第4話

「補給は充分以上、生体調整も完璧、陽動の為の自動兵器群の行動プログラムも全て組み終えた…………糖分の補給も今完了した」


 ぺろりと、スプーンに残った甘みを一舐めしながらカヌレがつらつらと言葉を並べる。それを聞くのはケイとネイト。食堂の机らしいその上にはプリンの乗った皿が何枚も並べられていて、ネイトは次々に皿を空にしながらその話に耳を傾けていた。


「時代が時代なら労働組合…………いや、児童相談所にでも駆け込みたいような作業量だったけれどこれで準備は終わったと言えるね」

「まだ一日しか経ってないんだがな」

「そこはほら、私はとてつもなく優秀だから…………凡人が同じ作業を完璧にこなすなら早くても一月はかかるんじゃあないかな」


 カヌレは自分の力を誇る事はあっても天才であると表現することはない。ケイはそのことに気づいてはいるが、率直にそれを尋ねるほど無神経ではなかった…………決して聞くタイミングを逃してずるずる来ているわけではない。


「じゃあ明日にでも出発するか」

「相変わらず迅速だねえ」

「早いほうが状況に変化が少ない」


 計画を立ててその準備が出来たなら実行までの時間は短いほうがいい。ケイが口にしたように状況に変化があれば計画通りでは成功しない可能性が出て来るからだ。もちろん計画にはそういった変化が起きた場合も想定するべきではあるが、計画通りに実行できるのが一番いいに決まっている。


「だけど残念ながら今回は間に合わなかったようだよ」

「ち」


 皮肉気に自分を見るカヌレにケイは顔をしかめる。


「数は?」

「振動から判断するならGCが三機」

「…………面倒だな」


 ケイ達のようにトレーラーを使わずGCで直接移動しているとなると恐らくそんなに余裕のない相手だ。もちろんGCは長期の運用を想定されて兵器ではあるが、必要のない場面では整備して格納した状態にしておくのが望ましい。


 トレーラーを用いずGCで直接移動しているとなると持ち運べる資材の量も知れているし、行える整備にだって限りがある…………かなりの消耗があってこの施設を目指しているのであれば交渉は難しい。


「この施設は完全に把握した状態だから撃退するなら簡単だけどね」

「兵器を無駄に消耗させられんし、作戦前にネストに気づかれるわけにはいかねえだろ」


 仮に三機のGCがどれだけ強かろうが、掌握した自動兵器群をぶつけてやればケイ達は無傷ですり潰せる。個々の性能なんてものは結局のところ物量の前には抵抗の時間を伸ばす程度しかない…………それを覆せるのはごくごく一部の化け物だけだ。


「つまり?」

「交渉して駄目なら俺一人でぶっ潰す」

「それが妥当だけど一人は無理じゃない?」

「あん?」


 俺の実力を疑うのかとケイが眉をひそめると、横からくいくいと裾を引かれる。


「主、私も」

「あー、そうだな」


 確かに一人は無理だったとケイは理解する。彼は過信なく自分の実力なら一人で問題ないと判断しているが、それはただケイの役に立ちたいと願う少女相手に通じる話でもない。


「ま、消耗は少ないほうがいいか」


 一人でも勝てはするが相手によっては苦戦して消耗が増えるかもしれない。予定の上では見るも無残になるとはいえ今乗っているGCはそれなりに長く乗機であり思い入れがないこともない。中破して作戦前に乗り換えなんてことは出来れば避けたいのなら、素直にネイト連れて行って楽に勝ちに行くのが正しいだろう。


「じゃ、頼む」

「うん、頑張る」


 頑張るからご褒美と上目遣いにネイトはケイを見る。とりあえずの手付だと彼はわしわしと彼女の頭を撫でた。それを気持ちよさそうに目を細めてネイトは甘受する。


「仲がよろしくて結構だね。距離と移動速度的に向こうが到着するのは明日の朝から昼までの間になると思う」

「なら到着次第出迎えてやるか」

「その間私はここで待機してればいいかな?」

「いや、お前はトレーラーで適当な廃墟にでも隠れていてくれ」

「…………ああ、なるほど。相変わらず君は実力の割に手段を選ばないねえ」


 ケイの意図を理解したらしいカヌレが嫌らしい笑みを浮かべる。


「保険だ保険。相手がここにいたような雑魚なら使うこともない」


 雑魚が相手なら策を弄さずとも楽に勝てる。相手が強敵であるからこそ正々堂々ではなく楽に勝つ方法を模索するべきなのだ。


「戦いなんて目的を達成するための手段の一つに過ぎねえよ」


 それそのものにケイは今も昔も意味を見いだしたことはなかった。


                ◇


「ムラサキ、街が見えて来ました」

「そのようだね」

「ここの工場は無事だといいね」

「ああ、そうだね」


 三機のGCが何気ない会話を通信しながら荒野を進んでいる。戦闘を進んでいるGCは紫のカラーリングをされており残る二機はそれぞれ青と赤のカラーリングをされていた。しかしどの機体もその色はくすんでおり、長らくまともな整備が受けられていないのであろうことは見るだけでわかる。


