第8話

「ムラサキ、問題なく施設には接続できました」

「…………そうですか」


 本来なら朗報であるはずのシキからの報告にムラサキは重い声で答える。彼の目の前にはこの街に作られた地下施設への入り口の隠された地面が映されている。それは彼の望んだ安住の地への入り口でありムラサキがシキに命じればすぐに開かれるだろう。


「ここから内部の情報にはアクセス可能かな?」

「もちろんです」

「それならできる限り内部の現状を教えて欲しい」

「了解」

「えー、なんかムラサキ警戒し過ぎじゃない?」

「ははは、そうかもね」


 不満そうなアキに苦笑して答えるがムラサキはシキへの命令を撤回はしなかった。


「ムラサキ、情報が出ました。内部に生命反応なし。施設の最終使用時間は一時間前です」

「一時間前ですか」


 ケイとの話し合いが決裂したのがおおよそ二十分前。こちらの反応を検知して待ち受けるために施設の外に出たのだとしたらそれほどおかしい時間でもない。


「施設内の兵器や備蓄はどうなっていますか?」

「…………自動化された兵器類の大半は持ち出されてるみたいです。備蓄に関しては一部持ち出しがあるようですが大半は残っているようですね。仮に私達三人が滞在するにしても数十年は十分な食料がありますし、問題なく生体調整も行えます」

「つまりあっちが必要な分は持ち出し済みってこと?」

「そう見えますね」


 アキの意見に頷きながらもムラサキは納得しきれないものを感じていた。施設に残されている物資に関しても交渉の際に聞いた話と違和感はない。ケイは三人に必要な物資は充分に残っていると言っていたし、ネスト妥当という目的を考えれば自動兵器の類が持ち出されていることも納得できる…………ただ、彼が自分達という不確定要素をそのままに去って行ったということが納得できないのだ。


 必要なものは手に入れたから不要な消耗を避けるというのは理由としてもっともらしい。けれどそれはムラサキ達が施設の物資で満足して何もしないという希望的な観測だ。交渉は決裂しているのだから当然今後ムラサキたちがケイ達の作戦を妨害する可能性は決して低くない…………彼がそんな賭けをするだろうか。



 ケイの口ぶりやムラサキの感じた印象からしても、彼が賭けに出るのは考えうる不確定要素を全て潰してからではないかと思える。


「シキ、念の為です。私の知る最上位権限のコードを伝えますから基地のシステムをリセットしてください」


 この地下施設はムラサキの所属していた国によって建設されたものだ。だからこそその場所も知っていたし、軍ではそれなりの地位にいた彼は国家が崩壊した際にそういったコードを知る事も出来た。施設そのものは民間人でも使用可能なようにあらゆる権限が解放されてはいただろうが、ムラサキの伝えたコードであればどんな権限変更がされていようが優先される。


「いいのですかムラサキ? システムリセットには時間が掛かりますし、リセットが終われば施設に入ってもかなりの機能が再設定まで制限されますが」

「ええ、構いません」

「わかりました」


 ムラサキが頷くと躊躇いなくシキは指示を実行する。それは見通しの良い石橋をたたくような行為ではあるが、やれることはやっておくべきだと彼は判断したのだ。


 ただそれでも、胸に残る不安は消えてくれなかったが。


                ◇


「下に着いたらさー、まずおっきなベッドでゆっくり眠りたいなー」

「それには私も同意します。もうしばらくGC以外での睡眠をとれていませんから」


 ゆっくりとリフトが下へと進む中でアキとシキが緊張の抜けた声で雑談する。それ聞いてムラサキの頭にも柔らかで清潔なベッドが思い浮かんだ。


 GCはコクピット内で快適な睡眠をとれるように作られているが、それでもベッド眠るのとは大きく違う…………そんなベッドに倒れ込めれば今なら何十時間だって眠れてしまいそうだ。


「二人とも、気持ちはわかりますが下に着いてからですよ」


 だがそんな願望も全て下について安全を確認してからだ。彼がシステムをリセットしたことで再設定の必要もあるし、ケイの動向…………ひいてはネストの動き次第では休む余裕もなく地下施設を放棄する必要もあるかもしれない。


