第4話「大賢者からの依頼」
統一暦一二〇四年六月七日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、王国騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
結婚の翌日、挨拶にいった王国騎士団本部で対帝国戦の話になった。今後の防衛計画について協議を行った後、三人の騎士団長とは和やかな雰囲気で昼食を摂った。
昼食後、騎士団長室を辞し、詰所や演習場に顔を出す。
第二騎士団とはヴェストエッケで長く一緒だったため、知り合いが多く、手を休めて祝福してくれる。
「おめでとうございます! 幸せそうですね!」
「イリス様はこんなにもきれいなんだから、もう少しそういった格好をした方がいいっすよ」
イリスのドレス姿が新鮮らしく、そんな声が多くかかる。
実際、プラチナブロンドを結い上げ、ブルーのドレスを身に纏った姿は誰もが振り返るほど美しい。
「あなたも私が着飾った方がいいと思っているのかしら?」
「そうだね。普段の姿も好きだけど、こういった艶やか姿もいいと思うよ」
「なら、たまには着てみようかしら。この半年間でドレスを着るのが嫌になっていたのだけど」
昨年末から貴族の夫人として相応しくなるよう、母親であるインゲボルグから徹底的に鍛えられている。そのため、一時はドレスを着るのが嫌だと言っていたことがあった。
騎士団本部を後にし、学院に顔を出す。
指導教授であるロマーヌス・マインホフ教授や学院長であるエーギンハルト・フォン・ユルゲンス伯爵らに挨拶をした後、
「これで肩が凝るところは全部終わったわ」
イリスもネッツァー氏とは面識があり、話しやすい人物だと思っている。また、その後は実家であるエッフェンベルク伯爵邸に行くだけなので、面倒なところは全部終わったと思ったようだ。
屋敷に入ると、ネッツァー氏が出迎えてくれた。
「結婚おめでとう。君と出会ってから十二年。もうそんな歳になったんだね」
そう言っているネッツァー氏は十二年前と姿は全く変わっておらず、三十代後半から四十代前半にしか見えない。一応、
そんな話をしながら応接室に向かう。
そこには予想通り、大賢者マグダの姿があった。普段の老婆姿ではなく、妙齢の女性に戻っている。イリスにも本来の姿を晒すことにしたらしい。
イリスも大賢者の姿を見たことはあるが、目の前の女性が大賢者だとは思わず、誰なのだろうという表情を一瞬浮かべた。
「マグダじゃ。イリスよ。マティアスのことを頼むぞ」
名前を聞いてもイリスは大賢者とは思わず、笑みを浮かべたまま、美しい所作のお辞儀をする。
「イリス・フォン・ラウシェンバッハと申します」
「マティアス君、早めに教えてあげた方がよくないかい」
ネッツァー氏が耳元で囁く。
確かにその通りだと思い、イリスに真実を伝える。
「イリス、こちらは大賢者マグダ様だよ」
私がそう言っても、イリスはキョトンとした表情を浮かべている。
「そうじゃの。この姿の方が分かりやすいかの」
大賢者はそういうとクルリと回り、老婆の姿になる。
「だ、大賢者様……あ、わたし……」
突然ことでイリスはワタワタとしている。
「落ち着くのじゃ。そなたもマティアスの妻となったのじゃから、これから儂と顔を合わせる機会は多くあるじゃろう。早う慣れておくのじゃ」
そう言うと、再びクルリと回り、元の姿に戻す。
「わ、分かりました。大賢者様、よろしくお願いします」
さすがに胆力があり、切り換えが早い。いつも通りの凛とした感じに戻っていた。
「それでよい。儂はそなたにも期待しておる。坊の、否、マティアスのことを最も理解しておるのはそなたじゃからの」
「あ、ありがとうございます」
大賢者はそれで満足したのか、私に視線を向けた。その表情は柔らかく、慈愛に満ちている。
「儂からも祝福させてもらおう。おめでとう。これからも仲良くの」
