第28話「リーツの策」
統一暦一二〇三年八月一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
その情報を聞き、イリスが赤鳳騎士団の山脈越えは偽情報ではないかと指摘する。
その後、ユーダに調査させた結果、クロイツホーフ城の警備が強化され、情報を届けた
イリスの指摘が正しいことは分かったが、これでクロイツホーフ城の
午後の作戦会議でこの情報を第二騎士団団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵、エッフェンベルク騎士団団長カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵、守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍らに説明した。
「……今後クロイツホーフ城からの情報は著しく減ります。その分、斥候隊を出して敵の動向を探る必要があります」
私の説明にグレーフェンベルク子爵が渋い顔で頷く。
「敵の情報が入りにくくなるのは残念だが仕方あるまい。斥候隊については第二騎士団の騎兵を中心に考えているが、皆の意見を聞きたい」
その言葉にジーゲル将軍が発言する。
「守備兵団の斥候隊からも人を出しましょう。何もない草原だが、少数なら兵を伏せることもできる。状況をよく知る我が兵団の斥候が同行した方が安全ですからな」
「それは助かる。ラウシェンバッハ参謀長代理、
子爵が聞いてきたので即座に頷く。
「その認識で問題ありません。これから専門のチームを立ち上げるつもりですが、基本的には昼間の偵察は騎士団と守備兵団にお任せし、夜間の偵察と警備を主にやってもらおうと考えています」
「それで構わない。但し、君はシャイデマンと共に私の傍で助言をしてもらわねばならんから、
イリスも
「承知いたしました」
「では、今後のことだが、敵の夜襲に対し、確実に防ぐことが重要になる。参謀長代理、敵の思惑に関する君の考えを説明してくれ」
事前に子爵には説明していたが、結局私に振ってきた。
私は苦笑を隠しながら頷き、説明を始める。
「先ほど説明した通り、赤鳳騎士団のヴァイスホルン山脈越えは偽情報の可能性が高いと考えております。そこから考えられることは、敵は我が軍の油断を誘い、奇襲を仕掛けてくるということです。つまり夜襲を行ってくる可能性が高いと考えています。また、昼間も何らかの陽動作戦を行う可能性が高く、昼夜を問わず対応が必要となるでしょう……」
そこで全員を見回すが、ここまでは理解しており、それぞれが私を見つめて先を促している。
「兵たちの疲労に注意することはもちろんですが、特に注意していただきたいのは皆さんを含めた指揮官の疲労です。判断を求められた際に疲れて頭が回らないという状況にならないよう、休息はしっかりと摂り、緊急時には即応できるようにしていただきたいと思います」
私が説明すると、エッフェンベルク伯爵が質問してきた。
「敵が総攻撃を仕掛けてくるのは、いつくらいだと考えているのかな」
「敵が焦らなければ二十日程度、焦れば五日程度でしょうか。これは攻撃側も同じように疲労が蓄積するということもありますが、総司令官であるロズゴニー団長が成功の報告を可能な限り早く領都に送りたいと考える可能性が高いためです。但し、ロズゴニー団長が焦れたとしてもリーツ団長が抑えに回るでしょうから、最低十日は見ておいた方がいいと思います」
あまり時間を掛けると苦戦したように見えるため、ロズゴニーとしてはできるだけ早く攻略したいと考えるはずだ。具体的には到着予定から一ヶ月以上経った後に報告することは避けたいと考えるのが妥当だろう。
鳳凰騎士団は七月二十一日に到着予定であったから、遅くとも二十日後の八月二十一日までに決着を付けたいとロズゴニーが考え、黒鳳騎士団のリーツ団長もそれ以上は引き延ばすことはできないと妥協するはずだ。
「他に警戒すべき点は?」
ジーゲル将軍がそう聞いてきた。
「鳳凰騎士団と黒狼騎士団が反目しあっているという認識は捨てた方がいいでしょう。もし、反目が続いておらず、それを逆手に取ってきた場合、こちらが後手に回る可能性があります」
「教本にある通り、先入観を捨てて客観的な情報で判断しろ。そういうことだな」
将軍はそう言ってニヤリと笑う。
「おっしゃる通りです。あとは敵がどう出るかで変わってきますが、主導権を奪われた形になりますので、それをいかに取り戻すかを考えるくらいでしょうか」
「よく分かった」
その後、それぞれの疑問を解消し、夜襲に対する対応方針の詳細を詰めて、作戦会議を終えた。
■■■
統一暦一二〇三年八月一日。
レヒト法国北部、クロイツホーフ城内。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ
黒狼騎士団のエーリッヒ・リートミュラー殿と協力し、グライフトゥルム王国軍の間者を探り出すことにした。
また、その間者を利用し、敵に偽情報を掴ませ、油断させることも考えていた。
但し、まだ白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー殿と赤鳳騎士団のエドムント・プロイス殿には話していない。