「わかってるよー…………あ、そろそろつくみたい!」


 それに軽くアキが答えてすぐにリフトは地下施設の搬入口へと辿り着き


「…………やられました」


 打って変わってシキの焦燥のにじむ声が響く。リフトは施設の大型の荷物の搬入口へと降りるものであり、利便性を考えればその搬入口は格納庫などの兵器を保管する場所へと隣接しているものだ。だから当然別に通常の入り口が存在するしその場所もムラサキは知っていたが、どうせGCを中に運び込む必要があったから彼は搬入口の方を選んだ。


「ムラサキ、データ上は無かったはずの自動兵器の類が残っています」

「…………わかりました。投降サインを出してください」

「えっ、まだ全然やれるよ!」


 不満そうにアキが声を上げるがムラサキは冷静に周囲を見回す。自動兵器の類はまるで搬入途中であったようにリフト付近に並べられているが、それが自分達に対するものであるのは明らかだった。今は停止しているようだがあちらの操作一つで起動して襲い来るだろう…………見たところ格納庫の扉も全て開いている。


 ここからでは内部の様子は殆ど伺えないが、その中の兵器も起動して流れ込んでくる可能性は高い。


 ただ、それでも確かにアキの言う通り自分達ならばやれるだろう。自動兵器の類は戦争中に散々相手しているから対処の仕方は網羅している。そして向こうの数が多くともここは広い平原はなく制限のある地下施設。それも施設の端であるリフトに自分達はいるのだから、限られた方向からやって来る相手を脱出まであしらえばいいだけだ。


「この状況では勝てても得るものがありません」


 ただ、それは生き延びられるというだけなのだ。この地下施設で物資の補充をするどころか激戦で消耗しては本末転倒所ではない…………それどころか戦闘が激しければ激しいほどネストにこの場所を気付かれる可能性が高まる。そうなれば勝敗がどちらにつこうが全ておしまいになってしまう。


 そんな風な共倒れをするくらいならムラサキはまだ慈悲を請える投降を選ぶ。一度差し出された手を払ったうえで慈悲を請うのは恥知らずもほどにあるが…………彼について来てくれた二人の事を思えばどうということもない。


「流石に判断が早いな」


 施設内のスピーカーからケイの声が響く。


「投降を認めて頂けますか?」

「認める…………が、それを請うならまずやることがあるだろう?」

「わかっています」


 躊躇わずムラサキはGCを屈めさせると停止させてコクピットを開く。そのまま躊躇わず外へと降りようとする彼の耳に慌てたような二人の声が響く。


「ちょっとムラサキ! 危なすぎるよ!」

「その通りです。まだこちらに有利な条件を飲ませる交渉の余地はあるはずです」

「僕らが今見せるべきは潔さだよ。二人とも降りるんだ」


 あまり言いたくなかったが、少し強い口調でムラサキは二人に命令する。流石に躊躇う様子はあったが二人とも結局はその命令に従った。


「銃は持ち出さないようにね」


 降りようとする二人へ念の為に彼は警告する。いざという時の備えとして少量だがコクピットには銃弾薬が格納されている。あの二人の事だからほぼ間違いなく見えないように持ち出すだろうと判断しての事だった。


「わかったよ」

「了解しました」


 不服さをその声色に隠そうとせずに従って二人がコクピットを出る。それでもムラサキの目には二人の体の筋肉のこわばりが透けるように見えた。強化兵である二人であれば素手でも凶悪な戦闘能力を持っている…………いざとなれば身を弾にして彼を生かすために玉砕するつもりなのだろう。


「次はどうしますか?」

「悪いがお前はそこに置いてある箱の中身を付けてくれ」


 そこにある、と言われて視線を巡らせると確かに小さな箱がリフトを降りたところに置いてあった。近づいて中身を見てみると無機質な首輪が一つ…………それにムラサキは覚えがあったが躊躇うことなく装着する。


「ちょっとムラサキ!」

「それは駄目です!」


 二人が気付いた時にはすでにかちりと彼の首にはそれが装着されていた………すなわち、爆弾入りの首輪が。


「まあ、お前さんは何もしないだろうがそこの二人は無茶しかねないんでな…………なに、こちらの指示に従ってくれればすぐ外す」

「わかっていますよ」


 気を悪くするなという物言いのケイにムラサキはわかっていると頷く。強化兵であるアキとシキは簡単には拘束できないのだから、二人の大切な物を人質として制限を掛けるのは当然のことだ。


「それで次は?」

「なに、お前の望んでることをしてやるのさ」

「私の望みというと」

「生体調整だよ…………但し、それが終わる頃には俺たちは此処にいないって話だ」

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