イリスと同時に頭を下げる。
「「ありがとうございます」」
そこで大賢者は表情を引き締めた。
「今日はそなたらの結婚を祝福することもあるが、ライナルトとの調整が終わったことを伝えようと思っておったのじゃ……」
モーリス商会の商会長ライナルト・モーリスに対し、私から長距離通信の魔導具の使用を許可しようと提案していた。そのことを今日話したのだろう。
「ライナルトはそなたの提案を受け入れた。まあ、儂らにも大きなメリットがあるから一方的な褒美にはならんが、あの者の才覚なら更に商会を大きくすることができるじゃろう」
そこで話についていけないイリスのために、簡単に説明する。
「君もヴェストエッケで見たことがある
グライフトゥルム王国の主要な拠点には
これはヴェストエッケの戦いで使った可搬型の通信の魔導具とは根本的に異なり、完全な固定型だ。可搬型は全方位に向けて電波を送信する無線機に近いが、固定型は二局間を繋ぐ有線電話に近い。
もっとも
「あの魔導具を……それって凄いことよね」
私と長年一緒にいるため、情報の重要性をよく理解しており、大賢者の前であっても驚きを隠せず、素の話し方になっている。
「その通りじゃ。ライナルトなら悪用はせんじゃろうが、そのまま世界を牛耳るほどの大商会に育ってくれれば、帝国に対する牽制にも使えるしの」
大賢者の言葉に私とイリス、ネッツァー氏が大きく頷く。
「ただの。ライナルトが積極的に使うか自信がない。あの者は儂らから与えられておるものが大き過ぎると考えておるからの。これでは褒美にならん。なので、儂が考えた褒美を与えたのじゃ」
「どのようなことなのでしょうか?」
事前に聞いていなかったのでどんなことか興味があった。
「ライナルトには四人の子がおる。そのうちの誰かをそなたの下で学ばせてはどうかと提案したのじゃ。無論、そなたの了承がいることは分かっておるが、これはそなたにとってもメリットがあることじゃ」
私が答える前にイリスが答えた。
「私は賛成です!」
「そなたも分かっておるようじゃの」
イリスが説明しなくとも大賢者は満足げに頷く。
「この人の考えを理解できるようになれば、その子にとって大きな力になります。それにこの人は私たちに説明することで理解を深め、新たなアイデアを思いついている気がしていますから」
イリスの説明で何となく、大賢者の意図を理解した。
「私も反対する理由はありません。モーリスさんのお子さんの人生の選択肢が少しでも広がってくれるのでしたら、これまでの恩返しの一部にはなるでしょうから」
正直なところ、あれほど危険な仕事をほぼ手弁当でやってくれていることに対し、子供の教育だけで返せるとは思っていない。
「それよりもそのお子さんが親元を離れることが心配ですね。十歳くらいでしょうから」
「その心配はいらぬ。ライナルトに確認したが、十一歳の長男か、十歳の次男が候補だそうじゃ。商人の子なら、そのくらいの歳から奉公に出ることはおかしなことではない。ライナルトもそろそろどこかの支店で、下積みの仕事を覚えさせようと考えておったと言っておったほどじゃ」
さすがに天下のモーリス商会の直系の子が丁稚奉公はしないだろうが、親元を離れることは不自然なことではないらしい。
「そなたたちは夏にラウシェンバッハに行くのじゃろう。その際、ヴィントムントに寄るからそこで顔合わせができるはずじゃ」
七月から学院は夏休みに入る。そのため、新婚旅行を兼ねて領地であるラウシェンバッハ子爵領に行くことは決まっていた。商都ヴィントムントは王都とラウシェンバッハ子爵領の間にあるため、必然的に寄ることになる。
「分かりました。本人の希望を優先しますが、私の下に来たいというのであれば、責任をもって預からせていただきます」
こうして私に弟子が付くことが決まった。
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