第12話「臨時参謀就任」
統一暦一二〇三年六月十六日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
六月六日にイリスと正式に婚約し、私は幸せの絶頂にいる。
彼女も私同様に幸せそうに微笑んでくれており、これからの人生設計について何度も話し合っていた。
親友のラザファムとハルトムートも祝福してくれた。
「ようやく覚悟を決めたか。妹のことを頼んだぞ」
ラザファムがそう言って私の肩をパシンと叩く。
「思ったより早かったんじゃないか。俺はもう少しかかると思っていたぞ」
ハルトムートはそんなことを言いながらも満面の笑みを浮かべている。
私たちのことを心から祝福してくれているが、この二人は学院時代に失恋をしており、私としては感謝の言葉を返すしかない。
容姿、家柄、才能、性格とすべてが完璧なラザファムが失恋したのは、二年ほど前の高等部二年の時だ。
相手は初等部で同級生だったグレーテル・フォン・ヴァインガルトナー公爵令嬢だ。
グレーテルは現国王フォルクマーク十世の従妹に当たり、豊かな黄金の髪が特徴的な美しい少女だった。初等部に入った時に私の成績に疑問を呈したが、それは王家に連なる者という意識から出たもので、公爵令嬢という割には高慢なところがなかった。
初等部では三年間一緒に過ごしたが、グレーテルが女子の取りまとめで、ラザファムが男子の取りまとめをしていた関係で二人はいろいろと接点があり、恋愛感情が生まれたらしい。
高等部に入り、ラザファムは兵学部、グレーテルは文学部と別々になったが、同じ学院内ということで頻繁に会っていた。
名門エッフェンベルク伯爵家の嫡男であるラザファムと公爵令嬢であるグレーテルは家格的にもそれほど無理がなく、婚約は近いと思われた。
しかし、騎士団改革でエッフェンベルク騎士団が成果を出し、ラザファムの父カルステン卿が王国軍の中で発言力を増していくと、マルクトホーフェン侯爵家との間に軋轢が生まれ始める。
その結果、マルクトホーフェン侯爵派の宰相クラース侯爵が、エッフェンベルク伯爵家がこれ以上力を付けないようにと横やりを入れ、グレーテルは西部の雄、ケッセルシュラガー侯爵の嫡男と婚約することが決まってしまう。
王位継承権を持つグレーテルは王国の安定のためと言われ、泣く泣く婚約を受け入れ、その結果、ラザファムは失恋してしまった。
彼にとっては初恋だったらしく、大きなショックを受け、数日間は剣を振るだけで話ができないほどだった。
何とか立ち直ったものの未だに引きずっているらしく、彼にアプローチしてくる女性は多いが、武人として大成するためと言って断っている。
ハルトムートは失恋と言っていいのか微妙な感じだ。
相手は私の姉エリザベートだ。
私の家に勉強に来ることが多かったため、姉とはよく顔を合わせていた。
姉はイリスやグレーテルのような誰もが振り返るような美女ではないが、親しみやすさを感じさせる容姿と面倒見の良さから、後輩たちから慕われていた。
ハルトムートも優しく声を掛けられて姉を慕うようになった。そして、それがいつしか恋心に変わった。しかし、彼自身、平民であることに劣等感を持っていたことから、領地持ちの子爵家の長女に対し、告白することはなかった。
姉は割と鈍感なのでハルトムートの恋心に気づいていなかった。彼女が学院を卒業する少し前、父の同僚であった子爵の息子との婚約が決まり、ハルトムートの恋は終わった。
私としては二人を応援したかったが、二人ともこう言ったことには奥手で話題にすらしなかったため、勝手に動くわけにもいかず、このような結果となってしまったのだ。
いずれにせよ、二人ともまだ二十歳にもなっていないし、これから充分に可能性はあると私自身に言い聞かせ、次こそは手助けができればと思っている。
イリスとのことでバタバタとしていたが、周囲も動き始めている。
学院に出勤する直前、王国第二騎士団団長、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵から至急の呼び出しがあった。
理由は分かっていた。
昨夜遅くに
ユーダはいつもの執事姿で私の部屋に現れ、報告を行った。
「レヒト法国が王国への侵攻作戦を決定しました。戦力は南方教会の鳳凰騎士団から白鳳騎士団、赤鳳騎士団、黒鳳騎士団と北方教会の神狼騎士団から黒狼騎士団の計四個騎士団、約二万二千の兵力が投入されるとのことです」
私は想定と違っていたことから思わず聞き返してしまう。
「南方教会のシェーラー総主教が侵攻作戦に賛成したというのですか?」
「そのようです。詳細はまだ分かっておりませんが、反対したのは西方教会のヴェンデル総主教のみだそうです」
