……大剣を背負っている者と二人右。今言われた者は脱落だ」


 一気に十人以上が脱落した。

 脱落した者は肩を落として列から抜け、残った者が空いた隙間を詰めていく。

 そんな感じで進んでいき、三十人ほどに絞られた。幸い、俺はまだ残っていた。


「残った者で二列縦隊を組め」


 俺たちはすぐに並び直す。

 その直後、リオ殿が命令を発した。


「右前方から敵! 武器を構えろ!」


 その命令に俺はすぐに腰に差してあった剣を引き抜き、半歩前に出て剣を構える。

 俺の斜め後ろに弓使いがいたから、射線を確保するためだ。


 前方では槍を持っていた奴が、その隣の盾持ちの片手剣使いとぶつかり、大きな音を立てている。


「盾持ちは下がれ! 槍使いはそのまま! その後ろの……」


 周囲との距離感や後ろの弓使いへの配慮なども選考の対象となるようで、俺の選択は間違っていなかった。


 こうして、五人にまで絞り込まれたが、俺は何とか残ることができた。


 五人に絞られたところで、親父が鋭い視線を向けてきた。


「よろしい。お前たち五人が我がヴォルフ族の代表だ! 必ず選ばれてくるんだ! 頼んだぞ!」


 残ったのは片手剣と小型の盾を使う俺エレン、同じく片手剣使いのクルト、槍使いのルーカス、女性の双剣使いレーネ、同じく女性の弓使いサラの五人だ。


 いずれも二十歳前後と俺とほぼ同い年で、気心も知れている。どうやらそう言った観点も選考基準になっていたようだ。


 正午を過ぎた頃、再び草原に向かった。

 そこには他の氏族の代表たちが誇らしげな顔で並んでいた。


 その代表たちを見て、ある懸念が頭に浮かんだ。

 護衛なのに装備がバラバラで大丈夫なのかということだ。


 集まった代表たちのほとんどが同じ武装で統一されている。

 虎人ティーガー族は全員が片手剣と盾だし、猫人カッツェ族も全員が短剣使いだ。


 俺の不安をよそに、選抜試験の説明が始まろうとしていた。

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