第6話
「それは、本気で言ってるのですか?」
ケイが明かした目的にムラサキは思わずそう返した。それは誰もが悲願にしつつも不可能だと諦めてしまっている事柄だ…………彼自身も最初からそんなことを考えることもなくただネストを避けて生き延びる事だけを選んだ。
「俺はつまらない冗談は言わない主義だ」
その反応を予想していたのか気分を害した様子もなくケイはそう答えた。
「失礼しました…………いえ、それでも」
戸惑いを隠せない様子でムラサキは呟き、その口を閉じられなかった。
「本気でそれが可能だと思っているのですか?」
できるのならば誰もが挑んでいる。しかしそれがやる前から無理だとわかるからこそ誰もやらないのだ…………そもそもそれが可能な事であれば世界はこんな風に崩壊していない。
「俺は昔からその目的が可能か不可能かではなくやるかやらないかで判断して来た。もちろんその時点で不可能な事なら山ほどあったがな…………あくまでその時点でだ。最終的にはやると決めたことは実行している」
不可能とわかっているものに闇雲に挑むほど短慮ではないが、だからと言ってそれですぐに諦めるほど潔くもない…………その過程がどれほど滑稽で泥まみれであろうとも、最後に目的が達成できればそれでいいのだ。
「軍が、その時点で残っていた全ての戦力を国家の垣根を超えて結集しても勝てなかった相手にですか?」
その時点で不可能な事があるとはケイは認めたが…………今この時点で彼はネストの破壊をするから避難していろとムラサキ達に忠告したのだ。それはつまりケイとその仲間がどれだけいるのかはムラサキにはわからないが現時点で出来ると判断していることになる。かつて全ての国家が文字通りの全力で挑んで敗北した相手にだ。
「あの時と違って今は勝つための条件が揃ってる…………それだけの話だ。別に当時ネストと戦った連中が弱かったせいじゃねよ」
最後の一言は恐らく作戦に参加していたのであろう自分に対する慰めだろうとムラサキは察した。
「勝算はどれだけあるのですか?」
「正直に言えばまだわからん…………この近くにいる奴との結果次第だからな。そっちの方は概ね俺の頑張り次第にはなるが五分はあるだろ」
「そうですか」
覚悟を決めたようにムラサキの声から感情が抜け落ちる。
「勝算が高いとは言えないわけですね」
「低くはない、と俺は思うがな」
「私は堅実な賭け以外はしない性分なのです」
「そうか」
ケイはそれだけでムラサキの決めた覚悟を察する。
「それなら尚更やめた方がいいと思うがな…………別に俺たちが死んだところでお前に被害が及ぶわけじゃない」
わざわざケイはそう配慮したはずなのだから。
「そうですが、その可能性はゼロというわけではないでしょう? いくら距離を取っていてもあなたが失敗した後に私達の痕跡を辿ってあれがやって来る可能性はある」
「…………まあ、それをゼロとは確かに言えないな」
確率にすれば低いにはしても、限りなくゼロに近いとは言えない数字だろうとケイは公平に判断する。もちろんそれにしたってここで彼と敵対するに値する数字であるとは思わないが。
「ここであなたを下せば、その危険を回避するだけではなく私達は長い休息を得られます」
「まー、そういう考え方もあるな」
ケイ達が使う分を丸々得られるのだから数十年か、うまくやれば百年単位で安泰かもしれない。
「だがよ、それは俺に勝てればの話だぜ?」
「そのつもりです」
「そうか、残念だ」
本当にケイとしては残念だった。彼からすればカヌレやネイト以外で久しぶりにまともな会話ができる人間と出会ったのだ。だからこそ必要以上に援助してやる事を選んだし正直に自分の事情も明かした…………まあ、それが逆効果になってしまったわけだが。
「あなたには申し訳ないと思っています」
「気にするな、それだけそいつらが大事なんだろ?」
「…………その通りです」
ムラサキ一人であればその程度のリスクは許容しただろうし、無理に拠点を奪って休息の地を得ようなどとは思わなかっただろう…………けれど彼には守るべき存在が二人いる。彼女らに無用なリスクを背負わせたくはないし、一時であろうとも長い放浪の疲れを癒す休息を与えてやりたい。
「だがまあそれはそれだ。俺の目的を邪魔するならお前らを排除…………」
言葉を最後まで紡ぐことなくケイはGCを屈ませる。一瞬遅れてそのコクピットがあった位置を一筋の光が貫いていった。
「ちっ、いい反応です」
構えたレーザーライフルで続けて狙いを付けながらシキが呟く。ケイの機体はその射線から逃れるようにビルの廃墟の影へと移動していく。
「シキっ!」
「躾のなってるいい部下だな」
