第5話

「ケイ・グリクス…………同姓同名の別人でないのなら私はあなたを知っています」


 ムラサキを名乗るGC乗りがそんなことを言い出してもケイは特に驚かなかった。彼らのGCの動きを見ていればよく訓練された動きだとわかる。そしてそれは独自の訓練ではなく効率化された軍の訓練によるものであることは、同じ軍人だったケイなら簡単に見抜けるのだ。


「まあ、俺は軍人の中では有名だったからな」


 ムラサキ達も間違いなく軍人の生き残り、それであれば知っていても不思議ではない。


「有名どころかあなたは英雄でしょうに」


 当時最強と目されたGC乗り。それは同じ国の人間にとっては英雄で…………敵国だったムラサキからすれば悪魔のような存在だった。彼の出現の報告を聞くたびにその地域に出撃していた知り合いが消えていくのは悪夢そのものだったのだから。


「英雄ねえ…………確かにそう呼ばれたこともあったが、あの決戦に参加し奴からまだそう呼ばれるとは思っていなかったな。卑怯者とか臆病者とか言われるかと思ってたが」

謙遜けんそんも過ぎますよ」


 世辞ではなくただ事実としてムラサキは告げる。


「少なくとも上からの命令に従ってあの場に留まった私達と違って、あなたは真の意味での軍人で英雄だった」

「はっ、ちゃんと命令に従う方が軍人としては上等なんだがな」


 ケイは軍人ではあったが自分が真面目な軍人であると思ったことはないし、軍人という役職に拘っていたわけでもなかった。彼にとってあらゆる物事は目的を果たすために必要な過程でしかなく、その過程自体にはこだわりを持たない。


 待機命令が彼の目的を阻害するものであるのならば、軍人としてどれだけ失格であろうが彼に従う理由は無かっただけの話だ。


「ですが一つ聞いてよろしいですか?」

「なんだ?」

「正直に言えば私はあなたが死んだと思っていました…………仮にあの時生き延びていたのだとしてもあなたが生体調整を拒否しているというのは有名な話でしたから」


 現在の世界の状態は生体調整無しで生き残れるものではなく、過ぎ去った年月からしても普通なら当に寿命で果てているはずだ…………しかし通信越しにムラサキの聞いている声は衰えているどころかむしろ若々しい。


「難民を襲う自動機械の群れを叩き潰した後死にかけてたんだが…………そこで面倒な奴に拾われてな。寝てる間に勝手に生体調整されて今に至るわけだ」

「そんなことが…………では今あなたは」

「まあ、待て」


 まだ聞くことがあるというムラサキの言葉をケイは遮る。


「俺の話ばっかりしててもしょうがねえだろ。優先すべきはお前ら自身の為の交渉じゃねえのか?」

「…………その通りです」


 指摘されてムラサキは自分を恥じる。シキとアキという守るべき部下がいながらつい自分の興味を優先してしまっていた。


「まあ、話しててお前が真面目で損する奴だってのは大体わかった。よほど面倒な要求でもない限りはこっちが妥協してやるよ」

「それはその、ありがとうございます…………」


 呆れられたようでムラサキは恥ずかしく感じるが、それで相手が妥協してくれたのをむげに断るわけにもいかない。そんな自分の余裕のなさが彼はなおさら恥ずかしい。


「大丈夫、ムラサキのそんなところがあたしたちは好きなんだから!」

「そうです、真面目さは美徳です。気にする必要はありません」


 そんな彼の感情の機微を見逃さずに察してシキとアキがフォローを入れる。本音としては察した上でスルーして欲しかったのだが、せっかくの気遣いにもやはり文句は言えない。


「随分と仲がいいみたいだな」

「…………二人とも元強化兵でしてね」


 からかうようなケイの声に言い訳するようにムラサキは返す。


「ですが精神面での調整の失敗ということで廃棄処分が決まってしまったのを私が引き取ったんです…………それを恩に抱いてくれているのはありがたいんですが、いささか私に依存し過ぎなのが困りものというか」


 そもそも調整失敗と判断された理由は指揮官へ服従しないからだったはずなのだ。ムラサキとしては一般常識と倫理を教え込んで自由に生きて行けるようにするつもりだったのに、気が付けば普通の強化兵と指揮官のような状態が続いている。


「あー、なんだ。お互い苦労するな」


 その境遇には覚えがあり思わずケイも同情してしまう。


「まさかあなたも…………いえ、また話が逸れてますね」

「そうだな」


 ケイは頷く。


「私達としては見ての通りの状態ですから最低限物資の補充が出来れば文句は言いません。出来ればシキとアキには生体調整を施して欲しいところですが」

「最上の結果を望むなら?」

「定住の地を手に入れたいと思っています」


 それが長くはなく一時であるとしても、羽を休ませる地がムラサキ欲しかった…………それくらい長く放浪を続けていたのだから。


「とりあえず、補給と生体調整に関しては問題ない。俺たちが使う予定の分を差し引いてもここの施設には充分な物資が残っているからな」

「そうですか!」


 思わずムラサキの声が上ずる。いざとなれば戦って奪う選択肢も頭に入れていた彼ではあるが、戦わず目的の物が得られるならその方がいいに決まっている。こんなご時世であるから穏便に事が済むことなど久しぶり過ぎてその事実も喜びをひとしおにしていた。


