第22話「召喚状」

 統一暦一二〇四年十二月十一日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン。マクシミリアン・クルーガー元帥


 私の下に一人の文官がやってきた。

 軍務府の次官で、私に対する召喚状を差し出す。


「軍務府では元帥閣下の帝都への召喚を決定しました。これは枢密院も承認した正式な召喚状でございます」


「召喚? 私は第二軍団長だが、戦地であるここで麾下の軍団から離れろと、卿はそう言いたいのか?」


「その通りでございます」


 次官は無表情で頷く。


「召喚の理由を聞いておらぬが、ここに書いてあるのかな?」


「軽々しく記載できる理由ではございませんので、書かれてはおりません。ですが、召喚状自体は正式な物であり、可及的速やかに帝都にお戻りいただきたい」


 部屋の中だが、十二月であり肌寒い。しかし、次官の額には玉のような汗が浮き出している。


「なるほど。理由は言えないが、正式な召喚状だから軍団と別行動せよと……ちなみに私が不在の場合は誰が第二軍団を指揮するのか。第一師団長が代行すると考えてよいのだな」


 そこで次官は額の汗を拭く。


「軍団の指揮権はゴットフリート・クルーガー元帥閣下が代行されます」


「ほう。兄上が……二個軍団六万を指揮するとは……皇帝陛下と同等の権限を与えるということだな」


 私の言葉に次官は答えなかった。

 これまで二個軍団以上を直接指揮したことがある者は皇帝以外にはいない。


 二個軍団の合同作戦は過去にもあったが、その場合もどちらかの軍団長が総司令官になるが、他の軍団長への命令権は持つものの、軍団の指揮権を与えられたことはなかった。


「出立は明日の朝八時。馬車はこちらで既に手配しております。護衛として第一軍団から一個大隊が派遣されておりますので、第二軍団から改めて選出する必要はございません」


「私は虜囚ということか……」


 そう言って視線を強めると、次官は目を逸らす。


「お伝えすることは以上でございます。では、明日の朝、時間通りに」


 それだけ言うと、逃げるように出ていった。


 私は召喚状を見ながら、今後のことを考えていた。


(誰の策かは分からぬが、やってくれるものだ。私から戦力を奪い、敵地に近い帝都に送り込む。個人的に陰供ヴェヒターは雇っているが、命を狙われれば一たまりもないな……)


 魔導師の塔、真理の探究者ヴァールズーハーの間者集団、真実の番人ヴァールヴェヒターから三人の陰供を雇っているが、闇の監視者シャッテンヴァッヘナハトに比べれば、実力は落ちると聞いている。


 また、真実の番人ヴァールヴェヒターの間者は帝国軍と内務府でも雇っており、彼らが私に剣を向ければ、生き残れる可能性は皆無だ。


(しかし誰なのだ? 兄ということはあり得ぬし、部下にこれほど手際よく噂を流せるような者はいない。元老のフェーゲラインにしても手際が良すぎる。あの者は無能ではないが、こういったことに秀でているとも聞かぬ。可能性があるとすれば、内務尚書のシュテヒェルトだが、彼には私を失脚させる理由がない……)


