第15話「獣人族の実力」

 統一暦一二〇四年八月十三日。

 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 ラウシェンバッハ子爵領に入植した獣人族セリアンスロープの村の様子を見にいった。

 村は二年前に比べて大きく発展しており、各村の長も問題を抱えておらず、安堵した。


 狼人ヴォルフ族の長、デニス・ヴォルフから戦士たちの鍛錬の成果を見てほしいと言われ、各村の長から挨拶を受けた後に村の外に向かった。


 村の外にある緩やかな丘の上に連れていかれる。

 そこから草原を見下ろすと、数千人の壮年の男女が完全武装で控えていた。


 武器はさまざまだが、防具は動きやすさを重視しているのか、金属鎧の者はほとんどおらず、革鎧が多い。鎧も武器も手入れが行き届いているのか、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。


「各氏族の代表者・・・、約三千名が集まっております」


 総数でも多いと思っていたのに、代表者と言われ、一瞬言葉を失う。


「これほど多くの人が代表ということですか?」


「本来はもう少し減らすつもりだったのですが、一定の水準以上の者なら参加していいと伝えたため、これほどの数になっています」


「一定の水準ですか?」


「少し曖昧なのですが、法国軍の一般兵三名と渡り合える実力を持つことを条件としました。氏族のよっては多少甘めに見ているところもありますので、すべてが三人分の実力とは言い切れないところが残念です」


 法国軍兵士は身体強化が使え、王国軍兵士の倍の能力と言われている。その法国軍兵士の三倍ということは王国軍兵士の六倍となる。単純な計算なら、ここにいる戦士だけでも第一から第四までの王国騎士団すべてと渡り合えるということだ。


 もっとも教育を受けた指揮官がいないので、単純な比較にはならないが、それでもこれだけの潜在能力を持つ戦力がここにいるという事実に頭が痛くなる。

 しかし、更に衝撃的な話を聞かされた。


「代表者ということは、他にもまだいるのよね?」


 イリスの問いにデニスは大きく頷いた。


「ここにいる者より劣りますが、この二倍、約六千名が戦士として戦えると考えています」


 その言葉で頭を抱え込みたくなった。


 グライフトゥルム王国最大の貴族軍はマルクトホーフェン騎士団だが、その数は五千人に過ぎない。それも徴用された農民兵が大半で、兵士としての能力は高くない。


 人数だけでもマルクトホーフェン侯爵家の倍近い規模の軍を、子爵家に過ぎないラウシェンバッハ家が保有していることになる。

 この事実が知れ渡れば、国内だけでなく国外にも大きな影響を与えることになるだろう。


 国内ではマルクトホーフェン侯爵派だけでなく王家も警戒するだろうし、帝国が知れば王国内を混乱させるため、何らかのアクションを起こす可能性がある。


 特に皇帝コルネリウス二世は私のことを諜報局に調べさせており、獣人たちのことを知れば、謀略を仕掛けてくる可能性は否定できない。


 今のところ、闇の監視者シャッテンヴァッヘが防諜活動を行ってくれているので、情報は漏れていないが、これほど大規模になるといつかは情報が漏れる。そのことが不安を掻き立てていた。


 私が苦悩していることに、デニスは気づかず、戦士たちに指示を出していく。


「氏族ごとに力をお見せしろ! まずは白猫ヴァイスカッツェ族からだ!」


 その言葉で比較的小柄な猫人族の戦士、三十人ほどが一斉に前に出る。

 一礼した後、左右に二手に分かれていく。そして、百メートルほど離れたところで止まり、次の瞬間、同時に互いの方に走り出した。


 その速度は遠目に見ても尋常ではなく、身体強化を使っていることが素人の私にも分かった。


 二つの班がすれ違う直前、同時にジャンプした。その高さは四、五メートルほどあり、空中で横に回転しながら剣を振り抜く。

 着地も見事で、剣を構えたまま振り向き、体勢を崩している者は皆無だった。


 そのアクロバティックな動きは現実のものとは思えず、昔に見たアクション映画を思い出す。


「凄いわね……三倍くらいの身体強化じゃないかしら……」


 東方系武術が使えるイリスが呟いている。

 私はイリス以上に驚いているが、この原因がシャッテンによる指導なのか確認しようと思った。


 弟のヘルマンが興味津々という表情で質問する。


「リオ殿が指導されて、ここまでになったということですか?」


「私が行ったことは、身体強化の方法についてのアドバイスと、剣術の基礎を教えた程度です。彼らの能力が元々高かったということでしょう」


 後ろに控えていたリオが静かな口調で答えた。

 その後、各氏族がそれぞれの個性にあった演武を見せていく。


 その動きはいずれも尋常ではなく、身体強化を使っていたレヒト法国の兵士を遥かに凌駕するものだった。


 デニスにも聞いてみたが、やはり特別な訓練を行ったわけではなく、基礎を学んだだけらしい。

 獣人族の能力は知っているつもりだったが、その潜在能力の高さに驚きを隠せなかった。


 すべてを見終わった後で、デニスが私に視線を向けた。

 私からの言葉を求めていると感じたので、丘を下っていき、戦士たちの前に立つ。

 戦士たちは村に入った時と同じように片膝を突いて頭を下げる。


「皆さんの努力は本当に素晴らしいと思いました! これからも魔獣ウンティーアとの戦いで犠牲を出さないように努力していただければと思います!」


 あえて魔獣ウンティーアとの戦いと限定したが、デニスが全員に聞こえるように大きな声で私に話しかけてきた。


「我々はマティアス様のために命を賭けて戦うつもりです! ご命令さえ出していただければ、どのような戦いにも赴く所存! これは我がヴォルフ族だけでなく、ラウシェンバッハ子爵領にいるすべての氏族の思いでもあります!」