「だが定住というのは少し難しい」

「…………ええ、そうでしょうね」


 落胆はするがムラサキにとってもそれはわかっていたことだ。せっかくの拠点を自分達に譲り渡すことなどないだろうし、今は物資に譲るだけの余裕があると言ってもそれが限りあるものであるのは変わりない。戦いを避けるためにいくらかを譲りはしても、自分達を同居させてその消費を倍加することなど許容できないだろう。


「ムラサキ」

「アキ、シキ、余計な事は言わないように」


 何か口にしようとした二人を先んじてムラサキが抑える。貴重な物資を無償で譲ってもらえるだけで充分ありがたいのだ。過分に欲を出してその好意を無下にしたくはないし、そもそも勝てるかどうかもわからない相手に挑んで二人を危険に曝すわけにはいかない。


「あー、そのなんだ。条件付きであれば譲ってやってもいい」

「本当ですか!」


 望外の提案に再びムラサキの言葉が上ずる。まさか今の二人とのやり取りが脅しになったわけではないだろうが、その提案を彼に口にさせるきっかけになったのは確かだ…………それでも下手をすれば全てご破算になっていた可能性もあるので後で二人には注意しなくてはいけないが、きつく言い過ぎないようにしようとムラサキの気分が浮かれる。


「し、しかしデータが確かならここにあるのはそれなりの規模の施設のはず…………それを譲ってしまって本当によろしいのですか?」


 そんなことを聞いてやっぱりと言われてしまうのではと不安も浮かぶが、ムラサキとしては後で提案を取り下げられるよりは先に確認しておきたかった。


「それに関しては元々長居するつもりは…………ああ、わかってるよ。わかった上で俺の性分なんだからしょうがねえだろ」

「あ、あの…………」

「悪い、仲間らから通信が入ってな」


 ムラサキは信用を得るためにアキとシキにもオープン回線で通信するように命じてあるが、ケイの仲間はこちらに聞こえない限定回線で通信したという事なんだろう。


「今の提案に少しばかり反対されただけだ、気にするな」

「えっと、よろしいのですか?」

「ああ」


 肯定するケイのその声は強がりには聞こえなかった。それならばその仲間よりも彼の方が決定権は強いのだろうとケイはほっとする。


「それであの、条件というのは?」


 それならば話を進めようとムラサキは尋ねる。この時点でよほどの無茶でもなければ彼はそれを呑むつもりだった。たとえ自分達の倍するGCを倒して来いと言われても自分達ならば果せる自信はあるのだから。


「二、三週間くらいここから南に向かって離れるだけでいい」

「は?」


 南というのはここに来るまでにムラサキ達が通って来た方向だ。どんな無理難題を押し付けられるかと思えば来た道を戻れという指示に虚を突かれる。


「ムラサキ、からかわれてるんじゃないの?」

「声質にその兆候はありませんが欺瞞の可能性もあります」

「二人共!」


 そこに口を挟むアキとシキに今度は少しムラサキが声を荒げる。するとその効果は覿面で二人はぴたりと黙り込む。


「すみません」

「別に気にはしてない…………それと念の為に言っておくがからかってるわけじゃない。離れる前に物資の補充も生体調整もしてやる。単純に俺が目的を果たすまでの間この辺りから離れていろってだけだ」

「目的、ですか?」

「そうだ。それが果たせればこちらから連絡するから戻ってくればいい」

「…………連絡が無ければ?」

「絶対に戻って来るな」


 だからこそ先に補充も生体調整もしてやるのだと言わんばかりだった。本来であればムラサキにその提案を断る理由はない。なぜなら当初の目的である物資の補充できるのだし、何もせずに離れているだけで定住できる拠点が手に入るかもしれないのだ。


 仮に連絡が来ず戻れなかったとしても物資は譲り受けているのだから損はない。


「一体何をするつもりなのですか?」


 しかしそれがムラサキにはどうしても気にかかる。危険な事をやろうとしているのは間違いない。だからこそ安全の為にムラサキ達を遠ざけようとしているのだし、連絡が無ければ戻るなと言っているのだろう…………しかし目の前に居るのは彼が知る限り最高のGC乗りだ。その彼が危険と判断する物事などムラサキには一つくらいしか思い浮かばない。


「聞く必要があるのか?」


 今の話だけならどちらに転んだにせよムラサキには損がないはずだ。むしろ無用な詮索をしたことでケイの機嫌を損ねれば全てご破算になる可能性だってある…………それでもムラサキにはそれを聞く以外の選択肢はなかった。


「はい」


 だから強い声を込めて返答する。


「そうか」


 ケイは嘆息する。


「俺の目的は、ネストの攻略だ」


 そしてその目的をムラサキへと明らかにした。

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