第3話「対帝国戦略」

 統一暦一二〇四年六月七日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、王国騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 結婚式の翌日、学院を休み、婚姻届けの提出や挨拶回りを行っている。


 王宮に出向き婚姻届けを出し、宮廷書記官長のメンゲヴァイン侯爵と面談したが、これが予定より早く終わった。

 そのため、少し早いが、王国騎士団本部に向かった。


 騎士団には知り合いが多いため、先に挨拶回りをしようと思ったが、第二騎士団長のクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵から呼び出され、帝国に関する最新情報について話を聞きたいと言われる。


 第三騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵と第四騎士団長のコンラート・フォン・アウデンリート子爵も集まったため、帝国の情報についての説明を始めた。


「まずゴットフリート皇子が第三軍団長に就任したことと、マクシミリアン皇子の凱旋ですが、これは既定路線です。恐らくマクシミリアン皇子も来月中には元帥に昇進するでしょう。ですができることはあまりありません。現在行っている情報操作を継続するしかないでしょう」


「うむ。それは理解しているが、皇位争いがどの程度激化するか、その見立てを教えてほしい」


 グレーフェンベルク伯爵の問いに小さく頷く。


「現在我々が入手している情報では、枢密院の元老たちのうち、ゴットフリート皇子派は五名です。皇帝として認められるためには、枢密院の元老九名のうち七名の賛同が必要と、皇位継承を定めた法に明記されておりますので、ゴットフリート皇子が特段優位というわけでもありません。今回のマクシミリアン皇子の元帥昇進で、マクシミリアン派がどの程度巻き返すかが焦点となるでしょう……」


 ゾルダート帝国では、新しく皇帝に即位する者は元老と呼ばれる枢密院議員に認められる必要がある。枢密院議員は大公、尚書、総督、元帥であった者から構成され、皇室関係者三、軍関係者三、元官僚三の計九名で構成されている。


 現在のゴットフリート皇子派は軍関係者三名と元官僚二名の五名と、過半数は確保しているものの、元官僚の元老はマクシミリアン皇子支持に変わる可能性がある。


「元内務尚書のフェーゲラインは現在ゴットフリート皇子を支持しておりますが、彼は皇室関係者と敵対関係にあります。また、内務尚書時代にライバルを容赦なく蹴落としていたことから、官僚派の中でも浮いているという噂があり、マクシミリアン皇子がそこに切り込んでくる可能性は否定できません」


 フェーゲラインは三年前に内務尚書を辞し、枢密院議員となった。能力的には高いと評価されていたが、皇帝コルネリウス二世との関係がよくなかったことから事実上の更迭だ。


 現在の内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトは諜報局を立ち上げた人物で、皇帝の判断は妥当だと内務府の関係者も考えており、フェーゲラインの官僚たちに対する影響力は小さい。そのため、フェーゲラインが焦っているという情報があった。


「つまり、マクシミリアン皇子が皇帝になる目はまだ充分にあるということだな……では、マクシミリアン皇子を潰すにはどうすべきだと思うか」


 グレーフェンベルク伯爵も政戦の天才で冷徹な性格のマクシミリアン皇子を危険視している。


「後継者の指名は現皇帝であるコルネリウス二世が行います。ですので、皇帝がマクシミリアン皇子を見限る、もしくはゴットフリート皇子を認めることが重要です。皇帝とマクシミリアン皇子の間に不和の種を蒔くことが最も有効な手段だと思っています」


 皇帝がマクシミリアン皇子を指名しなければ、枢密院の承認そのものが必要ない。但し、現在のところ皇帝に直接接触できる伝手がなく、間接的なアプローチにならざるを得ない。


 そのため、枢密院だけでなく、内務府や財務府といった役所からも、マクシミリアン皇子が皇帝に相応しくないのではないかという噂を流し、それが皇帝に耳に入るように操作を行っている。


