第4話「情報の整理と今後の方針」

 統一暦一二〇三年七月十八日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 西の要衝ヴェストエッケに到着後、守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍と顔合わせを行った。


 その際、将軍からレヒト法国の黒狼騎士団が四日続けて夜襲を行った後、大人しくなったと聞き、違和感を持った。


 違和感の原因は黒狼騎士団の団長、エーリッヒ・リートミュラーが猛将と言われている人物であるのに、中途半端な攻撃を仕掛けてきたことだ。


 今回の侵攻作戦では鳳凰騎士団が主力で、黒狼騎士団は補助的な役割だと聞いている。しかし、元々ここは神狼騎士団が何十年も戦ってきた戦場であり、リートミュラーがそのことに納得していない可能性は高い。


 クロイツホーフ城で行っている情報操作が成功し、強引に割り込んできた鳳凰騎士団に手柄を挙げられる前に、自分たちで何とかしようと行動を起こしたと考えるのが自然だ。


 その根拠は鳳凰騎士団の到着前に夜襲を掛けてきたことだ。

 ヴェストエッケ守備兵団三千と義勇兵五千だけなら、自分たちだけでもなんとかできると考え、策を弄してきたのだ。


 城に篭る八千人に対し、攻城兵器を持たない五千人では戦いにならないと思うかもしれないが、法国の聖堂騎士団は兵士すべてが魔導器ローアを使った肉体強化が使える。


 特に実戦経験が豊富な神狼騎士団と聖竜騎士団の兵士は、兵士一人当たりの単純な戦闘力は王国軍の二倍以上と評価されていた。


 だから、城門をこじ開けて侵入さえしてしまえば、奇襲効果もあるから充分に勝算はある。仮に失敗したとしても奇襲部隊が全滅する程度だから、今後の作戦に支障は少ないし、そもそも黒狼騎士団は支援の任務しか与えられないため、多少の損害が出ても影響はほとんどない。リートミュラーはそう考えて、神狼騎士団の誰かが考えた作戦に乗ったのだろう。


 だとすれば、この状況を逆手に取ることができる。

 黒狼騎士団にある程度成功したと思わせれば、鳳凰騎士団との間にできつつある亀裂を更に広げることができるからだ。


 彼らも共同作戦が上手くいくとは思っていないだろうが、情報の共有が円滑にいかないようにすれば、鳳凰騎士団は知識不足のまま戦うことになる。それだけでもこちらに有利に働くはずだ。


 私は今考えたことを説明した後、具体的な策を提示した。


「まず、第二騎士団と三日後に到着するエッフェンベルク騎士団の存在は秘匿すべきです。そうすれば、法国軍はこちらを侮ってくれますから、初戦で敵に痛撃を与えることができます……」


 私の説明に第二騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵と参謀長ベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵が頷いているが、ジーゲル将軍は納得した感じはない。それでも口を開くことなく聞いている。


「……黒狼騎士団の奇襲によって、ジーゲル将軍が負傷ないし戦死されたことにします。長くヴェストエッケを守ってきた守護神ともいえる将軍を排除できれば、勝率が一気に上がると法国側は考えますので」


「なるほど」


 子爵は私の言いたいことが分かったようで満足げに頷いている。


「鳳凰騎士団の総司令官、白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー団長は規律を重んじる性格と言われておりますので、大きな戦果を挙げたとしても勝手に戦端を開いたリートミュラー団長を糾弾するはずです。ナンバーツーである赤鳳騎士団のエドムント・プロイス団長もプライドの高い人物らしいので同調する可能性は高いと思っています……」


 法国の主要な武人の情報は以前より調査しており、この二人については注意すべき人物とは考えていない。


「……唯一、黒鳳騎士団のフィデリオ・リーツ団長だけが不安要素です。リーツ団長は沈着冷静な知将と言われています。ですので、こちらの策を看破する可能性は否定できません……」


 リーツは昨年黒鳳騎士団の団長になった人物だが、槍の名手というだけでなく、治安維持部隊の指揮で多くの功績を挙げ、聖堂騎士団の将としては珍しく公正な人物として、兵士たちから信頼されている名将だ。


 そこまで説明したところで、将軍の表情を一瞥する。


「鳳凰騎士団の将まで知っているのか……」


 驚きの表情でそう呟いていた。その呟きには応じず、そのまま説明を続ける。


「リーツ団長には注意すべきですが、指揮権はロズゴニー団長が握っていますから黒狼騎士団を前線から外すはずです。一方、リートミュラー団長は宿敵ジーゲル将軍を倒し、あとはヴェストエッケを攻略するだけと思っていますから、鳳凰騎士団のお手並み拝見という感じで協力しないでしょう」


