第7話
廃墟ビルの内部はそれなりに明るかったが視界は良くなかった。外壁がいくらか崩れてそこから日の光が差し込んでいるが、同時にその瓦礫が障害物となって視界を減じていたからだ。
「シキ、外から熱源は確認できますか?」
「奥の方にひとつ見えますが、動きがありません」
「奥ですか」
ムラサキのいる位置からは見えない。誘われているのは明らかで、間違いなくそれは罠だった。
「そこから狙えますか?」
「可能です」
ビルの外壁はあるがそれはすでに
「では五秒後に撃ってください。それと同時にアキ、一気に距離を詰めますよ」
「うん!」
アキが頷き、それから程なくしてビルの外壁をぶち抜く音が響く。
「外した…………いえ、これは」
同時に距離を詰めようとした二人を制するように響く、戸惑うようなシキの声…………そして四方から響く爆音。
「ムラサキ、ビルが!」
崩壊しようとしているのは聞くまでもなく降り注ぎ始めた瓦礫で彼にもわかった。シキの狙撃を切っ掛けとして仕掛けられていた爆薬が起動し、恐らくはビルの支柱を破壊して全体が崩れ始めた…………シキの捉えた熱源はダミーだったのだろう。すでにケイ当人はこの場におらず、まんまと時間稼ぎをされたうえにムラサキ達は罠を踏み抜いたのだ。
「…………私たちなど相手にする必要もないという事ですか」
目的を達成できれば過程はどうでもいいと彼は言っていた、そんなケイからすればムラサキ達は倒す必要のある相手ではなく、正面切って戦うのが面倒だったのかもしれない。
「ムラサキ、早く逃げなきゃ!」
「わかっています」
GCは頑丈ではあるがビル一つ分の瓦礫に埋められて無事でいられるわけでもない。
早々にムラサキとアキのGCは崩れ行く廃墟ビルを抜け出した。
◇
「もー、何が最強のGC乗りだよ。やっぱりただの卑怯者だったじゃん」
ムラサキ達は崩れ行くビルを抜け出してから念入りに周囲を伺ったがケイもその協力者らしき姿もどこにもなかった。それを確認してそれでも周囲を警戒しながら本来の目的地である地下施設へと三人は向かっていたが、ずっとアキはケイについて愚痴っている。
「卑怯というのは違いますよ、アキ。彼の言葉を借りるなら彼の目的に僕らを倒す事が含まれていなかっただけです」
明確に自分達が目的の障害になるのならケイは躊躇いなく自分達を排除していただろうとムラサキは思う…………いや、念の為に排除されてもおかしくなかったとも思う。それが無かったのは彼が自分達に同情していたからだ。だから目的を達せするための過程の中でこちらを排除せずに済むものを選んでくれたのだろう。
「えー、ムラサキはあいつを過剰評価し過ぎだよー。そもそもあいつ本当に強いの?」
「ムラサキ、私もアキに同意します。彼は私達と一戦も交えることなく退避しました。それを私達を見逃したと考えるより戦力差を覆せないから退避したのだと考える方が妥当です」
「…………二人とも」
気持ちはわからないでもないがムラサキは顔を曇らせる。
「僕らは彼の差し伸べてくれた手を蹴った側だ、それを忘れちゃいけない」
本来であればムラサキがその手を取るだけで終わっていた話なのだ。それを彼が蹴ってしまったから今のような状況になっている。
「それだって私達への罠だったかもしれないじゃん」
「同意します。現状で彼を信用するに足る根拠はありません」
「それはそうかもしれないですが…………」
確かに客観的に見れば出会ったばかりの間柄でしかない。限りある資源を奪い合うような世界の現状では身内以外は疑ってかかるべき対象のはずなのだ。
「むしろムラサキはなんであいつをそんなに信じたいのさ」
「…………そうですね、やはり憧れでしょうか」
なぜ、と問われてムラサキに浮かんだのはそんな感情だった。
「え、でもあいつのいた国とは敵だったのに」
「ええ、確かに敵でした」
世界中の国全てが互いをすり潰し合った世界大戦。もちろん全ての国が争っていたのではなく同盟を組んで他国に対抗していた国々もあった。しかしムラサキの所属していた国とケイの所属していた国はそんなこともなく敵同士として争った…………ケイは敵国のエースとしてムラサキの国では憎悪の対象だったのは事実だ。
「ですが私も一人のGC乗りとして最強と呼ばれていた彼には敬意のようなものを抱いていたんですよ…………そしてあの一件でそれが憧れになりました」
「それってもしかして難民がどうの言ってたやつ?」
「ええ、その時には私達は共に戦う味方同士になっていましたしね」
ネストの暴走によって人間同士で争っている場合ではなくなったがゆえに…………もっともそれはあまりにも遅すぎた終戦だったが。
「詳細を希望します」
「わたしもわたしも!」
いつも通りの静かな声色でシキが要求し、それにアキが乗っかる。
「別に構いませんが、言葉にすればそれほど長い話でもありませんよ…………あれはネストによって壊滅的な打撃を受けた各国が、残る戦力を結集してネスト討伐の最後の作戦に挑もうとしていた直前でした」
ネスト。それは一人の天才が生み出した忌まわしい自律型の兵器だ。終わりなく続く世界大戦で自国に勝利をもたらすはずだったそれはまず自分自身を生み出した国を滅ぼした。暴走の原因はいくつもの可能性が論じられたが今やそれに何の意味もない。それは瞬く間に世界全てへと侵攻し、各国がようやく自分達が争っている場合ではないと気づく頃には手遅れだった。
