3:アリア・イレイス
あの日から数年。
私が転生し、この世界に産まれてから七年が経過した頃。
ふとした瞬間に、私はかつての記憶を取り戻した。
私の前世は霧雨永羽。
黒髪で灰色の目をしていたらしい…生まれつき不治の病を患っていた虚弱な女の子。
思い出せることは少ないけれど、それはかつての自分がほぼ寝たきりだったから仕方のない話。
楽しい思い出は、片手で足りるほどでとっても少ないけれど…。
『永羽ちゃん、今日も続きを読むからね!』
『いいよ。君の願いは僕が叶えよう』
私の中に、今の私を作り上げた軌跡はきちんと残ってくれている。
そしてまたあの物語も、今の私の糧となってくれているのだ。
「…物語通りなら、七年後に私は勇者に選ばれる」
湖面に映った金髪碧眼の女の子。
それが今の私。
私の転生先は、かつて一咲ちゃんが読んでくれた物語の主人公…ではなく、その主人公「ノワ・エイルシュタット」をいじめ、主人公が一人旅に出るきっかけになる女の子。
悪役勇者「アリア・イレイス」だった。
「…なかなかに難儀なポジションに送り込まれたらしい」
管理人さんの言う通り、今の人生はとても特殊。
勇者なのに主人公じゃなくて、悪役。
起点作りの存在で、最期はあっけない女の子。
「でも、全部思い出せたことで管理人さんが出会った「神様」の正体はわかった」
生前読んでいた本の作者…「
物語の世界そのまま…作者である人物を神様と表現するのも理解できる。
でも、同時に悲しい。
一咲ちゃんはあの日、本の続きをお母さんに頼んでくれていた。
けれど、鳩燕先生はその時にはもう亡くなられていたんだと思う。
だから続きがなかった。ノワたちの冒険は、途中で終わってしまった。
…そうして彼女は、この願いを私に託した。
物語を完成させること。ノワが終わりに到着する夢を…託してくれたのだろう。
「…叶えよう。作者さんが書きたかった物語の終着点を、私が作り出すんだ」
決意を胸に、これからのことを考え出す。
時間はあと七年。長いようで短い。
とりあえず物語と同じように進めることができたなら、目標は完遂できるはず。
後はノワが勝手に続きを紡いでくれるだろう。
アリアとしての私がやるべきことは三つ。
一つ、必ず「勇者」の称号を得ること。
二つ、ノワとパーティーを組んで、何かと理由をつけて主人公をパーティーから追放する。
でも、あの小説の中で私はノワが一番好きだった。
ノワは勇者パーティーを追い出された理由がわからず、一時期は落ち込んでいた。
理由は・・・アリアの私怨なんだけど。そこは置いておいて。
けれど、くじけずにもう一度勇者に認めてもらい、同じ志を持つものとしてパーティーに合流しようと、勇者パーティーを追いつつ、一人研鑽を重ねる旅に出た。
どんな逆境でもくじけず、持ち前の力で切り開いていく女の子。
とても格好いいと思えたし、同じく理不尽に悩まされていた闘病中の私にとって彼女の意志には何度も勇気づけられた。
…だからこそ心配。私が一番大好きな彼女を突き放すような冷たい態度をとれるだろうか。
不安だし、心苦しいけれどやらないといけない。
そして最後。
ノワの功績を上げる一方で、周囲からの失望を受け続けたアリアは悪魔の甘言で化物に堕ちる。
そしてノワと対峙して…彼女に討伐される運命を持つ。
アリアの死は、読み聞かせてもらったシリーズ三巻の中に存在していた。
だからわかるのだ。
自分のやるべきことが、果たすべきことが。
「…」
けれど、ショックはあった。
自分の前世も記憶も、目的も思い出したばかり。
最初に思うのは役割の事じゃなくて、今の両親だった。
「また十六歳で子供を失わせちゃうなぁ…」
前世も今も、十六年の命。
今の両親は、私を沢山愛してくれている。
描写こそされていなかったが、間違いなく…。
「…でも、やらないといけない。果たすべきことを」
悲しみも悔しさも全て置いて、前に進む。
私の声は、誰にも届くことなく消えてくれた。
・・
それが、私が霧雨永羽としての記憶を取り戻した時の話だ。
それから七年。私は無事に勇者に選ばれて、こうしてノワと旅に出た。
この世界に突如現れた「魔王」を倒すための旅に。
今日もまた、私とアリアは魔王がいる西方への道のりを歩いていく。
大陸の端から端に移動するような旅路。困難は多く待ち受けているだろう。
けれど、私が向かうのは中央付近に存在する「オヴィロ帝国」まででいい。
そこでノワを完全に追放するのだ。それ以降のことは、考えなくていい。後は私も流れに任せるだけだ。
それまでは、この緩やかな旅を続けていこう。
楽しもう。この時間を満喫するように。
「アリア」
「なに?」
王都から少し離れた場所にある森林地帯。
私達は今、そこにいた。
長時間歩き続けて、服は汗だく・
そろそろ水分補給もしたいけれど…水辺が見当たらない。
「まだ歩けそう?」
「大丈夫よ。運動音痴でも体力だけはあるから」
「それなら、左に進もう」
「どうして?道から逸れるわよ」
「近くに水辺がある。音がするからね」
「本当?」
耳を澄ませる。確かに、左方向から流水音が聞こえてくる。
