第4話「戦利品の処分方法:前編」

 統一暦一二〇三年九月三十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、モーリス商会王都支店。ライナルト・モーリス商会長


 私は久しぶりにグライフトゥルム王国の王都、シュヴェーレンブルクにやってきた。ここ最近はゾルダート帝国やリヒトロット皇国、シュッツェハーゲン王国など東の国々を飛び回っていることが多いからだ。


 今回シュヴェーレンブルクに来た理由は、久しぶりにマティアス様にお会いし、あることを報告するためだ。


 本来なら私が子爵邸に伺うべきなのだが、以前からここか、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの上級魔導師、マルティン・ネッツァー氏の邸宅を会談場所として指定されており、今回はこちらにご足労いただいた。


 マティアス様はいつも通り優しい笑みを浮かべて支店に入ってこられた。後ろには奥方になられるイリス様とメイド姿のカルラ殿が付き従っている。


 マティアス様は相変わらず丸腰だが、イリス様は騎士服に武骨な剣を差しており、これもいつも通りだなと懐かしく思った。


「ご無沙汰しております。ヴェストエッケでのご活躍は伺っております」


 マティアス様に会うのは一年ぶりくらいだ。

 昨年の夏にマティアス様たちが子爵領に向かった際、商都ヴィントムントで顔を合わせている。行きに私に会いに来たそうで、その情報をリヒトロットで受けて、慌てて戻ることで、王都に戻るマティアス様にお会いできたのだ。


 イリス様の顔を見て、すぐにお祝いの言葉を掛けていないことを思い出す。


「ご婚約されたと伺いました。おめでとうございます」


 本来なら祝いの品を渡すところだが、マティアス様は絶対に受け取らないので用意していない。

 但し、結婚の際には盛大に祝いの品を贈るつもりだ。そちらなら個人的な祝いの品と言えば、受け取ってくださるのではないかと思っているからだ。


「ありがとうございます。本日は法国でのことでお話があると伺いましたが」


 マティアス様はすぐに本題に入った。


「我が商会のレヒト法国総支配人ロニー・トルンクより連絡が届きました。ご指示のあった獣人族セリアンスロープの十の氏族について、すべて保護することに成功したとのことです。更にご依頼以外の二氏族も保護したと連絡を受けました。現在、共和国に向かっており、順調ならあと十日ほどで法国を出国できると聞いております」


 私の言葉にマティアス様は大きく頭を下げられた。


「ありがとうございます。無理なお願いを聞いていただき、本当に助かりました」


「頭をお上げください。私どもにも利益があることですから」


「しかし……」


 嘘は言っていないが、利益が出るのは十年以上先だ。しかし、それ以上の利益をマティアス様には上げさせてもらっているので、全く苦ではない。


「獣人たちについてはトルンクに任せておけば問題はないでしょう。それよりも今回は別件でお伝えしたいことがございます」


 マティアス様が静かに頷かれたので、話を進める。


商人組合ヘンドラーツンフトとリヒトロット皇国に関することです。叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室にはお伝えしているのですが、私なりに思うところがあり、直接お伝えした方がよいと思いました」


組合ツンフトと皇国ですか……どのようなことでしょうか?」


 マティアス様も気になることがあるのか、理由も聞かずに先を促す。


「まず組合ツンフトについてです。帝国の諜報局が組合ツンフトの情報を求めていることはお伝えしておりますが、一部の商会が帝国と手を組もうと動いている節があります」


 帝国諜報局は二年ほど前に一二〇一年一月にできた組織で、帝国内外で情報収集活動と謀略を行っている。まだ叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室の足元にも及ばないが、マティアス様の指示により監視を強化している相手だ。


「具体的には?」


 マティアス様は笑みを浮かべたままだが、その視線は鋭かった。


「グリューン河の水運業者を傘下に収めようとする商会が複数あります。その他にもリヒトプレリエ大平原の遊牧民と取引のある商会が帝国諜報局と接触しているようです。皇都リヒトロットの商人たちもそのことに気づき、組合ツンフトが皇国を見限り始めたと感じているようです。彼らはいつ逃げ出すべきか、タイミングを計っています」


 水運業者や遊牧民の話は情報分析室に伝えてある。しかし、私が皇都で感じたことまでは伝えていない。これは情報分析室からの依頼で、情報は客観性を重視し、報告者の主観はできるだけ排除するよう、求められているからだ。


 マティアス様は小さく頷かれると、目で先を促してきた。

 私も小さく頷き、話を続けていく。


「皇国についての私の感触ですが、皇都では市民たちも商人と同じように怯え始めています。具体的に何にとは言えないのですが、帝国軍がそれほど積極的に攻勢を掛けてこなくとも、ちょっとしたきっかけで食料などの物資の値段が上がることがあるのです」


「なるほど……漠然とした不安が強くなりつつあるということですね」


「おっしゃる通りです。空気と言いますか、雰囲気がここ一年ほどで非常に悪くなっていると思います」


 マティアスは皇都のデータを思い出したのか、小さく頷いた。


「確かに物価の乱高下がありましたね。それが消費者の不安が原因だと……皇都から逃げ出そうと考えている市民は多いのでしょうか?」


「明確にそのことを話題にする人はほとんどいません。ですが、絵画などの美術品や家具などのかさばる資産を処分しようと、皇都にいる貴族が密かに我が商会を訪れております。更に宝石などの持ち運びしやすい資産を求める方もいらっしゃいます。貴族の邸宅には平民の使用人も多くいますから、それで不安を感じているのではないかと思います」


