第三章:「王立学院高等部編」
第1話「王立学院高等部入学」
統一暦一一九九年十二月一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク。ラウシェンバッハ子爵邸、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
今日私はシュヴェーレンブルク王立学院初等部を卒業した。
今は卒業の式典を終え、屋敷に戻ってきたところだ。
初等部の三年間はあっという間に過ぎた印象だ。
入学後にラザファムとイリスに出会い、平和な楽しい時間を過ごすことができたことが大きいと思っているが、王国軍改革やゾルダート帝国などへの謀略なども行っていたので、その分忙しかったこともあるかもしれない。
最終的に首席のまま卒業することができた。これは受験時の五教科のみが成績評価の対象であったためで、体育などが評価項目に加わっていたら、首席ではなかっただろう。
そして、私は高等部の兵学部を受験することを決めている。
理由はラザファムとイリスが兵学部に入ることを考えており、一緒にいたいということもあるが、一番の理由は将来王国軍に入ることを考え始めたからだ。
王国軍に入る最大の理由はゾルダート帝国に備えるためだ。
春先にあった帝国軍のシュヴァーン河渡河作戦は
特に効果があったのは渡河用の資材を焼き払ったことだ。
フェアラートの住民に化けた
それだけでは丸太を燃やすことは難しいため、油を塗った帆布で木材を覆わせ、更に木材と一緒に油をしみこませたロープを置くことを提案し、採用させた。その結果、火の回りが異常に早まり、保管してあった資材のほとんどを使用不能にしている。
これで一ヶ月ほど時間を稼げると思っていたが、帝国軍の物資調達部隊は思った以上に優秀だった。遠方から木材を調達するのだが、完璧な輸送計画により、私の予想より一週間以上も早く、調達を完了している。
他の手として、ムール貝と牡蠣で食中毒を起こさせることに成功した。
シュトルムゴルフ湾はムール貝や牡蠣が名産だが、滅多に食中毒は起きない。これは地元民が貝の扱いに長けていることと、経験的に食べると危険な場所を知っているためだ。
具体的にはフェアラートの町の下水が流れ込む場所で、そこには大量のムール貝があり、更に岩場には天然の牡蠣も多く獲れるらしい。
この世界の下水道は垂れ流しであり、その汚水を取り込んだ貝が他よりも早く成長するためだ。
垂れ流しの汚水にはノロウイルスなどに汚染されている可能性が高い。また、理由ははっきりしないが、その場所には昔から貝毒を持つものが多いらしい。
そのため、地元民はその場所の貝を食べることはないが、遠方から来た帝国軍の兵士たちはそのことを知らない。
非番の日に居酒屋などで味を覚えた兵士に、貝が大量にある場所を教えることで、彼らが勝手に採取して調理場に持ち込んだ。
教える際にはきちんと火を入れて食べるようにと指導し、故意ではないように装っている。
ノロウイルス自体は熱で無害化できるが、生の貝を処理した際に手や調理器具をきちんと洗わないと感染は防げない。この世界には衛生管理という観念がないから、それを利用した。また、貝毒は熱に強いため、その効果も狙っている。
一応成功はした。しかし、こちらも思ったほどの効果は出なかった。
本来なら疫病の発生でパニックを起こさせ、三週間ほど時間を稼ぐつもりだったが、第二軍団長のルーツィア・ゲルリッツ元帥が適切に手を打ったことで、想定していた最短である十日ほどしか稼げなかったのだ。
ゲルリッツ元帥は猛将のイメージが強い武人だが、思った以上に理性的で、原因の究明とその公表により、兵士たちの混乱を最小限に抑え込んだ。その統率力と冷静さは賞賛に値する。
二つの策で何とか一ヶ月遅延させることができ、結果的には渡河作戦を中止に追い込むことに成功した。
しかし、ゲルリッツ元帥は本国に帰還する際に皇国西部の都市をいくつか陥落させており、第二軍団の士気を上げるという目的は達成し、シュヴァーン河渡河作戦失敗を帳消しにしている。
ゲルリッツ元帥といい、三年前にフェアラート会戦で勝利した第三軍団長ローデリヒ・マウラー元帥といい、思った以上に帝国軍の将帥が優秀なことに私は危機感を抱いている。
そうなった場合、次のターゲットは国力が小さく、レヒト法国という敵を抱えるグライフトゥルム王国だ。