 これに対して、私は静かに、しかし断固とした口調で断った。


「私のために命を賭けると言ってくださったことには感謝しますが、私は皆さんにそのようなことは望んでいません。あなた方を戦地に送り込めば、トゥテラリィ教の指導者たちと同じになってしまうからです。私は皆さんが幸せに暮らし、その結果、法国の戦力が落ちるなら、それで十分なのです」


 正直な思いを伝えるが、デニスに納得した様子がない。


「帝国が攻めてくるかもしれないと聞いています。実際数年前にシュヴァーン河まで来ていたと聞きました。帝国の大軍がシュヴァーン河を越えれば、王国軍には止められないのではないでしょうか」


 以前にも思ったことだが、デニスは優秀な人材のようだ。情報が入りにくいこの地でゾルダート帝国のことまで考えられるとは思っていなかった。


「それについては私の方で考えます。帝国が攻め込まないように手を打ちますから心配はいりません」


「しかし……」


 デニスが更に言い募ろうとしたので、私はそれを遮った。


「私の言葉が信じられませんか? 私はこの国を守るために全力で当たります。いえ、私だけでなく、多くの方がその目的のために動いてくれています。ですので、私の言葉を信じてください」


 卑怯な言い方だが、私を崇拝しているデニスならこれ以上は言ってこないはずだ。


「分かりました。ですが、我々は一族を、家族を救ってくださったあなたのために、いつでも命を捨てる覚悟があります。今はそのことだけでも覚えておいていただければと思います」


 そう言って大きく頭を下げた。

 他の獣人族もデニスと同様に頭を下げている。


「分かりました。その言葉を忘れないようにします」


 これで何とかなったと安堵する。


 その夜、イリスと二人だけになった時に今日のことを話し合った。


「彼らの思いを軽く見ていたよ。どうしたらいいと思う?」


「あなたの不安は理解できるし、私も幸せになりつつある人たちを犠牲にするようなことはしたくないわ。でも、彼らの思いも理解できる。だからあまり明確に拒まない方がいいと思うわ」


「具体的にどうしたらいいかな」


 イリスは私の問いに少しだけ考え込む。


「そうね……鍛錬は今まで通りに続けてもらったら。あなたの言葉じゃないけど、魔獣ウンティーアとの戦いでも役に立つのだから、あの人たちが傷付く可能性が減るし、あの人たちもいつか役に立てる時のために力を付けるという思いを抱き続けられるから」


「そうだね……彼らの能力を見て、君はどう思った?」


「正直驚いたわ。二年前に兄様とハルトが手合わせした時でも強いと思ったのに、今はそれ以上になっている。それに他の氏族も皆伝クラスの使い手がゴロゴロいたし……私もカルラやユーダに手合わせしてもらおうかしら」


 彼女自身、東方系武術の四元流の使い手だが、結婚準備で鍛錬が滞っており、中伝から先に進めていない。ラザファムとハルトムートは半年ほど前に皆伝を許されるほどの腕になっており、その差を気にしていた。


「それは構わないけど、ほどほどにね」


 翌日、他の村を回った後、領都ラウシェンバッハに戻る。


 領主館に戻った後、護衛であるカルラに獣人族の実力について聞いてみた。彼女の場合、シャッテンとして多くの戦場を見ているはずで、ここの兵士の能力の比較が容易だと思ったためだ。


「昨日見た限りですが、個々の兵士の能力で言えば、平地であっても帝国軍の騎兵より充分に強力だと思います。氏族単位の三十人程度の隊であれば、帝国の一個中隊百人に勝てる可能性は高いと考えます。国内で言えば、マルクトホーフェン騎士団であれば三十人で五百人程度は翻弄することができるでしょう……」


 その評価に驚きながら頷くが、彼女の話はまだ続いていた。


「これはマティアス様ならご承知のことと思いますが、隊長の能力が未知数であり、実力通りの力を発揮できないことも充分に考えられます。リオも氏族単位での戦いまでは一応指導したようですが、あくまで魔獣ウンティーアを想定したものであり、軍を相手にする場合は違う評価になるでしょう」


 この点は全く同じ意見であるので大きく頷く。


「お望みでしたら、闇の監視者シャッテンヴァッヘで対人戦の指導も行います。それとも暗殺者として指導した方がよろしいですか?」


 いつになく饒舌な彼女に驚くが、目は真剣だ。


「それは彼らに暗殺者としての才能があるということですか?」


「おっしゃる通りです。獣人族セリアンスロープの場合、基本的な身体能力の高さは魅力です。小柄な猫人カッツェ族なら建物の中の戦いでは、我々闇森人ドゥンケルエルフェを超える力を発揮できますので」


 詳しく聞くと、闇の監視者シャッテンヴァッヘにも獣人族セリアンスロープの暗殺者がいるらしい。


「それは考えたことはないですし、これからも彼らにそれを求めることはないですね」


「そうおっしゃると思っておりました」


 そう言ってカルラは軽く頭を下げた。

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