 リヒトロット皇国は元々豊かな大国であり、皇都にある貴族の邸宅には美術品が多くある。また、工芸品としても価値が高い数百年前の高級家具も多く保有している。


 十年ほど前にはこれらの物はほとんど売りに出されることはなかったが、ここ数年、うちを含む大手の商会に売りに来る貴族が多い。


 美術品や高級家具は需要が少なく、買い取っても在庫になるだけで買い取るメリットはないが、情報収集を兼ねて、うちではできるだけ引き取るようにしている。

 そのことを説明すると、マティアス様は少し考えた後、ニコリと微笑まれた。


「せっかくなので、それを有効活用しましょうか」


「有効活用ですか?」


 意図が分からず、思わず聞き返す。


「美術品などの顧客となり得るのは、グライフトゥルム王国の上級貴族か、レヒト法国の高位聖職者くらいでしょう。ゾルダート帝国やシュッツェハーゲン王国では質実剛健が旨とされていますし、共和国では高官が贅沢をしすぎれば市民の反発を受けますので、堂々と購入する人は少ないでしょう。オストインゼル公国は情報が少なく判断できませんが、我が国の貴族は危機感がありませんし、法国の聖職者は見栄を張りたがりますから、欲しがるはずです」


「おっしゃる通りですが……」


「我が国の上級貴族は購入できるだけの資金を持っていませんし、法国の聖職者はそもそもまともに支払うことはないでしょう。その点が引っ掛かっていらっしゃるのではありませんか?」


 千里眼と呼ばれる方だけあって、私の心の内は完全に見透かされていた。


「その通りです。貴国の場合、マルクトホーフェン侯爵閣下くらいしか思いつきません」


 王家や公爵家も予算は厳しく、侯爵家でも美術品をふんだんに買えるのは、王国一の大貴族であるマルクトホーフェン侯爵くらいしかいない。

 そのため困惑したのだが、マティアス様はにこやかに話を続けられる。


「我が国の上級貴族、具体的にはクラース宰相やメンゲヴァイン宮廷書記官長などに、贈答品として贈りましょう。そうやって国政に携わる者とのパイプを作るのです」


「パイプでございますか……」


 意図が分からず、困惑する。

 そもそもマティアス様は商人が政治に関与することを嫌っておられる節がある。私が商人組合ヘンドラーツンフトの古参の商人から嫌がらせを受けた時も、政治家を利用しない方がよいと助言いただいているほどだ。


「今回のヴェストエッケの戦いで、王国は多くの武具を手に入れました。その数は鎧などが九千セット、剣や槍、弓などの武器は二万点ほどに上ります。これらの処分方法が決まっていませんので、モーリスさんのところで扱えるようにしてはどうかと思ったんですよ」


 法国の鎧は全身鎧ではないが、一セットで五万から十万マルク(日本円で五百万円から一千万円)ほどになる。剣や槍などはものによって大きく変わるが、一本一万マルク程度にはなるだろう。


 そうなると総額で五億から十億マルク(日本円で五百億円から一千億円)になる。もちろん、戦闘で使用された品であるため、その半額程度になるだろうが、どれだけ安く見積もっても二億マルクは下らない取引になるはずだ。


「私は相場に詳しくないので具体的な数字は言えませんが、中古品の相場の十分の一程度で仕入れて、皇国に相場の二倍程度で売れば、貴商会は膨大な利益を得ることができます。これで獣人たちの購入で出た損失を埋めていただきたいのです。その際に宰相と直接交渉して買い叩くために、パイプを作ってはどうかと思ったのですよ……」


 その言葉を聞き、頭の中で計算する。

 二億マルクの価値があるとして、マティアス様の案では三億八千万マルク(日本円で三百八十億円)の儲けになる。これまで獣人たちの購入に使った費用の約一億マルクと比較にならないほど膨大な利益だ。


 マティアス様は相場をご存じないとおっしゃったが、そんなことはあり得ない。恐らく私のことを考え、大きな利益を与えてくださろうというのだろう。


「よろしいのですか? 私どもが不当に利益を得ることになりますが」


 マティアス様は小さく首を傾げられた。そして、ゾクリとするような笑みを浮かべている。


「不当でしょうか? 処分に困っている大量の武具を、適正な価格で購入し、必要としているところに適正な価格で売却する。王国の敵に売るなら別ですが、同盟国の強化に繋がるのであれば、何も問題ないと思いますが」


 おっしゃっていることは間違っていない。

 もし相手がグライフトゥルム王国でなければ、私も同じことを考えたからだ。しかし、まだ疑問があった。


「宰相閣下を利用することになります。マティアス様は政商をお嫌いだと思っておりましたが、この点はどうでしょうか?」


「モーリスさんなら王国に不利益をもたらすようなことはされないと信じております。もし商会の利益のために王国の政治に介入されるおつもりでしたら、私が受けて立ちますよ」


 マティアス様は冗談めいた口調でそう言われた。しかし、私は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。隣におられるイリス様も若干引かれている気がする。


「ご、ご冗談を……私にそのような野心はありません」


 マティアス様相手に勝てるはずもなく、そう言うのが精一杯だった。


 マティアス様は私が私利私欲に走っても、商会ごと潰す自信があるから、宰相を利用する提案を行ったのだ。実際、マティアス様が本気になれば、我が商会はすぐに潰れるだろう。


「モーリスさんならそうおっしゃってくださると思っていました」


 その後、具体的な交渉についてマティアス様から助言をいただき、すぐにクラース侯爵家にアポイントメントを取るよう部下に指示を出した。

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