「……」


 ジーゲル将軍は絶句しながらも、私の次の言葉を待っている。


「こうやって敵を分断しますが、その前に隙を見て小規模な部隊をクロイツホーフ城の南側に送り込んでおきます。鳳凰騎士団は一万七千という大部隊ですから大量の物資が必要です。当面の物資はクロイツホーフ城にありますが、輜重隊は絶えず送り込まれるはずです。自国内ということで護衛も少ないはずですから、送り込んだ部隊を使い輜重隊を襲撃します。こうすることで鳳凰騎士団は黒狼騎士団の不手際を糾弾するでしょう。自国の街道の安全も確保できないのかと。これで更に溝を深く大きくすることができます」


 私の説明にジーゲル将軍が慌てた様子で口を挟む。


「二万二千の大軍の後方に小規模な部隊を送り込むというのか。捨て駒にするつもりか?」


「捨て駒にはしません。既にクロイツホーフ城周辺の地理は調べていますし、撤退のためのルートも確認済みです。それに補給の手筈も整っていますから、潜伏してやり過ごすことも難しくはありません。それどころか、敵の追撃部隊を罠に誘込み、逆襲することすら可能だと考えています」


 後方を撹乱することはクロイツホーフ城周辺を調査した際に思いついたものだ。補給ルートは見通しが利かない森の中にあるが、これまで王国軍が攻め込んだことはなく、レヒト法国軍は時折現れる魔獣ウンティーアにのみ警戒している状況だ。


 そのため、街道周辺の地形すら満足に把握していないという情報を得ており、こちらが地理を把握し、事前に補給物資を運び込んでおけば、敵を翻弄できると確信し準備していた。


「既に準備していただと……」


 ジーゲル将軍は再び絶句するが、子爵は満面の笑みを浮かべていた。


「移動中にいろいろと許可を求めてきたが、これが目的だったのか。流石だな」


 一ヶ月ほど前に慌てて調査し立案した泥縄に近い作戦であるため、子爵にも明確に説明できなかった。そのため、事後承諾に近い形で準備を進めてきたことから少し心苦しい。


「鳳凰騎士団が進軍してくると聞いてから慌てて情報収集をお願いしましたから、精度はあまり高くありません。準備も万全とは言えませんから、その分、安全マージンを多めに取るつもりです。ですので、最悪の場合は成果がゼロということもあり得ます」


 私の言葉にジーゲル将軍が反論する。


「最悪の場合は全滅ではないのか?」


叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの全面的な協力を取り付けています。今回は通信の魔導具が使えますし、闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテンも複数参加しますので、敵の裏を掻くことは難しくありません。ですので、大きな問題が起きない限り、撤退は充分に可能だと考えています」


 叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの通信の魔導具は小型の物でも二十キロメートルほどなら通信が可能だ。他の魔導師の塔の魔導具では平地でも一キロメートルほどしか使えないことを考えると破格の性能を誇る。

 但し、小型といってもランドセルほどの大きさがあり、大昔の通信兵のような感じになる。


 私の説明に将軍は呆れたという表情で首を横に振る。


「儂は四十五年という長きに渡って戦ってきたが、魔導具や間者を使うなど考えたこともなかった……グレーフェンベルク閣下が招聘したという意味が分かった気がしますな」


「そうだろう。正式に私の幕僚になってもらいたいのだが、首を縦に振ってくれんのだ」


 子爵の言葉に将軍は大きく頷いたが、私は楽観的な雰囲気に釘を刺すことにした。


「まだ策が成ったわけでも、そもそも情報が正確であることすら確認できていません。私が裏を掻かれる可能性は多分にあるのです。その際、現場での臨機応変の対応が必要になりますが、それは指揮官の役目です。その点はお忘れなく」


 私の苦言に子爵が苦笑する。


「相変わらず厳しいな」


 私の言葉にジーゲル将軍が目を見開いている。


「教本に書いてあることをこの場で聞くとは思わなかった……」


 そこで子爵はニヤリと笑った。


「あれはこのマティアス君が作ったものだからな。一番理解しているのは彼ということだよ」


「なんと……」


 ジーゲル将軍が絶句する。指揮官用の教本が作られたのは六年ほど前であり、私の年齢に驚いたのだろう。


「私は既に五年以上前から彼を幕僚にと望んでいるのだ。あとから割り込まないでくれよ」


「確かに私の幕僚にと言いそうになりましたぞ。この若き軍師がいれば、我が国は安泰ですな」


 その後、私に対するジーゲル将軍の態度は軟化した。

 私はこれで作戦の実行の邪魔をされることがなくなったと、心の中で安堵の息を吐き出した。


 グレーフェンベルク子爵は私のことを評価してくれるから作戦を採用してくれる可能性は非常に高い。彼が総司令官であるため、ジーゲル将軍が反対しても押し切ることはできるが、成功率を高めるためにはこの地をよく知る将軍の協力は不可欠だ。


 その後、更に詳細に作戦を練っていった。

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