実際、十一月頃からシュヴァーン河の中流域にあるリッタートゥルム城付近では、ゾルダート帝国兵らしき姿が見られるようになっており、王国への野心が消えたわけではないことが分かっている。
帝国が本格的な侵攻を開始したら、シュヴァーン河という天然の要害があるものの、兵の数や質だけでなく、指揮官の質が違いすぎ、大した抵抗もできずに国境を突破されてしまうだろう。
そうならないようにするためには、帝国軍に負けない優秀な指揮官と参謀、そして兵を育てることが重要だ。
しかし、そのためには時間が掛かる。
その時間を稼ぐために私は軍人になろうと考えていた。
私には物語の主人公のような
そんな私に何ができるのかと言われるかもしれないが、私は
そうはいっても魔導師と工作員という強力な支援を得られるが、無条件に使えるわけではない。彼らの目的は
今のところ帝国やレヒト法国の侵攻を防ぎ、
彼らの協力が得られなくなっても王国を守るだけの力を得るには、王国内で一定程度の地位を得る必要がある。そのため、最も手早く出世が可能な王国軍に入るという選択肢を採ることにしたのだ。
私がグライフトゥルム王国を守ろうと思った一番の理由はイリスの存在だ。
私は彼女を愛している。彼女も憎からず思っているはずだ。これから先、一緒になるとしても、彼女がラザファムら家族や祖国を捨てるとは思えない。
私の家であるラウシェンバッハ子爵家は文官の家系であり、グライフトゥルム王国がゾルダート帝国に併合されても生きていくことは難しくない。
しかし、エッフェンベルク伯爵家は武官の家系であり、精鋭であるエッフェンベルク騎士団は最後まで抵抗するだろう。その際、彼女も実家と一緒に戦う可能性は極めて高く、生き残れる可能性は低い。
だから私は軍に入る覚悟を固めた。
幸い王国軍改革で参謀職を創設している。
参謀なら肉体的に劣る私でも、前世で得た知識と
王立学院高等部の兵学部の入学試験は明後日の十二月三日にある。
筆記試験自体は全く問題ないが、体力テストがあり、それだけが不安要素だ。
体力テストは同年代の標準的な体力があることを確認するだけの難しいものではない。これは甘やかされた貴族の子弟の入学を阻止するための措置なのだが、私の場合、初等部の三年間でも体力的にあまり向上せず、不安が残っていた。
体力テストは筆記テストの午前中にあり、合格水準に達していなければその場で不合格が言い渡されるのだ。
十二月三日。
私はラザファムとイリスと共に入学試験を受けた。
午前中の体力テストはギリギリだが何とかクリアできた。もっともギリギリだったのは私くらいで不合格者はいなかった。
そのため、昼食の時、ラザファムにからかわれている。
「見ていて冷や冷やしたぞ。持久走であと十秒遅かったら不合格だったのだからな。記録係があと何秒って叫ぶとは思わなかったよ。まあ、これでマティの合格は確定したがな」
「兄様の言う通りよ。でもよかったわ。マティが不合格だったらどうしようかと思って、必死に応援したんだから」
初等部の三年間で二人は私のことを愛称である“マティ”と呼ぶようになった。私もラザファムのことを“ラズ”と呼んでいる。
「こっちは必死だから全然聞こえていなかったよ」
そんな会話をしながら弁当を食べ、午後の試験に挑んだ。
結果は三人とも合格で、私が首席、ラザファムが次席、イリスが第三席という初等部の順位と同じだった。
年が明け、統一暦一二〇〇年になった。
国外は不穏な状況が続いているが、王都は百年に一度の記念の年ということで大みそかから五日間祭りが続いた。
私たちも三人仲良く祭に繰り出し、大いに楽しんだ。
一月十日に高等部に入学するが、入学式で私が新入生代表となったものの、他に特筆すべきことはなかった。
高等部は初等部と異なり、明確なクラスがない。これは講義を自ら選択し単位を取得する大学に近い制度であるためだ。
理由は学生に自由になる時間を与えるためだ。
通常、貴族は十五歳になると、いろいろな行事に参加する必要が出てくる。決まった授業の場合、出席日数が足りなくなり、留年という事態になりかねないが、単位制であるため、三年間で取得すればよく、行事への参加が楽になるのだ。
入学後のオリエンテーションは大講堂で行われ、簡単な説明と資料の配布が行われただけですぐに終わる。
明日からどの講義を受けようかという話をして少し時間を潰した後、帰宅しようとした。そんな時、私たちはトラブルに見舞われた。
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