「ムラサキ、GCが一機います」


 青のGCに乗る少女が告げる。その機体の頭部には他の機体とは違いカメラ部分を覆うようにゴーグルのようなものが備え付けられていた。有視界戦闘を強いられる現代の戦闘においてその戦闘可能距離を大幅に伸ばすことを可能とした狙撃用の兵装だ。


「一機か。周囲に他のGCが潜んでいる可能性は?」

「形を残した建造物が多いので十分にあると思われます」

「そうか」


 落胆したようなムラサキの声。


「でもさー、それってあくまで可能性だよね?」

「否定はしません」


 軽い声の少女に落ち着いた声色の少女が返す。


「確認できるGCは一機のみで武装を構えることなく私達の進路上に待ち構えています。ただそれが対話の為なのか、私達の目を引きつける囮なのかは判断しかねます」

「対話だと信じよう」


 ムラサキのその声は強く、けれどそれは確信というより願望のようだった。


「そうだといいね! ま、もしも罠でも僕がぶっ潰してあげるよ!」

「いかなる状況であろうとも、私はムラサキを支えます」

「ありがとう、二人とも」


 礼を述べ、覚悟を決めたようにムラサキはGCの速度を上げる。


「そこのGC三機、話し合う気があるならそこで止まれ」


 それから数分、ムラサキの機体からでもその機体が確認できる距離まで近づいたところで警告が届く。真っ白にコーティングされたGCだ。遠目にも目立つ色だし汚れが際立つので同僚たちもあまり好まなかったカラーリングだとムラサキは軍人時代を思い出す。


 ただ全く使われていなかったわけではなく、彼の知る有名なGC乗りの一人もそのカラーリングを好んでいた。


「ムラサキ、どうしますか? ここで止まれば狙い撃ちにされる可能性があります」

「だけど素直に従えば信用が得られる可能性もある」


 彼らのいる場所はまだ廃墟都市まで数百メートルの距離があり、遮蔽物のない荒野で立ち止まれば逃げ込むまでに全滅の可能性がある。しかしあえてその危険を受け入れる事で相手に対して敵意がないことを示せるとも考えられる。


「止まろう」


 決定の言葉と共にムラサキは機体に制動をかけて緩やかに静止させる。そして先行している彼の機体に習って後続の二機も機体を止める。二人とも反対はしなかった。例え裏切られるのが分かっていてもまずは信じようとするのが自分達の主であるのだと理解していたからだ。


「アキ、攻撃の気配がしたら煙幕を展開して後退するからシキのカバーをお願い。シキは可能なら射線からカウンタースナイプを」

「うん!」

「わかりました」


 そしてムラサキはただ相手を信じるだけではない。信じた上で裏切られた場合も想定し、きっちりとその悪意を食い破る…………だから二人は彼を疑わない。それは自分達が強化兵でなくとも同じだったろうと彼女たちは思っている。


「よし、話し合いの意思ありと思っていいんだな?」

「その通りです」

「一応警告しとくが前進を開始したらその時点で話し合いは破棄と見做す…………攻撃以外の怪しい行動も同様だ。話し合う気があるなら疑われるような真似はするな」

「承知してますよ」


 念入りだなと苦笑しつつもそれも当然かとムラサキは理解する。世界が崩壊して以後の事を思えば最大限の警戒を常に維持するべきだ。それを考えれば自分が甘いのはわかっているが、信じたいという気持ちが無くなれば唯でさえ狭くなった世界が余計に縮まってしまう。


「さて、まず目的を訪ねたいところだがそんなものは決まってるな」

「ええ、その廃墟都市の地下にそれなりの規模の地下施設が建設されていたことはわかっています…………見ての通り我々は消耗していますのでそれが目当てですよ」

「だろうな」


 現状生き残ってる人間の目的など他にはない。


「ならどこまで補給を認めるかの妥協点の話し合いだな」


 ムラサキ側としては奪ってでも補給したいのは間違いなく、相手の側からすれば施設を抑えている分有利ではあっても確実ではない…………それならば多少多めに補給を許して穏便に済ませたほうが安全だ。


「ええ、ですがその前に」

「なんだ?」

「お名前をお聞かせいただきたい。私はムラサキ・イカルガ、後ろの二人はシキ・エラーズとアキ・エラーズです」


 誠実な話し合いにはまず自己紹介が必要だとムラサキは考えている故に。


「クマル・タカハシだ」

「嘘だよ」

「嘘です」


 その名乗りを即座にシキとアキが否定する。


「ち、その名字はやっぱり強化兵か」

「誠実な話し合いの為にもできれば正直に名乗って欲しい」

「…………わかったよ」


 渋々といったように白のGC乗りは受け入れて今度こそその名前を名乗る。


「ケイ・グリクスだ」


 彼の知る、好んで白のカラーリングを使うGC乗りの名前を。

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