第11話「後方撹乱作戦:その七」

 統一暦一二〇三年七月二十三日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。イリス・フォン・エッフェンベルク


 午前十時頃、私はマティに代わって兄様とハルトの部隊に指示を出していく。

 まだ、マティは私の横にいるけど、今のうちから慣れておいた方がいいと言われたため。でも、既に一時間以上指示を出しているけど、まだ全然慣れていない。


「ラズに指示。リートミュラー団長直属は三倍程度の身体強化が使えるという情報がある。瞬間的には馬を凌駕する速度が出せるから、五百メートルくらいの距離を維持すること」


「8H付近のシャッテンに連絡。敵本隊が通過を確認後、司令部に連絡せよ。その後は10G南西に移動し、敵右翼が先回りしないか確認……」


「9J付近のシャッテンに連絡。鳳凰騎士団を確認次第、司令部に連絡せよ。その後も鳳凰騎士団の動向を逐次報告せよ……」


 マティは地図を見ながら矢継ぎ早に指示を出す。私はそれをシャッテンのユーダ・カーンが操作する通信の魔導具でそれぞれに伝えていく。


 この通信の魔導具は便利なのだけど、相手を指定する必要があり、一度に複数の隊に指示を出せない。そのため、指示を出す相手にいちいち繋ぐ必要があって、とても面倒だ。


 敵を監視するシャッテンからの報告は、別の魔導具で聞いてもらっているから、その点だけが救いだ。


 マティの指示を伝えるだけなら何とかなった。言われたことを伝えるだけで考える必要がないから。


「そろそろ自分で指示を考えて出してみてほしい」


「分かったわ……」


 そう答えたものの、どうしたらいいのか、頭に浮かんでこない。逐次入るシャッテンからの情報は地図に反映されているので、どこに誰がいるのかは分かっているけど、次の動きを予測しながら指示を出すのはとても難しかった。