最終的にネストに対抗する戦力として残ったのは連合軍という名の寄せ集め。もはや軍という体裁も取れていなかったそれらをひと集めにしてようやくこしらえた人類最後の戦力。そこに所属していた誰もがこれならば勝てるという気持ちを抱けなかったが…………それでもやる以外の選択肢はなかった。
「そんな最中の事です。我々の基地からそう遠く離れていないところを難民たちが通り過ぎていくのが分かりました…………それもネストから放たれた大量の自動兵器に追われてです」
それはあの地獄のような状況の中でよくぞまだそれほど生き残っていたというほどの規模の難民たちだった。放棄された兵器を利用したのか軍人の生き残りが参加していたのか、それなりの規模の戦力で自動兵器群に抵抗しながら彼らは逃走を続けていた…………ただ、その限界が近いであろうことも明らかだった。
ネストの目を逃れるために基地は完全に隠蔽されていたから難民たちも気付かなかったのだろう。そのおかげで難民たちは基地を通り過ぎてネストに気付かれる危険を逃れることが出来たが、彼らを救出するには当然その危険を冒す必要がある。
「それを受けて司令官は救出作戦を命令するのではなく、ネストへの攻撃を予定より早めて実行することを決定しました」
難民を救出しようとすれば貴重な戦力を消費する上にネストに軍の存在を知られ先制攻撃を許すことになる。それならばいっそ難民たちが自動兵器を引き付けて少しでもネストの戦力を引き受けている間に決戦に挑む…………それは非道であっても追い詰められた人類の勝率を少しでも上げる合理的な選択だった。
「正しい選択だと思います」
「…………気分は良くないけど仕方ないよね」
失敗作と認定されていてもシキ、アキ共に軍人としての判断を刷り込まれている。その反応に差はあれどその決定を下した司令官の選択を認めていた。
「ええ、ですがそれが気に入らない人がいました…………それが彼です」
ケイは軍人の本分は力ない人々を守る事と主張して難民の救出を主張した。その上で難民を囮にして作戦を決行したところでそう長い時間は持たず、引き返して来た自動兵器に背後を突かれる危険性を指摘したのだ。
「それは確かに一理あると思います」
戦場において挟撃というものは出来る限り避けるべきものだ。例え戦力が同等であっても挟撃の形となれば一瞬にして戦いの決着がついてもおかしくないくらいだ。しかもそれが難民を殲滅した自動兵器群ともなれば兵に与える動揺も大きいだろう。
「だけど司令官は彼の提案を却下した。挟撃の危険は確かにあるけどそれよりも前にネストを撃破すればいいことだと…………結局は戦力の消耗を恐れたんですね」
「だけどそれには従わなかったんだよね?」
「ええ、彼は一機減るくらいなら大した影響はないだろうと…………その一機だけで自動兵器群が戻って来なくなるなら充分だろうと言い放って無理矢理出撃しました」
それは止める間もないあっという間だった。司令官へ話を持って行く時点ですでに脱出の準備を整えていたらしい…………彼が出撃した時点でネストの基地の存在がばれた可能性は高く、司令官の作戦通りに行くなら彼を連れ戻すのではなく即座にネストへと出撃する必要があった…………恐らくはそれも計算済みだったのだろう。
「そして実際に僕らがネスト戦っている間に自動兵器群が戻ってくることはありませんでした。彼は宣言通りに自動兵器群を全滅させ、難民たちを生還させて軍人としての本分を全うしたんですよ」
「その後の消息は?」
「僕らも余裕が無かったから詳しくはわかりません…………ただ、自動兵器群の残骸の中に大破した彼の機体も混ざっていたという話でしたね」
その話を聞いてひどく羨ましく思ったのをムラサキは覚えている。彼は自身のやるべきことを全うした…………人類の為と難民たちを見捨ててそれでもなお目的を果たせなかった自分達とは大きく違うと。
「えー、でもそれで死んだって言うならさあ。やっぱりさっきのって偽物なんじゃないの? 若返ってるのだって偽物だってのをごまかす為かもしれないじゃん」
「いや、それはないです」
ムラサキは否定する。別にそんな誤魔化しなどせずとも姿かたちをコピーする事などそれほど難しい技術ではないのだ。偽物であればわざわざそんな疑われるような要因を自ら作らないだろう。
「彼は本物です、僕にはわかります」
親しく話したことはない…………それでも彼の纏っていた風格というかオーラのようなものは覚えている。それは誰にもまねできるものではなく彼だからこその物だ。そしてそれを先程の会話でもムラサキは感じていた。
「だから油断しないようにね」
「わかっています」
「あはは、ムラサキは心配性だなあ」
軽く返しながらも二人は油断しないだろう…………そういう風に刷り込まれているのだから。
けれどムラサキの中にある不安はそう簡単に消えそうになかった。
それくらい、彼にとってケイ・グリクスという人間の存在は大きいのだ。
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