彼らはリートミュラー殿を嫌悪しており、協力する姿勢を見せないためだ。
だから二人には黒狼騎士団を利用して、敵を疲弊させ、最終的に美味しいところを我ら鳳凰騎士団が持っていくという説明をしている。
偽情報については敵の間者が食いつき、黒狼騎士団と取引のある商人が姿を消したことが確認された。まだ他にもいるかもしれないが、監視を強化することで敵に情報を渡さないことは可能だろう。
夕方まで待ったが、敵の間者は戻ってこなかった。優秀な者だったらしく、警戒が厳しくなったことで自分が間者であることを看破されたと気づいたようだ。
こうなると、赤鳳騎士団の山脈越えの話も偽情報だと看破された可能性が高い。
今後は正攻法でいくしかないだろう。
ロズゴニー殿とプロイス殿に明日以降の作戦について相談にいった。
考えている策はトンネルによる奇襲に見せかけた陽動作戦だが、二人には別の説明をする。
「投石器の射程外からトンネルを掘りましょう。距離にして三百メートル。あの辺りの土は比較的柔らかいですから、多くの兵士を投入すれば一日当たり五十メートル以上は掘り進められるでしょう」
私の提案にロズゴニー殿が顔をしかめる。
「モグラのように土の中を進めと言うのかね」
私はにこやかに否定する。
「いいえ、違います。トンネルを掘っていっても、城壁の基礎部分は深いでしょうし、更にその下まで掘って通じたとしても、水を流し込まれたらトンネルは使えなくなりますから」
ロズゴニー殿たちは知らないらしいが、トンネルを使った方法は神狼騎士団が数十年前に行って失敗しており、敵が対処してくることは明らかだ。
「では、なぜそのようなことをするのだ?」
今度はプロイス殿が不審げな表情で聞いてきた。
「我々が無知であると見せかけておいてトンネルを掘れば、敵はそれが徒労に終わると思って手を出してこないでしょう」
「それは分かるが……」
「敵が邪魔をしなければ、安全にトンネルを掘ることができます。そこである程度トンネルが完成したところで、地上に出る穴をいくつか掘るのです。そして、そこから土を外に運び出し、城壁に続く斜路を作ります。だいたい城壁から百メートルほどの位置から土を盛り始めれば、角度はそれほどきつくなく、兵士が駆け上がるのに使えるでしょう」
「確かにトンネルは邪魔されんが、斜路を作るのを黙って見過ごすとは思えん」
ロズゴニー殿が否定的な言葉を吐く。
否定するなら建設的な意見を出せと言いたいが、ここもにこやかに対応する。
「城壁に近づくにつれ、高く広くしなくてはなりませんが、城壁近くでは投石器の攻撃範囲から外れますから、盾で防御が可能になります。ですので、リレー方式で土を運び、盾兵が矢を防ぎつつ作業を進めれば、それほど長い時間を掛けなくとも斜路ができると思います」
私の説明に二人が考え込む。
真面目な顔で説明しているが、私自身はこの方法を真剣にやるつもりはなく、あくまで見せかけだ。
本命は黒狼騎士団に毎日夜襲を掛けてもらい、我々が城壁を突破すると見せかけておいて、敵の疲れがピークになった時に総攻撃を掛ける作戦だ。
正直に話しても、現時点でロズゴニー殿たちは黒狼騎士団と共闘する気はないから意味がない。しかし、時間が経てば経つほどヴェストエッケ攻略を急げと言ってくるはずで、その時に総攻撃の話をすれば、反対することはないだろう。
「黒狼騎士団には夜襲を掛けるよう依頼しています。もちろんこれはダミーです。敵も夜襲への対応は万全でしょう。ですが、夜襲が続けば必ず疲労します。我々鳳凰騎士団は交代で作業をしますから、疲労が溜まることはありません。それに雲梯車と違って幅を広くすることもできますから、出口を塞がれることもなく、こちらが圧倒的に有利な状況で攻め込めるのです」
私の説明を聞き、僅かに前のめりになるが、それでも二人とも頷かない。
「確かに広くすれば突入しやすくなるが、その分作業量が大きく増える。時間が掛かりすぎるのではないか」
「多少時間が掛かってもやるべきでしょう。それともお二人は別の策を既に考えておられるのですかな? であるなら、それを説明していただきたいが」
私が迫ると、二人は無言で目を逸らす。
「それでは当面、この作戦でいくことにし、よい策があればそちらに切り替えるというのではいかがか。それなら時間を無駄にすることもないと思うのですが」
「……代案がない以上、リーツ殿の案でいくしかあるまい」
渋々ながらもロズゴニー殿は承認する。この言葉で作戦の実行が決まった。
その後、リートミュラー殿と話し合いを行う。
「作戦開始の承認をもらいました。リートミュラー殿には大変な任務となりますが、祖国の勝利のためによろしくお願いしたい」
「了解だ。だが、毎日の夜襲程度、どうということはない。それに敵を疲労させて、最終的に潜入するということは元々考えていたことだ。そこに黒鳳騎士団の精鋭が加わってくれるなら、これ以上何も言うことはない」
主役はあくまで黒狼騎士団ということをしつこいくらいに言っているため、リートミュラー殿の私に対する態度は軟化している。
最後に握手を交わし、互いの健闘を祈り合った。
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