第4話 可愛い私の記憶 後編

私の朝は、ログインボーナスをもらうところから始まる。

デイリーミッションをこなして、ガチャに必要な石を貯めていく。

もちろん課金もしているけれど、タダでもらえるものはもらいたい。


最優先事項が終われば、あとはやりたくもない家事をこなし、

旦那を起こして、仕事へ行かせる。


旦那がいなくなったら、すぐにゲームの世界に戻る。

今日のかえでの服を決めて、ゲーム上に投稿。

平日の日中につくコメントは少ないが、

夜になれば賞賛のコメントでいっぱいになる。


その瞬間が、一番楽しい。



以前の毎日投稿は、フリフリのお嬢様風ファッションがメインだった。

けれど最近は、昔の私の再現。


柄物を組み合わせて、

パキっとした色合いのコーディネートを多く投稿している。


似たような投稿者がいないのか、

昔の私の服を着せたかえでには、多くの高評価のコメントがついた。

「柄物の組み合わせ上手すぎます!」

「かえでさん、どんなコーデも組めるんですね」

けれど一方で、

「レトロコーデ素敵です」

「昭和風コーデ得意でうらやましい」

「当時の再現みたい」

と、いうコメントもついた。


ゲームの向こうの子たちの年齢はわからないが、

おそらく私より若いのだろう。



年齢がバレたら馬鹿にされるのだろうか。

ピンクの服を着た私を笑った旦那のように

「ババアかよwwww」

「こういうゲームは、若者がするもんだろww」

なんて、笑うのだろうか。


ふと鏡を見ると、瞼が垂れ、疲れ切った顔の叔母さんがいた。

生気がない。

鏡に映る私は醜かった。






旦那のご飯を作り終え、ソファでかえでのコーデを組んでいると

「お前、スマホいじりすぎじゃないか」

と、旦那が声をかけてきた。

「その歳でもスマホ依存ってするんだなw 俺には考えられないよ」

旦那は私のスマホを取り上げた。

「かえで……って、なにこれ。これが自分だと思ってるのか? きもww」

「返してっ」

汚い手でかえでに触ってほしくない。

「かえでさん素敵ですって笑えるなw 現実じゃ、ただのババアなのにwww」

旦那は私のスマホをソファに放り投げ、

「あー、笑ったから今日はいい夢見れそうだ」

と、寝室へ向かった。


私はすぐにかえでの状態を確認した。

勝手に服を着替えさせられていないか。

変な投稿はされていないか。

個人チャットは、コメントは……。

かえでは宇宙一可愛いままだった。


旦那に馬鹿にされようが、変わらない事実。

宇宙一可愛いと言われて育った私の居場所は、もうこの中にしかないと思った。

『ミラクルチェンジ』にいるかえでが本当の私で、

ここにいる私は偽物。


旦那に自尊心を傷つけられている私は、本物じゃない。

私に残された唯一の家族は旦那じゃない。

もうひとりの私である、かえでだ。

旦那はいらない、そう思った。






私は旦那宛ての離婚届を書いて、家を出た。

私には父が残してくれたマンションがある。

家賃収入もあるし、当分そこに住めばいい。


部屋に家具を運んでいると旦那から電話が来た。

「おい、これはどういうことだ!」

「そのままの意味よ。離婚しましょう」

「待て、俺の立場はどうなる。お前と離婚したら、役員連中が納得しないだろう」

「それはそうでしょうね」

旦那が今、社長の地位にいられるのは前社長の娘である私と結婚したからだ。

旦那は別に仕事ができるわけではないし、役員の人たちは幼い頃から私を可愛がってくれていた。

旦那を追い出すと考えても不思議ではない。


「話し合おう、話せばわかる」

「もう限界なんですよ」

私は電話を切った。

けれど次の日も、その次の日も電話は鳴りやまない。

そして気が付いたことがある。



今までは家賃収入のすべてをかえでのために使えてきた。

けれど、ひとり暮らしをはじめると、

光熱費・水道代・電気代・食費・通信費などにも家賃収入が消えた。

旦那と暮らしていたときは、それらを旦那の給料で払っていたから、

私の家賃収入はかえでのためだけに使えていたのに……。


電話で、メールで、SMSで。

毎日のように旦那から復縁を迫られる。

「お前は遺産があるから何とかなるかもしれないが、俺はどうなる」

「今更他の会社で働けるわけないだろう」

「話せばわかる」


毎日毎日旦那から連絡が来る。

「社長夫人じゃなくなってもいいのか!?」

「俺には分からないが、俺に非があるなら謝ってやらないでもない」

「話し合おう」






私は元から旦那への愛情はない。

私が社長業に興味がないから、両親に政略結婚を勧められただけだ。

「楓は会社を継がないんだろう?」

「それなら、買収候補の会社の中から将来の旦那を選んでくれ」

「宇宙一の可愛いかえでを見たら、断る奴なんていないだろう」

そう言ったのは父だった。

「政略結婚なんて、古いわよ」

「楓は、好きなように生きていいのよ」

そう言ったのは母だった。



結局私は、縁談した3人の内、

私のことを一番綺麗だと言ってくれた旦那と結婚した。






昔のことを思い出すと、少し疲れてしまう。

そんなときに旦那から復縁を迫る電話が来ると、イライラが止まらない。

最近は新しいガチャが引けなくて、

かえでの服に対するコメント数が減ってるのに……。


働かない頭で、なんとなく旦那からの電話を受ける。

「やっと電話に出たか」

「原因は分からないが、お前といたくないのは分かった」

「けど近所には取引先の娘さんも住んでいるからな……」

「お前が家からいなくなれば近所の人から離婚したのかと怪しまれるだろう」


「そうね」


「家庭内別居はどうだ?」

「家に給料は入れるし、生活費はこれまで通り俺が払おう」

「でも食事は別だ。お前も俺の食事を作らなくていい。洗濯もしなくていい」

「それでどうだ?」


魅力的なお誘いだった。

「けどその分、役員の人との飲み会には俺の妻として出席してくれ」

「家庭内別居のことは伏せて、円満夫婦だと思わせるんだ」

それはまぁ、許容範囲だろう。


「……わかったわ」


私は、夫の世話をしないことを条件に、

あの家でまた暮らすことにした。


家庭内別居と聞くと、ギスギスした印象だが、

私は幸せだった。

旦那とは基本話さなくていいし、かえでとして生きる時間が増えた。






以前のように家賃収入をかえでに使う日々。

また、限定ガチャをコンプリートできるようになった。




第13回 ミラクルチェンジコンテスト

最優秀賞 かえで さん




その文字を見たとき、思わず声を上げて喜んだ。

やっと、やっと私は一番を取り戻したのだ。


宇宙一とは言えないけど、

世界一可愛い私を取り戻したんだ。




ふと顔をあげると、シンクに溜まった数日分の食器、

床に放置された数日分の洗濯物が目に入る。


暗くなった画面に映る顔は、ひどく痩せていて、

童話の悪役みたいだ。


けれどこちらは私にとって、非現実的な世界。


『ミラクルチェンジ』の世界にいる私が本当の私。


最優秀賞受賞者限定アイテムのドレスを着た私は

今日も宇宙一可愛いのだ。

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