彼女の言う通り、川は本当にあるようだ。
「うん。行こう行こう」
「ちょ。腕を引かなくても大丈夫よ!」
ノワに誘導されるように川のある場所へと向かうことになる。
しばらく歩くと、川に到着する。
「川だぁ!」
「待って、アリア。水質の確認をする」
「どうやって?」
「鑑定魔法。旅をする前に覚えた」
「便利ねぇ」
「私が?私が?」
「魔法が」
「あう…」
無表情で喜び、無表情で落ち込む。なんだか面白い。
けれど、このままじゃ駄目なんだよね。
こういう場面では彼女を積極的に頼らないといけない問題だ。
鑑定に真偽判別。他にも聞く限り、色々な魔法を持っているらしい。
「水質は問題ないみたい」
「そう。ありがとう」
「…」
「…なによ、その顔は」
「アリアお礼言えたんだね!」
「お礼を言うのは当然でしょう!?私を何だと思っているのよ!」
「アリア・イレイス。我儘貴族令嬢系勇者」
事実、アリア・イレイスという女の子はびっくりするぐらい我儘な女の子だ。
典型的な甘やかされたお嬢様。厳しい躾は泣いて回避するような子。
流石に我儘で両親を困らせたくはなかったので、そこだけは本来のアリアとは大幅に異なる幼少期を過ごしたはずなのだけれど…やはり、記憶を取り戻す前の「我儘令嬢」の名前のほうが強いらしい。
ノワの印象も記憶を取り戻す前の私が強いようだ。
「けれど、ある時から礼儀作法を真面目に学びだした」
「…」
「何か、心境の変化が?」
「…」
それは両親を困らせたくなかったから。
我儘で困らせるより、できることが増えて褒められる方が嬉しかったから。
でも、それはノワが知る「アリア」の解答としてはふさわしくない。
「いい結婚相手を探したかったからよ。礼儀作法すら出来ない女の引き取り手がいるわけがないじゃない?だから必要な教養だけ身につけてやったのよ」
「ふーん」
「そんなこと、今となってはどうでもいいことよ。ほら、さっさと水分補給を済ませちゃいましょう?」
荷物を適当な場所に置いて、私は両手で川の水をすくい上げる。
それを口に含んだ瞬間、冷たい感覚が口内を支配した。
乾いた喉に水が行き渡るが、飲み過ぎはいけない。
道中腹を下して笑いものになるのは、私としてもアリアとしても勘弁して欲しい話だ。
「水筒も補充を」
「待って」
「何よ。人の行動を止める暇があるのなら、さっさと貴方も水分補給をしなさいよ」
「それはどうでもいい」
「何を言っているのかしら。水分補給は大事よ?喉が乾きすぎておかしくなったかしら」
「アリア」
「…何よ」
「一週間、水浴びしてないからかな。めっちゃ臭う」
確かに、王都を出てから一度もお風呂どころか水浴びすらしていない。
旅だもの。仕方ないと思うのだが!
なんか、そのいかにも「くさっ…」といいたげな顔と目とポーズにイラッとする。
「今はどうでもいいでしょう!?」
「いいや、全然おかしくない。女の子としては当然のこと」
「確かに身だしなみは大事だけれども、今そういう事を言っている場合ではないでしょう?我慢しなさいよ」
「そこに水があるというのに!?」
「そんなに水浴びがしたいのなら、貴方だけ水浴びしたらいいじゃない」
「それじゃあ眼福イベントが消えるじゃないか…」
「つまり?」
「アリアのお風呂シーンが見たい」
「喉が乾いておかしくなっているようねこの賢者様は…!さっさと飲みなさい!」
「がぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
運動音痴だけど体力はあるし腕力はある。まだ動き方が分からないだけ。
私はこれでも勇者の称号と共に授けられる聖剣を扱える人間。
たとえ魔法をたくさん使えても、賢者は所詮人間。
物理的に抑え込むことぐらい、容易なことだ。
ノワの頭を片手で押さえつけ、彼女の頭を冷やすために川へ押し付けた。
最初こそ抵抗してきたが、疲れたのだろう。
今ではがぼぼぼぼ…と呼吸音だけを発する存在になってしまった。
「一応聞いておくけど、水中で呼吸できる魔法を使っているのよね?」
「がぼっ!」
右手で親指を立て元気にサムズアップ。ちゃんと呼吸は出来ているらしい。
ノワの様子を眺めながら、私は大きくため息を吐いておいた。
まさか、一番好きなキャラがここまでの変人だなんて。想像すらしていなかった。
けれど時間が短くとも…旅をする上で、ノワの存在は必要不可欠だということはいやというほどわかる。
もちろん、それはパーティーの人数が増えたところで変わらない。
魔法での攻撃だって、支援も回復も、道中の探索だって全部一人でできる。
本当に、なぜアリアはノワを追放したのだろうか。
性格が「これだから」と言われてしまえば、納得しかないけれど…それを超えるほどの万能さだ。我慢してでも側には置いておきたいと私は思ってしまう。
一体、どうしてなのだろうか。
アリアが死んでしまう三巻までの内容しか知らない私には、見当がつかない話だ。
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