西方教会のパウロ・ヴェンデル総主教は腐敗したトゥテラリィ教団の聖職者にしては珍しく清廉で慈悲深く、聖職者に相応しい人物だ。
本来であれば、彼が法王となったのだが、私の行った情報操作により、主戦派の支持が得られず、選出されなかった。ヴェンデル自身はそのことを不満に思っておらず、若く優秀なアンドレアスを強く推していたほどだ。
ヘルミン・シェーラー総主教はヴェンデルほど清廉ではないが、堅実な政治的手腕の持ち主というのが、情報分析室の評価だった。王国への侵攻作戦に賛成するだけでなく、自領に属する鳳凰騎士団を無謀な作戦に送り込んだことに違和感を持ったのだ。
ユーダから更に情報を得た後、指示を出す。
「シェーラー総主教がなぜ鳳凰騎士団を派遣したのか確認をお願いします。私たちの知らない目的があるのであれば、戦いにも影響する可能性がありますので」
現在、
「承りました」
「あとはクロイツホーフ城に潜入している方に繋ぎを付けてください。情報収集をお願いしたいのと、可能であれば噂を流していただきたいためです」
クロイツホーフ城はレヒト法国の重要拠点であるが、王国側から攻め込む可能性がほとんどないため、常駐兵力は少なく、物資の集積所という性格が強い。そのため、比較的簡単に人員を送り込めている。
「承りました。潜入している
「では、神狼騎士団が失敗続きだから鳳凰騎士団がしゃしゃり出てきた。鳳凰騎士団なら一日で攻略できると豪語している。といった感じで、鳳凰騎士団の団長たちが傲慢な印象を植え付けてください」
「承知いたしましたが、末端でそのような噂が流れてもあまり意味がないのではありませんか?」
ユーダが疑問を口にした。
「黒狼騎士団が到着するのは鳳凰騎士団の到着より半月以上前でしょう。それに黒狼騎士団は何度もクロイツホーフ城に駐屯していますから城内に知っている者も多くいるはずです。黒狼騎士団の兵士たちがその話を聞けば、必ず上層部の耳に入ります。元々自分たちの縄張りに土足で入り込んできたと思っているでしょうから、反目させることは可能だと思います」
「なるほど……ですが、反目したとしても主力は鳳凰騎士団です。黒狼騎士団は五千人。全体の二割ほどですから影響は小さいのではありませんか?」
「確かに全体から見れば少数ですが、黒狼騎士団はヴェストエッケに何度も挑んでいますからどこを攻めたらどんな反撃を受けるといった情報を持っています。鳳凰騎士団の上層部もある程度は情報収集をするでしょうが、兵士たちが肌で感じている感覚まで調べきれません。こういった情報は意外に重要なのです」
「確かに。では、聖都及び南方教会での情報収集、クロイツホーフ城での情報収集と操作を開始いたします」
そう言った後、ユーダは一礼してから部屋を出ていった。
それからいろいろと考えてみたが、シェーラー総主教の目的が判然しないことにモヤモヤしていた。
(メリットは何なのだろう? 目的は法国内での発言力アップ……いや、それなら無理に戦争に出てくる必要はない……何か特別な策を隠しているのかもしれないな。それが何かを探らないと……)
結局結論は出ないまま朝になった。
そして、予想通り、グレーフェンベルク子爵から呼び出され、面談になった。
「君のことだから聞いていると思うが、法国がヴェストエッケに兵を出すらしい。それも二万二千とここ数十年で最大の兵力を投入する」
北方教会の神狼騎士団の場合、だいたい二個騎士団一万人ほどで攻めてくる。これは軍資金不足が原因で兵糧の確保ができないためだ。もっともヴェストエッケの常駐兵力が約三千人なので一万人でも三倍以上になるから、兵力的に不足しているというわけではない。
「南方の鳳凰騎士団から白、赤、黒の三個騎士団一万七千と、北方の神狼騎士団から黒狼騎士団五千と聞いています」
「少なくとも第二騎士団はヴェストエッケに送り込むが、それでも八千にしかならん。義勇兵が五千に、ケッセルシュラガー侯爵家からの援軍三千を加えても一万六千。ケッセルシュラガー軍と義勇兵は練度が低いから実質的には敵の半分の戦力と言っていい。これで防衛が可能か、君の意見が聞きたいのだ」
戦力的には確かに少ないが、ヴェストエッケ城の防御力を考えれば足りないことはない。しかし、敵の目的が分からず、答えられない。
「難しい質問です。まず私が気にしているのはなぜ南方教会のシェーラー総主教が手を上げたかという点です。南方教会領は裕福ですし無理に戦争に参加する必要はありません。どのような目的なのかが気になっています」
「その点は私も気になっているが、単に国内での発言力強化のためではないのか? 元々南方教会の発言力は北方や東方に比べ弱いと聞いているからな」
子爵の考えは常識的なものだが、それだけでは理由にならない。