 ここ数年気になっていることだ。

 統一暦一一九八年の士官学校卒業くらいから、私と兄ゴットフリートを対立させようとする噂が流され続けている。


 最初は気のせいかと思ったが、いろいろと調べていくうちに、何者かが私を追い詰めようと操作していることが見えてきた。


 もちろん、私自身皇帝の座に興味がないとは言わないし、兄よりも私の方が支配者としては優れているという自負もある。


 それに皇帝になれば、今の不合理な体制、すなわち枢密院による干渉をなくし、真に皇帝による親政と言える政治が行える体制にするつもりだ。


 このことは周囲に漏らしたことはなかったが、いつの間にか噂となって広がっていた。その結果、元老たちが私を危険視し始めたのだ。


 今回のこともそうだ。

 父である皇帝はもちろん、兄ですら暗殺しようなどとは考えたこともなかった。


 父は合理的な考えの持ち主であり、それ以上に帝国を愛している。軍人としてだけでなく、政治家としての力量を見せつけることで、私を後継者に指名するはずだ。


 兄の軍事的な才能を惜しむかもしれないが、長期的に見れば私を指名する選択肢しかあり得ない。


 しかし、現状では私が後継者として指名される可能性は激減している。

 特に帝都では民たちからの評判は最悪であり、私を後継者に指名すれば、父に対する評価も落ちる。合理的な父なら、私を切り捨てることは充分にあり得るのだ。


 そして、今回の父の急病だ。

 詳細は伝わってこないが、少なくとも公式の場に姿を見せたという情報は入っていない。

 つまり、容体はかなり悪く、既に他界している可能性すらある。


 もし父が崩御していれば、私の命も危うい。

 後継者に指名されているなら、今回の召喚で直属の護衛を付けることが許されたはずだ。そうしなければ、万が一何か起きた場合に、第一軍団長が全責任を負うことになるからだ。


(ちょうどよい機会かもしれんな……ここにいても何もできん。帝都ならばこの事態を打開することが可能だ。幸い兄はお人好しだ。唆す者がいたとしても積極的に動くことはあるまい……帝都でシュテヒェルトを味方に付け、打開を図る。これしかない……)


 翌日、私は帝都に帰還するとだけ発表し、エーデルシュタインを出発した。


■■■


 統一暦一二〇四年十二月十二日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン。ゴットフリート・クルーガー元帥


 弟マクシミリアンが帝都に向けて出発した。

 窓から見ていたが、その様子は虜囚そのもので、皇位継承権所有者であり、帝国元帥である者に対するものではなかった。


 俺自身、弟が父を暗殺しようと考えているとは思っていない。もちろん俺に対してもだ。

 弟は絶対的な自信を持っており、暗殺などという危ない橋を渡る策に手を出す必要性を感じていないからだ。


 だから、父が倒れたという情報が入った際、部下たちからマクシミリアンを拘束すべきだという意見が出たが、それを一蹴している。


 また、その後にマクシミリアンと腹を割って話し合った。

 奴は正直に皇帝の座を目指していると言ったが、同時に暗殺という卑劣な手段は採らないと断言した。


『暗殺などという卑劣な手段を取らずとも、陛下や枢密院を認めさせる自信があります。それに暗殺を行えば、帝国内に禍根を残すことになります。即位しても家臣たちの顔色を窺い続けねばならなくなりますから、そのような不合理なことを行うつもりはありませんよ』


 その自信に満ちた顔を見て、弟が潔白だと確信した。


 第一、第三者的に見れば、暗殺を考えるのは俺の方だろう。

 軍事的にはともかく、政治的には圧倒的に劣っている。偉大な皇帝である父を継ぐに相応しい者は、政戦の天才であるマクシミリアンだと俺自身が考えているからだ。


 だからと言って、素直に皇帝の座を譲ってやる気はない。

 少なくとも俺以上の成果を挙げ、家臣や臣民のほとんどが認めなければ、俺も敗北は認めない。


 そして、俺が皇都攻略に成功すれば、弟がそれ以上の成果を挙げることは難しいと考えている。そうなった場合でも弟が素直に諦めるとは思えないから、俺は皇帝の座を得るために、弟と本格的に争うことになるだろう。


 それ以前に、この危機を弟が乗り切れるとは思えない。

 俺の周りだけでなく、弟が父を暗殺しようとしたと考えている者がほとんどであり、帝都では弟の味方になる者などいないはずだ。


 父が健在ならまだ分からないでもないが、俺のところに入った情報では、十一月十一日に倒れてから何度か意識が戻ったものの、すぐに昏睡状態に陥っているらしく、治癒魔導師の力によって生きていると聞いている。


 いずれにしてもこの時間を利用して、リヒトロット皇国への攻勢を強め、マクシミリアンが諦める状況を作らねばならない。今の命すら危うい状況なら、弟も諦めざるを得ない。そうなれば、奴の助命も通りやすいだろう。


 俺は二つの軍団に皇都攻略の準備を命じた。

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