第10話
「つまり、お前を生み出した奴はネストが暴走するって知ってたってことか」
「流石に理解が早いね」
感心したようにカヌレは頷く。一から十まで説明するのは時間も手間もかかる。ある程度勝手に理解してくれるのは話を進めるのが早くなって彼女としても好ましい。
「だがそれにしてもやっぱり悠長だな。事前に暴走の可能性を知っていたなら解決役を作るよりも暴走そのものを止める方が早いに決まっている」
暴走を止めるのが失敗した場合の保険として製造した可能性ももちろんがあるが、ケイの知る限りネストの暴走は生み出した国そのものにとっても予想外の事態だったと聞いている。
ネストを止める手段を見つけるためにもプロジェクトに関わる事柄は根こそぎ調査されたはずなのだが、事前に暴走の可能性が示唆されたというような情報は無かったはずだ。
「そうだね、つまり私を作った人間は暴走することが分かっていてもそれを止めるつもりはなかったという事だよ」
「矛盾した話だな」
暴走は見過ごすが事後の解決の為にカヌレという存在を準備する。世界を破滅させたいのかそうじゃないのか…………もしくはその両方なのだろうかとケイは気付く。
「ネストを暴走はさせるが被害は抑えたかったってことか? 確かにあの戦争はネストのような不確定要素でも発生しなきゃ終わりそうにはなかったが…………」
だとすればその目論見は成功したと言えるが失敗したとも言える。人間同士の戦争はネストの暴走で終わりはしたが、そのネストによって全ての国家は崩壊し人類は滅亡への道を歩んでいるのだから。
「残念ながらそんな高尚な理由じゃないんだよ」
誰かを軽蔑するような表情でそれにカヌレは答えた。
「何せ私を製造した男、グレイブ・ハーザントという人間はこれ以上ないくらいのクズだったからね」
「…………ネストの製造者か」
その名前は当然だがケイにも覚えがあった。歴史上最高の科学者と
だが確かにあの男であればネストの暴走の可能性を事前に知ることも…………いや、事前に仕込むことだって可能だろうしその後に備えてカヌレのような存在を製造しておくことも可能だっただろう。
話によればグレイブの生み出す兵器こそが自国を勝利に導く唯一の可能性としてかなりの重用をされていたらしい…………それこそ軍を束ねる総司令官ですら容易に行動を制する様なことは出来ないレベルだったらしく、その仕込みを邪魔できるものはいなかったことだろう。
「天才様には破滅願望でもあったのか?」
「そんなものはなかったよ…………まあ、小者がストレスに耐えかねたというのが一番近い表現かな」
「…………そりゃ結構な事で」
そんなもので世界が滅んだのかと流石にケイも顔をしかめる。
「あの男は確かに天才だったが隔絶したというほどでもなかった。開発した新兵器は一時的には戦況を有利にしたけれど、すぐに解析されてコピー品が出回ってしまうことの繰り返しだったからね」
兵器として戦場に送り出す以上はいかなるものであろうがその残骸や鹵獲品から敵国に解析されるのは避けられない。そしてその使われている技術がよほど既存の者と隔絶した者でない限りはコピーされて利用される…………戦争中に著作権など誰も気にしないのだ。
「新しい兵器を開発してもすぐに敵側に利用される、そして上からは次の兵器を…………それも今度は敵に利用されないような兵器をなんて無茶ぶりをされるわけだ。いくら仕事をしても報われない状況に身を置き続ければストレスも溜まるだろうね」
けれどその言葉選びとは裏腹に声色もその表情にも同情の感情は一切含まれていないようだった。
「そしてそんなストレスも限界に達していた頃にあの男はネストという兵器を生み出してしまった…………それこそ戦争に勝ててしまいそうな最高の兵器をね」
「普通に考えりゃそれで勝って終わりなんだがな」
「そう、残念な事にその時点であの男の精神状態は限界に達していた」
哀れ、ではなくざまあみろと言うようにカヌレが嗤う。
「さっきも言ったようにあの男は天才ではあっても隔絶していなかった…………だからネストという兵器はあの男からしてみても奇跡的な傑作とでも言うべき存在だった。それこそ同じレベルのものをもう一度作れと言われれば頭を抱える程度にね」
「つまりはそういうことか」
「そういうことだよ」
察した表情を浮かべるケイにカヌレは頷く。
「あの男はネストという兵器の性能に自信はありながらも、それがこれまでの兵器と同じように敵側に再利用されるかもという可能性を否定しきれなかった…………だからもういっそ何もかもをぶっ壊してしまおうと自棄になったのさ」
「それでネストを暴走させて、手始めに自分を一番苦しめてくれた自国を潰したと」
「自責の念に駆られたくないからと自分ごとね」