「ラズの隊が9Jに到着する。敵の最新情報と指示を伝えないと、彼が困ってしまうぞ」


 私は慌てて兄様の隊に回線を繋ぐよう命じ、情報を送る。


「敵本隊の最左翼は9I東付近。リートミュラー隊より一キロ以上遅れている。エッフェンベルク隊は10Jで待機することなく、11J北東に向かえ。以上」


 兄の部隊から了解が届き、安堵するけど、マティは容赦なく、次の指示を出すように言ってきた。


「敵の一部が動きを変えたようだぞ。その情報を伝えるんだ」


 慌てて地図を見ると、敵右翼の五つの部隊が街道を横切って北東に向かっていた。


「エッフェンベルク隊に告ぐ。敵右翼五百が7Iから北東に向けて転進。現状では先回りされる恐れは小さいが、西側に注意されたし。以上」


 私の指示にマティが頷いていた。


「いい指示だよ。現状でどの程度危険があるのか、こちらの判断を伝えることは全体が見えない現地にとっては助かるはずだし、注意を促した点もよかった」


 褒められてうれしくなるが、すぐに次の指示を出さなければならない状況になる。

 ハルトの隊が所定の位置に到着したのだ。


「イスターツ隊は可燃物の収集と敵伝令の監視を怠らないように。可燃物の着火と消火のタイミングはこちらから指示する。以上」


 兄様の中隊と敵の位置関係を見て、更に指示を出す。


「エッフェンベルク隊は速度を上げ、11Gに北上。リートミュラー隊を引き離した後に東に転進。13G南の拠点Bに向かえ。拠点Bで馬を休ませ、次の指示を待て。以上」


 兄の中隊は七キロメートル以上走り続けており、馬の疲労が溜まっているはず。拠点で小休止してリフレッシュさせた方がいい。


「それもいい指示だよ。リートミュラー団長をここまで引き込めば、作戦は大成功だ。脱出のことを考えたら、今のうちに馬を休ませておくという判断はいいと思う」


 彼に褒められ、何となく自信が付いた。


「そろそろクロイツホーフ城に向かう時間だ。あとは任せたよ」


 そう言ってマティは立ち上がった。

 彼がいなくなるということで不安になるが、それ以上に戦場に向かうことが心配だった。


 野戦ということで城の中から助言するわけにはいかず、総司令官であるクリストフおじ様と共に出陣しなくてはならないためだ。


「絶対に前には出ないで。必ず無事で帰ってくるのよ」


「分かっているよ。それよりラズとハルトをよろしく頼む。ユーダさん、彼女の補佐をよろしくお願いします」


 ユーダは「お任せください」と優雅にお辞儀をする。


 マティは私にキスをすると、ゆっくりとした歩みで物見塔から出ていった。

 私は頬をパーンと叩き、気合を入れる。


「7Gを監視中のシャッテンに連絡。9G付近で先回りしようとしている敵の動きを監視せよ……」


 私は愛するマティのことを考えないよう、一心不乱に指示を出していく。


 正午過ぎにマティたちが出陣すると、クロイツホーフ城から伝令が出たという報告がきた。

 カムラウ河沿いに向かった伝令は無視するしかないけど、リートミュラーに向かった伝令は処理する必要がある。


「イスターツ隊に告ぐ。伝令十騎がクロイツホーフ城を出発した。確実に処分せよ。以上」


 連絡を入れた二十分ほど後に、全騎を倒したと報告してきた。


 ハルトの方は特に問題なかったけど、兄様の方に問題が生じた。


「エッフェンベルク隊と連絡が取れません。魔導具の故障のようです。申し訳ございません」


 いつも冷静なユーダが珍しく焦った口調で報告し謝罪するが、マティはこの状況も想定していたから、対処方法は分かっている。


「大丈夫よ。すぐに一番近い斥候隊を通信要員として合流させて」


「承知いたしました」


 そう答えると、すぐに斥候隊のシャッテンに連絡を入れた。


「連絡完了です。しかし、一番近いところですので、リートミュラーの監視が疎かになってしまいます」


 リートミュラーは一番東に位置しているから、兄様に一番近いということ。そのことは私も気づいていた。


「そうね。合流にどのくらい時間が掛かるかしら」


「二十分で合流可能です。ラザファム様が移動していなければですが」


 兄様のことだから、通信が途絶えたことで独自に脱出する可能性は否定できない。

 どうしたらよいのかと考えるが、焦りでまとまらない。


(一番危険なのは拠点に留まっていること。それは兄様も分かっているわ……だとすれば、最短距離で北に向かうはずね。いいえ、真っ直ぐ北に行くルートは障害物が多くて時間が掛かるわ。東側はシャッテンの調査範囲外。だとすれば、最短時間で渡河地点に向かうルートを選ぶ……一旦北西に向かってから北に行くはずよ……)


 自分ならどうするかを考えて予想を立ててみた。

 全然自信はないけど、指示を出さなくてはいけない。


「11F付近に向かわせて。そこで合流できるはずだし、できなくてもリートミュラーの動きは分かるはずよ」


 マティがいないから“はず”という言葉ばかりになり、自己嫌悪に陥りそうになる。


(兄様、無事でいて……)


 不安を感じながらも冷静さを装ってシャッテンに指示を出していった。



■■■


 統一暦一二〇三年七月二十三日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城南の森林地帯。ラザファム・フォン・エッフェンベルク


 小休止までは作戦は順調だった。

 しかし、突然通信の魔導具が使えなくなった。


 担当のシャッテンに確認すると、走り回ったことで故障したのではないかということだった。


「申し訳ございません」


 謝罪されるが、今はどう対応するかが重要だ。


(一番近くのシャッテンが合流するはずだが、移動すべきか……マティならこちらの考えを読んでくれると思うのだが、イリスに期待するのは……いや、こっちがイリスの考えを読んだ方がいい……あいつならどう考える? 私が何を目的に行動するかを考えるはずだ……)


 そこで目的とそれを達成するための目標、そして障害となるものを整理していく。


(今重要なのは生き延びること……追いつかれる前に渡河地点に到着すればいい……最大の障害はリートミュラーの本隊……最後に受け取った情報では敵と二キロ以上離れていたし、敵は包囲網を築くために陣形を再編中だったから大きく位置は変えていないはず…………)


 私は部下たちを集め、直ちに方針を伝えた。


「通信の魔導具が故障した。最短距離にいるシャッテンがこちらに向かっているはずだが、ここに留まるわけにはいかない……」


 そこで部下たちの顔を見るが不安そうな表情が多い。

 私は自信があるように見せながら指示を出していく。


「目的地はカムラウ河の渡河地点。最短時間で移動できるルートを採る。当面は我々だけで敵に見つからずに移動することになるが、今ならギリギリ敵より先行できる。すぐに移動するぞ」


 部下たちは緊張した面持ちだが、黙って騎乗した。

 そして、拠点Bから丘を迂回するように北西に向けて進む。


 二十分ほど経った時、先導役のシャッテンが左手側を指さした。


「敵に発見されました!」


 その方向に視線を送って確認すると、二百メートルくらいの距離にいる敵を発見する。私は即座に命令を発した。


「全速で駆け抜けろ! 後ろは振り返るな!」


 その言葉で一斉に馬を駆けさせる。

 敵も気づいたらしく、全速力で追いかけてきた。

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