第3話
「あのGCから抜き取ったデータによればこの辺りのはずだね」
灰色のGCを倒してすぐにカヌレはトレーラーを寄せて機体のデータを抜き出すと必要な情報を回収した。そしてさらに灰色のGCのメインコンピューターに細工をすると遠隔操作でトレーラーの先導をさせた…………ネイトは正確に敵パイロットだけを撃ち抜いたので機体そのものの損傷はほとんどなかったからだ。
灰色のGCに乗っていた男が拠点にしていた場所にどれだけの資源があるかまだ不確定な以上、目の前のGC丸々一機を放棄する理由はない。
「ここのようだ」
灰色のGCが停止するのに合わせてカヌレはトレーラーを停止させる。その先にあるのは何もない空き地だった…………しかし何もないのが違和感だ。外の荒野と違ってこの廃墟の街にはまだ形を残した建造物が数多く残っているし、そうでない場所にも破壊された建造物の瓦礫などが散らばっている。その中でなんの瓦礫も落ちていない空き地というのはおかしく、誰かが綺麗に整地したのではと思える。
「外から開けられるか?」
「もちろんだよ」
尋ねるケイにカヌレは手元のタブレットを操作する。すると目の前の空き地の一角が音もなく開いて、そこからトレーラーが軽く乗れる大きさのリフトが競り上がってくる。
「見た感じそこそこの規模か?」
「情報を抜かれるのを嫌ったのか内部に関しての情報は皆無だったけど、この分だと期待してもいいんじゃないかな」
「あー、あの機体からは位置情報を抜いただけか」
「そうそう」
細かく確認していなかったなと尋ねるケイにカヌレが頷く。拠点に関する情報が入っていなくても機体の位置情報が残っていればどこからやって来たかは判断できる。その辺りを考えていなかった辺りあの灰色のGCのパイロットはそれほど賢くはなかったようだ。
「主、中に入らないの?」
「待て、だネイト。中が気になるのは確かだが自爆を狙うようなやつの拠点だからな」
「ブービートラップのひとつも仕掛けてあるかもと言うことだよ」
「そっか」
ネイトは頷く。そのしぐさは素直であるように見えるが実際は深く考えていないだけだ。彼女の主とそのパートナーが明確に入らない理由を持っているのならそれに従うだけで、その理由の内容まではネイトの興味の対象ではない。
「ま、どんなトラップが仕掛けてあろうが私の前には無意味だけどね」
得意気に語りながらカヌレはタブレットを操作する。
「はいはい解除解除と。単純に施設のセキュリティをオンにしていただけのようだね」
それでも軍用施設なので無断で侵入すれば苛烈な歓迎を受けただろうが、そのセキュリティを作った側に位置する彼女にとってはそれこそスイッチを切るだけの作業だ。
「まあ相手した感じ元軍属って様子じゃあなかったしな。一般人が運よく無事な施設を見つけて生き残ったんだろう」
本来軍用の施設なんて一般人が掌握できるようなものではないが、かつて世界の崩壊が決定的になった折に軍のトップがあらゆる施設の権限を生き延びた僅かな人々の為と解放したらしい。
その行為自体は多くの人間をさらに生き延びさせることになったのだろうとは思うが、問題は最初に施設に辿り着いた人間がそのまま実権を握れてしまう事だった。碌な倫理も知識も持ち合わせていない輩がにわかに力を手に入れればどうなるかは今しがた証明されたばかりだ。
「まあ、無駄に小賢しい奴が居座っているよりはマシだったと私は思うね。身を守ろうとするだけならともかく下手に正義感でも発揮されてネストに手を出されでもしていたらこの施設もなくなっていただろうしね」
「そりゃな」
いくら施設が地下深くに建造され、さらに外部からの探査にも対策が施されているとはいえネストに直接手を出せば大量のドローンが調査にやってくる。未稼働の休止状態ならばそれでもごまかせるかもしれないが、稼働状態でしかも存在する可能性を見積もられたうえで調査されれば流石に露見する。
「ま、今は施設の無事を喜んで乗り込もうじゃないか」