それなら最初から自分だけ殺しておけとケイは思うが、恐らくは苦しめられた自分だけが死ぬことは許せなかったのだろう。
「だがそれだと余計に解せんな。普通に考えりゃそんな野郎が残った人類の為にお前という解決策を用意するとは思えねえんだが」
「そりゃあそうともさ…………私を用意したのは人類の為じゃなくて自分の為だからね」
「ああ?」
意味が分からずケイは眉を顰める。
「本当にあの男は小者だったってことだよ…………彼は人類なんて滅んでしまえと思っていたが、同時に自分が人類を滅ぼしたという責は背負いたくなかったんだよ」
「…………なんだそりゃ」
どこまでも自分勝手な野郎だとケイは舌打つ。
「それでお前か」
「そう、私という存在は人類がネストをどうにかするためにあの男が残したヒントのようなもの…………ヒントは与えたのだからそれで人類が滅んでも自分のせいではなく人類の愚かさのせいだという理屈さ」
「戦争中にグレイブの野郎の暗殺命令が俺に来なかったのが悔やまれるな」
もし来ていたら世界はこんな風にはならなかっただろうとケイは本気で思う。
「で、結局お前は何なんだ?」
「別人として作られたグレイブ・ハーザントのコピーってところだね」
「コピーなのに別人なのか」
矛盾しているような表現だが、目の前の少女とケイが資料で見た科学者が一致しないのも確かな話だ。それは単純な姿形だけではなく、人格として二人は別人であると彼には感じられる。
「私はあの男の記憶や思考形式が移植された状態で生み出された…………けれどそれは私の一部というよりは閲覧可能な資料みたいなものでね、それは確かにグレイブ・ハーザントという男の物ではあるけど、この人格はカヌレという人間のものだと胸を張って言える」
記憶の移植というのはそれほど珍しい技術ではない。生体調整によって寿命を延ばすことができるようになる以前は自身のクローンを作って記憶と人格の移植が一部で行われていたとケイは聞いている。それ以降にも研究者間では同僚に正確に自身の知識を伝えるために行われるケースも珍しくはなかったようだ。
「なるほど、お前がネストについて詳しい理由や見た目にそぐわぬ知識や技術の源泉については理解できた…………だがそれはお前自身がネストをどうこうしようという理由にはならんよな?」
グレイブに対しては辛らつな口調だから故人の意思を尊重するわけではないだろう。はっきり言ってカヌレのもつ知識と技術があればわざわざネストの相手などしなくとも適当な地下施設で安泰に暮らすことは可能だ…………むしろネストを打倒するというのは嫌う相手の意に沿う行為であり避けたいことのように思う。
「それが、私が君をその姿にした理由にも関わっているのさ」
「…………ほう」
ケイからすればそれは聞きたかった本命の話だ。
「まず前提として話しておくが私の行動にグレイブの意思は関係ない。ネストの問題を解決するように行動を強制するような刷り込みはされていない。あくまで私は人類に残されたヒントであって自動的に事態を解決するような存在じゃないからね…………だから移植されたネストに関する知識も完全じゃない」
「だろうな」
カヌレに与えられた知識が完全なら自分一人で解決できているだろう。あくまで彼女はヒントであって解決の為の答えではないのだ。
「けれどあの男は情報を私に移植するに際してヒントとなる記憶だけを移植するのではなく、答えになりうる部分の情報を除去する形で私に移植した。そのせいで私の頭にはあの男が生まれて移植を行うまでの記憶が全てある」
「なんでそんな面倒な真似をしたんだ?」
自身の記憶をほぼ全て移植などというのは本来の目的からしてもリスクが高い。答えとなるような記憶を目につく限り消したとしても、膨大な記憶の中にはその代替となる知識がないとも限らない。最初からヒントとなりうる知識だけを与えたほうがどう考えても確実なのだ。
「表向きの理由で言うなら自分という存在を後世に残したかったからだろうね」
「…………確か結婚もしてなかったんだったか」
ケイが資料で知る限りは結婚もしておらず子供もいないという話だった…………まあ、身内を狙われないための偽装であったかもしれないが。
「裏向きの理由は?」
「性癖だね」
「すまん、理解できない」
そして理解したくないとケイは思った。
「私のようないたいけな少女の中に自分の記憶と思考形式を残す事に喜びを感じる男だったという事だよ」
「これ以上話を聞きたくない気持ちでいっぱいになって来たんだが?」
「つまりあの男はね、小児性愛者だったんだよ」
話を打ち切ってくれと視線を向けるケイを無視して、カヌレは告げた。
そんな男に人類国家は滅ぼされたのだという事実を。
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