第14話「ラウシェンバッハ領の獣人族:後編」
統一暦一二〇三年十月三十日。
グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、ヴァイスホルン山脈麓の獣人入植地。熊獣人族ゲルティ・ベーア
家族と再会した後、
家に入ると、すぐに話を始めた。
「ヴェストエッケではマティアス様から獣人族のまとめ役を任されたそうだな」
話が見えないが、とりあえず頷く。
「ああ。たまたま俺たち
「マティアス様のことをどう思っている?」
その問いも漠然として答えづらいが、思っていることを話していく。
「命の恩人だ。いや、それ以上だな。あの方がいなければ、俺は死んでいただろうし、家族も法国で殺されていただろう。感謝してもしきれんほどの恩を感じている」
俺の言葉にデニスは満足そうに頷いた。
「俺も同じだ。俺たちの場合、直接助けてくれたのはモーリス商会のロニー・トルンク殿だが、マティアス様が俺たち
普段口数が少ないデニスにしては熱く思いを語っていた。
その思いは俺も同じだが、突然協力と言われても話に付いていけない。
「協力するつもりだが、何をすればよいのだ?」
「マティアス様はこの国を守るために尽力されている。それを手伝うのだ」
漠然としていて何をしていいのか分からない。
「国を守るか……俺たちにとっても、ここグライフトゥルム王国は祖国になるんだ。国を守るために力を貸すことに否はないが、具体的にはどうしたらいいんだ?」
「ここにいる六十の氏族で義勇兵団を作る。十五歳から四十歳くらいまでの希望者を募れば、数千人規模の兵団ができるはずだ。マティアス様が兵力を必要とされた時、すぐにでも使っていただけるよう準備をしておきたい」
俺たち
その点は問題ないが、勝手に兵団など作っていいのかという問題がある。そのことを指摘すると、デニスもそのことは考えていたのか、すぐに答えていく。
「もちろん勝手に作れば問題になる。だから、自警団として組織しておくんだ。ここは
「なるほど。それなら問題はないな。だが、個々の戦士の力を上げるといっても、具体的にどうするつもりなんだ? 若い連中に稽古を付けるくらいはできるが、武術を学んだことはないから我流にすぎんぞ」
俺のこの問いも想定範囲だったのか、デニスは間髪入れずに答えていく。
「それは俺も同じだ。というより、俺たちは教会の連中が警戒していたから武術を学ぶことなどできなかった。だが、この国では違う。俺たちより凄腕の人物に教えを乞うことができるのだ。それに運がいいことに、ここには五人の凄腕の戦士がいる」
凄腕と言われても全く思いつかない。この入植地で一二を争う腕を持つのは目の前にいるデニスだ。こいつが凄腕ということは相当な実力者だ。しかし、ここに来てから三週間ほど経つが、そんな実力者は見たことがなかった。
「凄腕の戦士? 誰のことだ?」
「リオ殿たちだ」
そう言われてもピンとこない。
「リオ殿とは誰のことだ?」
「
デニスは得意げに話しているが、
その時、有名な
「なんで
「どういった経緯でここを見張っているのかは分からん。恐らくだが、マティアス様が法国に気づかれると他の氏族を助けられなくなるとお考えになり、依頼されたのだと思っている」
「なるほど。確かにマティアス様はヴェストエッケでも
「その点は俺も同感だ。だから、マティアス様にお願いするつもりでいる。俺たちは
まだ具体的に動いているわけではなかったらしい。
そこでまた疑問が浮かんできた。
「なんで俺に声を掛けたんだ? 俺はここに来てまだ三週間ほどだが」
「お前が信用できるからだ。あのマティアス様がお前に取りまとめ役を頼んだということは、絶対に裏切らないというお考えになったからだろう。実際、この三週間で俺もお前を信用できると確信した。だから、家族と再会し、不安が無くなったところで声を掛けさせてもらった」
信用してくれることは嬉しいが、過大評価過ぎると慌てる。
「ま、待ってくれ。さっきも言ったが、たまたま最初に話をしたから、まとめ役になっただけだぞ」
「あのマティアス様がそんな理由でお前を選ぶはずがない。あの方が“千里眼”と呼ばれていることはお前も知っているだろう。それに最初に声を掛けたことがきっかけであっても、お前が適任でないと判断すれば、別の者に代えたはずだ。六百人もの捕虜を預けるに値するとマティアス様は判断されたのだ」
狂信的な瞳に僅かにたじろぐ。
「わ、分かった。この話は他の者にもしているんだろうな」
「無論だ。他の氏族の主だった者には話しているし、賛同も得ている。ただ、マティアス様に許可を得る一手が思いつかなかった。お前がここに来るまでは」
最後の言葉に引っかかる。
「俺がここに来るまで……どういうことだ?」
「俺たちが願い出ても、マティアス様は恩を返すために戦場に出ようとしているとお考えになって認めてはくださらないだろう。だが、マティアス様から信用を得ているお前なら、ヴェストエッケで男手を多く失ったから、家族を守るために少しでも強くなっておきたいと願い出れば、認めてくださる可能性がある」
「確かにあの森にいる
一番下の子である長男のバルドはもうすぐ十一歳だ。二人の娘、長女のヘルミーナは十五歳、次女のロッテは十三歳で、三人とも五年もすれば、一人前とは言わないが、ある程度は戦えるようになっているだろう。
「それは分かっている。だが、あの方に恩を返すためには、もっと強くなっておかねばならんのだ。それにお前なら、家族に再会できた礼を言いに行ってもおかしくはない。その時にもっと強くならないと不安だと伝え、リオ殿たちに指導してもらいたいと願いでれば、マティアス様なら認めてくださると思うのだ。頼む」
そう言ってデニスは大きく頭を下げた。
こいつがやろうとしていることは悪いことじゃない。第一、俺のような力しかない奴が恩を返そうと思ったら、戦うくらいしか思いつかないことも確かだ。
「分かった。一族の者たちが落ち着いたら、王都に行くことにする。それでいいな」
俺が了承すると、デニスは俺の手を取った。
「もちろんだ。よろしく頼む」
力強い握手からデニスの強い思いが伝わってきた。
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