第6話「行動開始」

 統一暦一二〇五年三月十三日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 宰相と交渉した翌日、私の王都追放が大々的に公表された。

 期限は本日三月十三日の日没。そのため、王立学院で急いで引継ぎを行い、出発の準備を行った。


 更にラザファムとハルトムートが事情を聴きに来たので説明している。彼らには士官学校のことを含め、すべて話した。


「つまり皇帝とマルクトホーフェン侯爵に一泡吹かせるために、罠に嵌まったと見せかけるわけだな」


 ハルトムートの言葉にラザファムも頷き、笑みを浮かべている。


「二人には大いに憤ってもらわないと困るからね。グレーフェンベルク閣下に食って掛かるくらいの勢いでお願いするよ」


 私の依頼に二人が苦笑する。


「この話を聞いていなければ、本気で抗議に行くつもりだったのだが、気勢が削がれたな」


 ラザファムがそう言うと、ハルトムートも同じように零す。


「俺が文句を言いに行かないと不自然に見えるよな……聞かなかったら、やきもきするが、聞いてしまった以上、上手く演技ができるか不安だ」


「半年も掛からないとは思うけど、その間は兵たちが不満を持ち過ぎないように上手くコントロールしてほしい。騎士団を強化するために策を練ったのに、結果として弱めたら意味がないからね」


 私の言葉に二人は頷くが、ハルトムートが溜息を吐く。


「相変わらずマティの要求は難しいものばかりだな。まあ、その分やりがいはあるが」


 その後、出発の準備を本格化させた。

 今回も馬車を使うが、罪人らしく子爵家の紋章が入っていない比較的粗末な物を用意した。また、護衛も兵士に扮したシャッテンのみとし、護送されているように見せている。


 夜明けと共に出発するが、門を出る時に家族と使用人全員が見送るようにしてもらった。その方が無実の罪を着せられて都落ちするように見えるからだ。


 また、同行者は執事見習いであるユーダと長年仕えてくれているメイドのカルラのみで、同行を強く望んだフレディとダニエルのモーリス兄弟すら連れていない。


 お気に入りの二人すら連れていけないということで、うちの使用人たちは私が本当の罪人になったのだと認識し、いろいろなところで話してくれるはずだ。


 今日の出発は公表しなかったため、早朝の王都をゆっくりと馬車は進んでいく。

 王都を出る直前、南門の前で多くの兵士が私を見送りに来ていた。どこかで聞きつけたのか、ラザファムたちが故意に情報を流したのだろう。


「俺たちは信じています!」


「必ず帰ってきてください!」


 そんな声がいくつも聞こえてきた。

 私は馬車を停めてもらい、イリスと共に外に出る。


「私の無実は必ず証明されます! そのためにグレーフェンベルク閣下が動いてくださると約束していただいています! 皆さんも閣下を信じて無茶はしないでください! 私も領地で大人しくしているつもりですから。見送りありがとうございました!」


 私の言葉に兵士たちが「お気を付けて!」とか、「俺たちも頑張ります!」という声が上がった。

 その声に二人で頭を下げてから、馬車に乗り込む。


「騙しているみたいで気が引けるわ」


「そうだね。でも、こうでもしないとマルクトホーフェン侯爵や帝国が介入してくるかもしれないからね」


 私自身も少し引け目を感じているが、敵を欺くにはまず味方からと割り切っている。


 門での出来事は多くの人が見ているので、必ず噂になる。

 商人たちに対しては、これから向かう商都ヴィントムントでも細工をするので、帝都には確実に情報が届くはずだ。


「でも、またあなたと一緒に旅ができるのね」


「そうだね。まあこれが旅と言えるならだけど」


 そう言って馬車の中に積んである荷物に視線を向ける。

 そこには撮影の魔導具や通信の魔導具などが積み込まれていた。


「私は構わないわ。それにこういったことの方があなたらしいし、私も久しぶりに羽を伸ばせるから」


 結婚してから鍛錬の時以外、男装をしていなかったが、今回は鎧こそ身に着けていないものの、騎士が着るようなスタイルで、腰には愛剣を差している。


 これは今回の処置に納得していないという意思表示と見えるようにしているものだが、この格好の方が気楽でいいらしい。


 出発から九日目の三月二十一日に商都ヴィントムントに到着した。

 到着と共にモーリス商会に向かった。


 本店に着くが、世界を股に掛ける商会長ライナルトは不在で、妻のマレーンが対応してくれた。

 既に私が王都追放となったことは知っており、心配そうな表情を浮かべている。


「ご領地での謹慎処分になったと伺いましたが……」


 人払いを頼んだ後、今回の件について簡単に説明した。


「そのことについて説明させていただきます……」


 帝国が謀略を仕掛けてきたことと、それに対して嵌まったように見せかけていることなどを説明する。


「……ですので、特に問題はないんです。本当ならフレディたちも一緒に来させたかったんですが、罪人があまり大勢を引き連れているのもおかしな話なので、無理に置いてきました」


