第3話 可愛い私の記憶 前編

長いまつげ、大きな瞳。

ぷるぷるの唇と、あどけない笑顔。


写真に写る私は、どれも美しくて可愛い。


「かえでちゃん、かわいいー」

「げーのーじんみたい!!」

「かえでちゃん、けっこんしてください」


当時、言われた言葉は今でもよく覚えている。


私は整った顔立ちをした子どもだった。

もちろん自覚はあった。


両親から「楓が宇宙一可愛い」と言われ続けてて育ったし、

私も自分が一番可愛いと思っていた。


実際可愛かったしね。


でも持って生まれた可愛いだけじゃなくて、

アイドルの服装を真似したり、

ダイエットしたり、努力もしたわ。


高校生のとき、ミスコンで優秀賞をもらったこともある。



でも、いつからだろう。

可愛いと言われなくなったのは。


私は宇宙一可愛いはずなのに。



歳を重ねて、顔が伸びたから?

体重が16キロ増えたから?

結婚して、旦那の世話に追われているから?



私を可愛いと言ってくれる両親は、もういないのに。

私は、「可愛い」と言われないことが、たまらなく怖い。



可愛いと言われ続けていた私から、

可愛いを取ったら、何も残らないじゃない。






今の私を、可愛いと言ってくれる可能性があるのは旦那だけ。


私は少しでも自分を可愛く飾ろうと、

新しい服を買って、メイクをした。


学生のときに来ていたようなフリルが付いたスカート。

ピンク色のトップス。

マスカラとカラコンもした。


準備は万端。

これで旦那も可愛いと言ってくれるはず。


けれど、旦那は帰ってくるなり、私の格好を見て笑った。

「お前ww 何歳だよwwww」

「そういう服は、学生が着るもんだろww」


旦那は、大好きな服を着た宇宙一可愛い私を笑ったんだ。


許せなかった。


旦那は何もわかっていない。

私は何歳になっても可愛い。

ずっとそう言われて育ってきたのに。



「楓は本当に可愛いわね」

「あぁ。そうだな、宇宙一可愛いよ。悪い虫がつかないか心配だ」

「悪い虫って、楓は来年小学生よ」

「最近の小学生は油断できない」


今でも鮮明に覚えている。


「楓、中学の制服、似合ってるわよ」

「あぁ、宇宙一だ!」

「お父さんってば、ほんとに親バカなんだから」

「事実だから、いいだろう」


そう言って、両親は笑っていた。

「楓も、もう高校生なのね。早いわ」

「宇宙一可愛いよ」

「お父さん、もうそれを言うのはよしましょうよ」

「何言ってるんだよ、母さん。俺にとって楓はずっと宇宙一可愛い娘だよ」


私の記憶の中にいる両親は、

いつも私を可愛いと言っていたように思う。




旦那との縁談が決まって、結婚をした日も

両親だけは私を可愛いと言ってくれた。


両親だけが私を正しく評価してくれたんだよ、きっと。

けれど今の私を可愛いと評価してくれる人は、周りにいない。

家庭内は円満とは言えない。

職場でも孤立。


子どもがいれば……と思ったことがないわけではない。

けれど結婚してはじめて、旦那が無精子症だと知った。

縁談が破棄されれば、義両親の会社が危ういため、家族ぐるみで黙っていたらしい。

その後、離婚するか迷ったが、迷っている間に私の両親は事故で亡くなった。

私に親戚はいない。

こんなクズ旦那が、私にとっては唯一の家族になった。

家族がいなくなるのは、嫌だ。

私は生存している家族を手に入れる代わりに、

クズ旦那と一緒に暮らし、世話をする覚悟を決めた。






ある日、デパートで買い物をしていると、

とある女子高生のスマホの画面が目に入った。


画面の中では、

可愛い女の子がお洒落な服を着ていた。


つい気になって画面を見ていた私に

女子高生はこう言った。

「……私のスマホがどうかしましたか?」

「えっ、いや、画面の子がとても可愛いくて気になって。ごめんなさいね」

「あぁ。これアプリゲームですよ。基本無料の、ミラチェンっていうやつ」

「ミラ……なんですって?」

「ミラクルチェンジって、言う、アプリゲームです」

女子高生は私にそう名前を告げて、去っていった。


すぐにメモをして、慣れないスマホで検索した。


基本料金無料、という文字が贅沢できない私には刺さった。



『ミラクルチェンジ』は、女の子の着せ替えができるアプリゲームだった。

お洒落なコーデを組んで投稿したり、

コメントで交流したり、

コンテスト上位に入賞して限定アイテムの獲得を目指したりするゲームらしい。



画面の中の女の子は、パジャマ姿でも天使のように可愛かった。

両親に「宇宙一可愛い」と言われていた私が、

そのまま成長した姿のように思えた。



私は早速、慣れない手つきで

「はじめまして。かえでです」

と、投稿した。


ただの初期装備のパジャマ姿。


でも

「わぁ、かえでちゃん。はじめましてー」

「初心者さん、いらっしゃい」

「これからよろしくねー」

温かいコメントが送られてきた。


「ありがとうございます。こちらこそよろしくおねがいします」






かえでに可愛い服を着せたくて、ガチャと呼ばれるものを何回も回した。

レアリティが高いものが必ずしも私の好みと合致するとは、

かぎらないけれど、レアリティが高いものを身に付けている方が、

「かえでさん、可愛いい」

「かえでさん最高すぎる」

「100連回したけど、その服持ってません。うらやましすぎる」

などと、私を賞賛するコメントが多いがする。


私に可愛いと言ってくれる両親を亡くして、18年。

私はやっと「可愛い」と言われる平常な生活を取り戻した。

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