「それならば北方教会の神狼騎士団に攻め込ませ、失敗させた方が有効です。東方教会は前法王暗殺で発言力を大きく落としていますから、ここで神狼騎士団が敗北すれば北方教会の発言力も大きく落ちることになりますので」
東方教会の聖竜騎士団は前法王を暗殺するという不祥事を起こしている。その結果、東方教会の総主教が引責辞任した。
南方教会はこれまで戦争には反対の立場であり、北方教会が失敗してくれた方が発言力は増すことは容易に想像できる。
「なるほど……確かに目的が分からんな。君のことだからある程度は予想が付いているのではないか?」
その問いに答えられず、頭を下げるしかない。
「申し訳ありません。法国に関しては法王と東方、北方教会を主に情報収集をしていたので、シェーラー総主教に関する情報は一般的なものしかないのです。現法王アンドレアスはまだ就任したばかりですし、次の法王の座を狙うにしてもタイミングがおかしいと思っています。今考えられるのはヴェストエッケを攻略するための秘策があるのではないかというくらいですね」
「ヴェストエッケを攻略する秘策か。それが本当なら大問題だが……」
そう言って子爵は考え込む。
「話を戻しますが、戦力的には第二騎士団が合流すれば、ヴェストエッケを守るだけなら問題ないでしょう。問題があるとすれば、鳳凰騎士団が奇策を講じてきた場合です。兵力を増しただけでは対応できるか微妙ですから、精鋭であるエッフェンベルク騎士団を派遣した方がよいかもしれません」
鳳凰騎士団を含む聖堂騎士団には他の国の軍と大きく異なる点がある。それはすべての兵士が東方系武術に近い身体強化を使える点だ。
そのため、強力な軍事国家であるゾルダート帝国を含め、個々の兵士の戦闘力は頭一つ抜きでており、奇策によって城壁を無効化されれば、王国の兵士では蹂躙されてしまう可能性が高い。
子爵も私と同じ思いなのか、目を瞑り唸るようにして考え込んでいた。
「うむ……奇策への対応か……」
現在の王国に第二騎士団以上の戦力はない。唯一エッフェンベルク騎士団が同程度の能力といえるが、それでも同数の聖堂騎士団と戦えば敗北することは必至だ。
子爵は考えがまとまったのかゆっくりと目を開ける。
「奇策が何か分からない以上、対応できる人材が必要だな」
子爵はそういうと私を見据える。
「マティアス君に来てもらうのが一番いいだろう。臨時の参謀として従軍してくれないか」
要請があることは想定していたので、即座に頷く。
「分かりました。一つだけ確認したいのですが」
「何かな?」
「騎士団参謀部との関係を明確にしていただきたいと思います。騎士団が得た情報が私に入ってこないようでは作戦を考えようがありませんから」
私の問いに子爵は即座に笑顔で答える。
「その点は考えてあるよ。連隊長待遇の参謀長代理だ。騎士団参謀部の序列で言えば、参謀長の直下で副参謀長より上位となる。各参謀への命令権も有していると思っていい」
思った以上の待遇に驚く。
参謀長自体が連隊長と同等の地位にあることを考えると、破格といっていい。
「私のような若輩者がそのような待遇だと反発があるのではありませんか?」
「それはないな。何といっても君のことは学院の兵学部の時から皆知っているのだ。誰も文句は言わんよ」
子爵はそう言って笑った。
確かに兵学部時代には第二騎士団の演習に何度も参加しているから、知っている者も多いことは事実だ。
しかし、参謀は適性者がなかなか見つからず、徐々に拡充されたため、私のことを知らない者も多い。
「心配する必要はない。参謀長のシャイデマンも君のことは認めているのだ。それにこの機にうちの参謀たちを鍛えてやってほしい。まだ本質を理解していない者が多く、シャイデマンに負担がかかっているんだ」
参謀長のベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵とは四年近い付き合いがある。男爵も私が改革案の立案者と知っており、いろいろと相談に乗っていた。
シャイデマンはノルトハウゼン騎士団に属していたが、ノルトハウゼン伯爵が自領軍強化のために王国騎士団に派遣した人物だ。フェアラート会戦では伯爵の右腕として王国軍の撤退を助けており、沈着冷静で思慮深い人物であり尊敬している。
それから今後のスケジュールについて話しあった。
エッフェンベルク騎士団をヴェストエッケに派遣するため、王都シュヴェーレンブルクが手薄になり、東の国境ヴェヒターミュンデ城への増援がなくなる。
そのため、ノルトハウゼン騎士団を王都防衛と帝国への対応のため、王都に駐留させることが決まった。
第二騎士団は早ければ三日後の六月二十日に出発する。
私もいろいろと準備をしなければならず、騎士団本部を後にした。
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