「懸念点はゴットフリート皇子が焦らないかということです」


「ゴットフリート皇子が焦る? どういうことかな?」


 アウデンリート子爵が首を捻っている。


「ゴットフリート皇子は現在僅かにリードしている状況ですが、それ以前は完全に後塵を拝していました。この機に一気に決めてしまおうと無理をする可能性があります。彼はマクシミリアン皇子と違って、政治家としての才能はあまりなく、そのことを自身も理解しています。搦め手を使われる前にけりをつけようと考えてもおかしくはありません」


「なるほど……具体的に何をするかは分かるかな」


 子爵の問いに想定していることを話していく。


「一番派手な方法は、第三軍団を使って皇都攻略作戦を行うことでしょう。ですが、戦争の天才である彼であっても、皇都リヒトロットは一個軍団三万では落とせません」


 皇都リヒトロットは大河であるグリューン河を天然の堀とした城塞都市だ。

 未だにグリューン河の水運を皇国が維持していることから、力業で陥落させることは難しい。


 マクシミリアン皇子なら皇国側を内部分裂させるような策を講じるだろう。ゴットフリート皇子もその策の有用性は理解しているだろうが、配下にそういった工作が得意な者がおらず、実現される可能性は低い。


「帝国軍の総力を挙げれば、可能ではないか? 三個軍団九万人なら、士気が下がっている皇国軍を力押しで倒すことができると思うのだが」


 ホイジンガー伯爵が力強く主張する。彼は猛将タイプであり、こういった作戦を好む傾向にある。


「まず、補給の点で九万人もの大軍を運用することは不可能です。先ほどの話にも出ましたが、帝都への食料供給を低下させ、穀物価格を高騰させる策を実行中です。このような状況で皇帝が全軍の出撃を認める可能性は皆無です。それに、マクシミリアン皇子が第二軍団長に就任するでしょうから、ゴットフリート皇子も第二軍団を使う気はないでしょう」


 現在、商都ヴィントムント市から帝国に送られる小麦はほぼストップしている。これは私が流すように依頼した噂、具体的にはシュトルムゴルフ湾でシーサーペントやクラーケンなど、大型魔獣ウンティーアが商船を攻撃しているという噂が広がり、モーリス商会が船を出さなくなったためだ。


 モーリス商会は帝都への食料輸送の三割ほどを占めており、それだけでも価格は高騰するが、最大手のモーリス商会が船を出さなくなったことで、他の商会も噂が本当だと考え、船を出すことを手控えている。


「それならゴットフリート皇子が暴走する可能性はないのではないか?」


 グレーフェンベルク伯爵が疑問を口にする。


「おっしゃる通り、皇都への強引な攻撃はないかもしれません。ですが、他の懸念はあります」


「それは何かな?」


「我が国に対する侵攻作戦です」


 グレーフェンベルク伯爵が「我が国に?」と首を傾げる。そして、疑問点を指摘した。


「なぜかね。帝国の目標は皇都リヒトロットであり、我が国に攻め込むのは戦線を無駄に拡大することになる。多くの兵力を有しているとはいえ、戦力の無駄な分散を招くようなことをするだろうか」


 伯爵の考えは間違っていない。


「閣下のお考えは正しいと思います。ですが、我が国に対する侵攻作戦に成功すれば、皇都に対する援軍の可能性が完全になくなります。帝国がヴェヒターミュンデ城を手に入れれば二千名程度の兵力で我が国を封じ込められますから、皇都の士気を更に低下させるという効果を考えれば、皇帝が承認する可能性は充分にあります」


「遊牧民を征服し、更に我が国を封じ込める。その手柄をもって皇帝の座を手に入れると考えるかもしれぬということか」


「おっしゃる通りです。我が国に対しては三万で充分だと考えるでしょう。また、帝都には食料は送り込まれませんが、旧皇国西部の穀倉地帯には充分な穀物があります。補給の点でも不安は少ないですから、ゴットフリート皇子が提案してもおかしくはありません。もっともマクシミリアン皇子も同じことを考えるかもしれませんが」