まだ話が終わっていないとムラサキは叫ぶが、ケイはそんな彼の部下を褒め称える。それは嫌味ではなく正直な感想だ。上司に忠実な部下は優秀だが忠実過ぎても問題がある。必要とあらば上司の命令を待たずとも行動するくらいが頼もしい…………もちろん強化兵としてそれは失敗作ではある。
その辺りが廃棄処分の理由だろうとケイは推測する。
「くっ、やりますよ。アキは私と、シキは後方を維持して援護」
「「了解!」」
そしてそれを嫌味と受け止めつつもムラサキ自身も行動に迷いはない。先手を打てたことを良しとしてケイに体勢を立て直す間を与える前に追撃を決める。シキの射線から逃れるために廃墟へと身を潜めた彼を追い立てて撃つ…………即座に機体を接近させる。
「ムラサキ、熱源!」
「跳べっ!」
言うが早いかムラサキは機体を跳躍させ、アキがそれに続く。恐らくは地雷。最初からこうなる可能性を考えて仕掛けていたらしい…………が、状況はその予想を上回る。それは接触型の地雷ではなく感知式の地雷…………二機の熱源を感じたそれは地中から飛び出す。
「問題ない」
しかしそれをシキが飛び出した瞬間に狙撃した。爆発は地面すれすれで起こり跳躍していた二人にはむしろその距離を伸ばす推力となって働く。
「ムラサキ、あいつなんか姑息じゃない?」
「私も彼の実際の戦闘についてはあまり知らないんですよ」
何せ相対したGCはそのことごとくが葬られている。どの国も自国のエースの情報の秘匿には努めていたから出回っている情報も少なかった。ケイのGCは白の目立つカラーリングではあったが、だからこそ誤認させることが簡単で複数の地域で確認されたことも少なくない。
「ただ、今の会話から一つ逸話を思い出しました」
「逸話?」
「彼も最初から最強と呼ばれていたわけではなく、その名前が売れ始めていた頃には彼と比肩するGC乗りがいました。彼と相反する漆黒の機体に乗るパイロットは黒い死神なんて呼ばれていて、GC同士の戦闘、それも特に近接戦闘においては勝てる者がいませんでした」
「そいつにあいつが勝ったの?」
「いいえ、彼は徹底的に黒い死神との戦闘は避けていました」
「ただの臆病者じゃん」
「ですがそれからしばらくして黒い死神は死にました」
「えっ!?」
驚くアキにムラサキも当時の衝撃を思い出す。
「GCでの戦闘中ではなく前線基地での待機中だったそうです…………噂によると、その場に彼の姿があったそうですよ」
「え、つまりGCでは勝てないから乗ってない時を狙ったってこと?」
「そうなりますね」
「卑怯者じゃん!」
「私はそうは思いません」
確かにGC乗りとしてのプライドを持っている人間であれば
「目的を果たすためにならどんな手段でも使う…………私だって、あなた達と平穏な暮らしをするために彼の好意を無下にしました。それと変わりませんよ」
ただ、ケイの場合はより苛烈なのだろうとムラサキは思う。彼であれば躊躇うようなことであっても、それが目的と反していなければケイは躊躇うことなく実行するだろう。
「シキ、アキ。あそこに潜んでいるのは戦争の鬼です…………私達を排除するためであればいかなる手段も行うだろうと警戒してください」
「「了解」」
部下二人の頼もしい返答にムラサキは安堵する。二人はムラサキの命令に反する行動を取る事も出来るが基本的には従ってくれる。
「私に何かあっても決して身を犠牲にしたりはしないように…………彼はそれを狙って来うる可能性もあります」
ただ、その指示には返答はなかった。
「ムラサキ、もうすぐ建物に着くけど」
「入り口へは回りません。壁を壊しましょう」
可能性としては考えられているだろうが、馬鹿正直に正面から乗り込むよりは突入位置を掴まれにくいだろう。建物といっても廃墟だから入り口以外にも穴はいくつも開いているがあえて壁をぶち壊す…………倒壊の恐れもあるがむしろそれを狙ってもいいとすらムラサキは考えていた。
「シキ、周囲に他の影はありますか?」
「今のところない」
懸念材料はケイの仲間だったがそれも今のところ見当たらないらしい。ネストという大物を相手にする以上それなりの数の仲間がいるものとムラサキは踏んでいる。もちろん世情を考えればそれほど大人数ではないはずだが…………単独行動を取っていたのだろうか。
「シキは引き続きその位置から援護を。伏兵への警戒は続けてください」
「了解」
「アキはこのまま僕と突入です」
「うん!」
迷う時間の余地はない。鬼の潜む伏魔殿へとムラサキは突入の覚悟を決めた。
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