4:川辺の休憩時間

「そろそろいいかしら」

「がぼ!」

「がぼで返事しない。早く語彙力を取り戻して頂戴」

「がぼー…」


そろそろ頃合いかと思い、ノワの顔を持ち上げた。

魔法を使っている彼女が窒息なんてことはないだろうけど、これ以上は私の良心が痛んでしまう。

すると彼女は平気そうな顔で、これまた写真でしか見たことがないけれど、水を吐きだすライオンを象った置物のように水を口からガボガボと吐き出した。


「なにそれ。ライオンみたい」

「…水分補給を済ませた後にアリアをからかいたくてね。どうだった?」

「面白いけど、動機はムカつくわ。もう一回川に押し付けるわよ」


腕を構えると、ノワは珍しく困った表情を浮かべてくる。

彼女は表情の変化がほとんどないから、とても珍しい。


「それは勘弁。この魔法、意外と魔力消費が多いんだ」

「そういうものなのね。貴方、賢者だから魔力量も膨大だと思っていたけれど」

「賢者だからって、魔力が多いわけじゃない」

「そうなのね」


この世界には、私が生きていた世界と同じように魔法という概念が当たり前のように存在している。

もちろん、その魔法を使用するために必要なのが魔力というのも同じだ。


「それにしても暑い。涼みたい」


ブーツと靴下を脱ぎ、素足を晒した彼女はそのまま川の中に足をつける。

それがとても気持ちよさそうだし、なんなら私も足を涼めたい。

私も同じように脱ぎ、少し離れた距離に足をつけた。

冷たくて気持ちよくて、顔がとろけてしまいそうだ。


「ふう…」

「すすす」

「…なんで寄るのよ」

「いいでしょう?距離が近いほうが有事の時に対処できると思うし」

「本当に、正論ばかりね」


断れば面倒くさいことになるのはわかりきっている。

だからそのまま。先程までしていた話の続きをしていく。


「賢者って、魔力を持つ人間の中では高水準の魔力量を誇ると聞くけれど」

「私は発展途上だから。周囲よりは低い方なんだ」

「言ってしまえば「伸びしろ」があるのね」


…言って何だが、その「伸びしろ」とやらは、どこまで伸びるのだろうか。

今でもかなり高難易度と思わしき魔法をバンバン使用しているし…。

小説でも、戦闘シーンのノワはひたすら魔法弾を打ちまくって隙なし状態だった。


勇者パーティーを追放された後も、危険地帯を一人で探索する力量はあるみたいだし…作中でも「最強賢者」とか呼ばれていたみたいだから、ノワは元々強いはずだ。

ただ、今は自覚がないだけなのだろうか。

それとも、まだ作中の領域に至っていないのか…そこまでは流石にわからない。


「まあね。順調に鍛えれば、魔力も育って…いつか」

「いつか?」

「魔王も一人で倒せちゃうかもね」

「賢者なのに勇者以上に勇者してどうするのよ…」

「最強賢者の称号は私のものだ…!」

「はいはい。勝手にやってなさい」


魔王を倒す。

それは本来、私に課された役目。

けれど、私がいなくなった後の話では…ノワがその役目を負うことになる。


一人でも魔王を倒せるかもしれないと豪語する最強賢者が相手ならきっと大丈夫だろう。

勇者がいなくても、世界に平和はやってくる。


「私の労力が減って、私の功績が上がるなら万々歳よ。働きなさい」

「え〜…一緒に倒そうよ。魔王、聖剣でしか倒せないんだからさ〜」

「そう言われているだけじゃない?木っ端微塵にしたら案外倒せるかもしれないわ」

「ううん。聖剣でしか倒せないよ。だから魔王はアリアにしか倒せない。君が倒さなきゃ、いけないんだよ」

「断言するわね。その根拠は?」

「…それは」


少しだけ言い淀んだ後、ノワは意を決したように口を開き…。

…私の背中を、思いっきり川へ向かって押してきた。


「あばっ!」

「さっきのお返しチャーンス…」


もちろん、バランスを崩した私は思いっきり川にダイブ。

あっという間に、全身がべしゃべしゃになってしまった。


「ばっ…!真面目な話をしているところでしょう!?ちゃんと答えなさいよ!」

「嫌だね」

「どうして」

「…これ以上はやばいなって思った。理由はそれだけで十分」

「はぁ?」

「だってアリア…」


その目を見た瞬間、私は息を飲んだ。

見下ろす彼女の視線は、先程までの人を小馬鹿にしたような視線ではなかった。

獲物を捉えたような、冷たい視線をこちらに向けていた。

その目に私は本能で恐怖を覚えてしまう。


「アリアは」

「…」

「私の言う事、、きっと信じられないだろうから」


「…それは、情報次第よ」

「アリアは私と違って情報の真偽を確かめられないよ?それに加えて、私が正直に情報を出すと思ってる?」

「それは…」

「自分のことを嫌っていると告げる人間に、正しい情報を与えると思う?」


言われてみればそうだ。

ノワが嘘を吐く可能性だってある。


「けれど、貴方が嘘を吐く理由はないと思うのよ」

「なんでそう思うの?」

「貴方は意外と真面目じゃない。そんな重要そうなところで嘘を吐かなさそうだもの」

「意外とはしつれ…うおっ」


少しだけ距離を近づけた瞬間に、彼女の胸ぐらを掴み、そのまま川に叩き込む。

もちろん先ほどのお返しだ。やられっぱなしなのは癪だから。


「げぼっ!」

「お返し」

「あーもー…下まで濡れたんだけど。どうしてくれるの?」

「それはお互い様よ。後で魔法を使って乾かせあばっ!」


今度は顔に水が飛んでくる。

どうやら、目の前のノワに水をかけられたらしい。


「なにすんの」

「お返しのお返しだけど?」

「こっの…!」


やり返されたらもちろんやり返す。

私も彼女に水をかけかえし、後はその繰り返し。

これをおそらく「水浴び」というのだろう。

こうして遊ぶのは、初めての体験。

アリアとしても、永羽としても。


「ふふっ…!」

「…なに笑ってるの、アリア」

「こうして遊ぶのが初めてだからよ。楽しいものなのね」

「変なの。まるで今まで王都の外に出たことない人の台詞じゃん!」

「事実そんな感じよ。今回の旅が、まともな外出と言えるかもしれないわねっ…!」


堅苦しい貴族界隈では、こんな庶民でもしないような遊びは教えてくれなかった。

生前の世界でも「やってみたいこと」として両親に言ってみてはいたけれど。

叶えてあげたいけれど、それは絶対に駄目だって何度も言われたっけ。


体力が続く限り、私達は役目をほっぽって川辺で遊び続ける。

疲れ果てて、陸に上がる頃には…日が落ち始めていた。

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