 帝国軍の我が国への侵攻作戦は五年前の一一九九年の春に行われている。その時はいろいろと工作を行い、シュヴァーン河が増水する時期まで作戦開始を引き延ばしたことで、帝国側は撤退を余儀なくされている。


 但し、この時の工作について帝国側は気づいておらず、我が国に侵攻することはそれほど難しくないと考えている可能性が高い。


 また、今は六月であり、これから準備を開始すれば渇水期である晩秋から冬に作戦が開始できるため、前回の轍を踏まないという点でも検討される余地は充分にあった。


「となると、東部の防衛体制の見直しが必要になるということか……」


 ホイジンガー伯爵が呟くようにそう言った。


「ヴェヒターミュンデ城の防衛体制強化は当然ですが、ゴットフリート皇子にしてもマクシミリアン皇子にしても単純にヴェヒターミュンデ城を攻撃することはないでしょう。そうなると、リッタートゥルム城付近が危険です。早急にリッタートゥルム城の防衛体制を強化すべきと考えます」


 リッタートゥルム城はシュヴァーン河の中流域にある城で軍が渡河できる場所だ。河口付近のヴェヒターミュンデ城ほど大軍が運用できる場所ではないが、一旦そこから渡河されると、グライフトゥルム王国の南東部に雪崩れ込まれてしまう。


「しかし、帝国がそのルートを使うのかな。帝国がシュヴァーン河周辺を占領してからまだ五年ほどしか経っていないが」


 アウデンリート子爵が疑問を口にした。


「まだ帝国がそのような戦略を選択すると決まったわけではありませんが、いずれ帝国も気づきます。特に草原の民を味方につけたゴットフリート皇子なら、このルートに魅力を感じるでしょう。それに帝国の諜報局がラウシェンバッハ子爵領や大陸公路ラントシュトラーセを調べています。注意は必要かと」


「では、リッタートゥルム城の防衛計画を練りなおさねばならんということか。その点はどう考えているのかな?」


 グレーフェンベルク伯爵がそう聞いてきた。


「リッタートゥルム城は小さな城ですから、増強といっても二千名程度が限界ですし、今から増築等を行うには時間が掛かり過ぎます。ですので、ラウシェンバッハを第二防衛線としてはどうでしょうか。城塞はありませんが、侵攻ルートは容易に想定できます。それにリッタートゥルム城から緊急連絡を受けて軍を派遣するとして、物資を保管する倉庫を建てておけば、輜重隊を同行させる必要ありませんから、帝国軍より先に到着することができます」


 ラウシェンバッハは堅固な城塞都市ではないため、防衛拠点には適していない。しかし、ここを突破されると、商都ヴィントムント市付近まで一気に占領されてしまう。そうなると、大陸の大動脈、大陸公路ラントシュトラーセを奪われ、同盟国であるグランツフート共和国からの援軍が期待できなくなり、王国は更に苦しくなる。


「そうなると、帝国軍に平地で戦いを挑むことになるな」


 グレーフェンベルク伯爵は誰に言うでもなく呟いた。


「平地での戦いになる可能性は高いですが、幸いなことにラウシェンバッハ子爵領より南に大きな都市はありませんから、帝国軍は補給の面で苦労するはずです。その辺りの作戦を検討しておけば、一個軍団三万程度であっても充分に勝機はあります」


「なるほど。リッタートゥルム城から大陸公路ラントシュトラーセまでは三百キロメートルほどあったな。だとすれば、あの狭い道を使って大量の補給物資を輸送しなければならん。勝機は確かにある」


 ホイジンガー伯爵の言葉に全員が頷いた。


「ラウシェンバッハは君の家の領地でもある。防衛計画の立案に知恵を貸してくれぬか」


 グレーフェンベルク伯爵の言葉に私は大きく頷いた。


「もちろん協力いたします。このことは父に早急に伝え、子爵領で何ができるか調査するように依頼するつもりです」


 こうして対帝国戦の新たな計画を進行させることになり、計画について昼食まで話し合いを続けた。

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