 私の説明にマレーンは安堵の表情を浮かべる。


「では、問題は全くないと。我が商会にできることは何かございますでしょうか?」


「私が意気消沈していたことを噂として流してください。それからライナルトさんに連絡を入れたいのですが、今はどの辺りにいらっしゃいますか?」


「夫はエーデルシュタイン支店に滞在中です。帝国軍が大量に穀物を発注しておりますので、その交渉という名目で情報収集に当たっております」


 運がいいことにすぐに連絡が付く場所にいた。


「では、ライナルトさんに連絡をお願いします。明日の朝に直接お話ししたいとお伝えください」


 それだけ依頼して、宿に向かった。

 耳聡い商人は既に情報を得ているようだが、私の顔を知っている人間の方が少ないため、それほど気を使う必要がない。

 念のため、宿で変装してから商業地区に向かい、買い物とレストランでの食事を楽しんだ。


 翌日、朝食後に再びモーリス商会に向かった。

 商会に入ると、すぐに長距離通信用の魔導具がある部屋に案内される。そこには魔導具の操作要員であるシャッテンが片膝を突いて待っていた。


「既にエーデルシュタインとは接続済みです。ライナルト殿も待機されております」


 そこまで急いでいるわけではなかったが、誤解を与えてしまったようだ。

 礼を言って魔導具に向かって話し始める。


「朝早くからすみませんでした。奥様から聞いていると思いますが、私は王都から追放されたことになっています。この件でライナルトさんにお願いがあって繋いでいただきました」


『ご無事そうで何よりです。話を聞いた時には帝国にしてやられたのかと気が気ではありませんでしたので。それで私への依頼はどのようなことでしょうか』


 本気で心配してくれていたようで心苦しい。


「帝都に今回の情報が届いた後、支店の方に内務府に抗議を行っていただきたいと考えています。抗議と言っても強くではなく、商会長の息子が師事している相手を引き抜くつもりなら、ひと言あってもいいのではないか、事前に聞いていたら巻き込まれないように対処できたという感じで」


『なるほど。マティアス様が罪に問われたから、息子たちまで連座されそうになったという感じですね。我が商会に協力を依頼しておきながら、あだで返すようなことをしたのだから、文句の一つも言いたくなったということなら、おかしな話ではありません。ですが、それにどのような意味があるのでしょうか?』


 さすがに私の考えをよく読んでくると感心する。


「理由は二つあります。一つは噂が真実であると帝国に認識させることです。情報通の貴商会が抗議に来たということは真実だと思うはずだからです」


『おっしゃることは理解できます。特に内務尚書のシュテヒェルト氏は我が商会の情報収集能力と営業方針についてよく理解しておられますから。それで二つ目の理由とはどのようなものなのでしょうか?』


「私と貴商会はそれほど近い関係ではないと思わせたいのです」


『それはどういった目的でしょうか?』


「今回、皇帝が直接関与してくるほど、帝国は私に対して興味を持っています。当然、私が誰と関わっているか調べているでしょう。貴商会が我がラウシェンバッハ子爵領に投資していることやフレディたちを預かっていることも知られているかもしれません。商会の安全のために、私との関係が仕事上のものだと認識してもらった方がいいと思いまして」


 そこでライナルトは僅かに沈黙した。


『確かにその可能性はあると思いますが、私としましては、我が商会のために大恩あるマティアス様を貶めるようなことは、あまりしたくないのですが』


「これは私自身のためでもあるのです。今も使っているこの魔導具のことを知られるわけにはいきませんし、重要な情報源である貴商会を失うことも私にとっては大きな損失になるからです」


 これは彼を気遣ったということもあるが、私の本心でもある。


『そう言うことでしたら、全面的に協力させていただきます。私どもも無用な危険を冒したいわけではございませんので』


 合理的なライナルトはすぐに理解してくれた。


『では、私が帝都に赴き、内務尚書に会いましょう。彼は私のことを評価してくれているようですし、恩も売っておりますから』


 エーデルシュタインから帝都まで行くと言い出した。


「わざわざライナルトさんに行っていただく必要はありませんが」


『そろそろ帝都に行くタイミングですので、それが少し早まっただけです。それにマクシミリアン皇子が幽閉されましたから、私が帝都に戻っても違和感はありません。というより、私が脅されていたという証左になるので都合がよいのではないでしょうか』


 ライナルトはマクシミリアンに呼び出された直後に帝都からエーデルシュタインに移った。マクシミリアンがモーリスに暗殺用の毒物を用意するように恫喝したという噂を流し、それがマクシミリアンの失脚の原因となっている。


「確かにそうしていただけるとありがたいですが、ライナルトさんの安全を最優先で考えてください。マクシミリアン皇子は幽閉されましたが、本当に幽閉されているのか疑問を持っています。それに皇帝は健在ですし、ゴットフリート皇子派が何か仕掛けてこないとも限りませんから」


『その点は充分に考慮いたします。私も痛い目には遭いたくありませんからね』


 最後は明るい声で言ってきたが、これは私を安心させるためだろう。

 この他にもいろいろと情報交換をした後、ライナルトとの通信を切った。


 その後、王都とも接続し、状況を確認した。

 特に変化はなく、私たちは翌日、ラウシェンバッハ子爵領に向けて出発した。

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