「そうだな、俺は念のためにまたGCで待機する」
「慎重だねえ」
「性分だ」
返事をするとケイはトレーラーの後方へと足を向ける。
「ネイトは?」
「そこでカヌレの護衛をしてろ」
「うん」
頷くネイトに手を振ってケイはGCへ向かった。
「さてお宝の確認といこうか」
隣に座るネイトを横目にカヌレはタブレットを操作する。
トレーラーが施設へのリフトに移動し、しばらくしてリフトは下降し始めた。
◇
「いやはやこれは中々のものだよ」
弾んだ声でカヌレが告げる。その手は絶え間なく動き続けて端末を操作し、目の前のいくつものモニターに様々な情報が映し出される。だがケイはあえてそれらの情報を意識的に思考の外へと追いやってただの背景として捉えた…………押し付けられる相手がいるなら自分でやらないというのが彼のポリシーだ。
「補給には申し分ないってことか?」
「それ以上だね。どうやらあの愚か者は此処を見つけてからずっと一人で独占して、出来る限り外には出ないようにしていたらしい」
施設の規模自体は一個大隊を収容可能な規模であり、それを一人で使っていただけなら大量の物資が余っているのは当然の事だった。
「ついでに言うなら施設の機能を十全に使えていなかったし、使えるようにする努力も怠っていたようだよ。ログを見るに自動化されたいくつかの整備システムや多少の機体のカスタム程度しか出来ていない」
「まあ、素人ならそんなもんだろ」
施設の権限を得たとしてもそれをフルに活用するには相応の知識が必要だ。工場の機械の大半は自動化されていて要望を述べるだけで概ね実行してくれるが、それで出来るのは基本的な事だけで実戦で使うには沿わない。
「生体調整は頻繁に使っていたようだけど、それこそ一人だからね…………私達三人が使うだけなら何百年と生きられそうな資材がまだ残ってる」
「俺はそこまで生きる気はねえよ」
「だがもうしばらくは生きてもらう必要がある…………大事な大事な作戦の前だ。もちろん体調は万全してもらうよ?」
「ちっ」
顔をしかめるケイを楽し気にカヌレは見やる。
「なんでそう嫌がるかなあ。人間誰しも死にたくはないものだと思うけど?」
「別に死にたいとまでは思ってない」
不機嫌そうにケイは返す。
「ただ、若返りたいと思ったことは一度もねえんだよ…………ああそうだ。お前に拾われる前の姿のままだったら俺もこんなに文句は言ってねえよ」
「普通は若い方が喜ぶものだけどね」
「若造だった頃の自分をぶん殴りたいと思ってなければな」
ケイからすれば鏡を見るたびにその頃の自分を突きつけられているようだ。
「私にはわからない感覚だねえ」
その人格に似つかわない少女の姿をしたカヌレは肩を竦める。
「まあいずれにせよ最初に約束した通り君を元に戻すのは全部片付いた後だ」
「わかってるよ」
契約を破るつもりはケイにもない…………ただ、文句は言いたいだけだ。
「それで、肝心の目標の位置はわかったのか?」
「ああもちろん、あの小者があれほど怯えているわけだよ。この位置からでも検知できる距離にネストの振動がある」
「こちらには気づかれてるか?」
「どうだろうね。流石にあの程度の爆発を検知できる距離ではないはずだけど…………異常を感じてドローンを飛ばしている可能性がゼロとまでは言えないかな」
「まあ、それはそれで好都合だろ」
「やる事は変わらないんだから手間が一つ減ったとは言えるね…………時間制限は出来るけども」
「早いに越したことはない」
答えるケイにカヌレはやれやれと両手を仰ぐ。
「ここで動かせそうなGCや他の兵器を自律行動させる作業には多少の時間の余裕が欲しいところなんだけどね」
「ならばれてないことを祈るんだな」
「生憎と生まれた時には神を見限っていてね」
皮肉気な表情でカヌレはケイを見返す。
「君だって信じてないだろうに」
「信じてるぞ。自分の運命を呪う対象としては必要だからな」
「なるほど、それなら私も信じてみようかな」
なかなかいいアイデアだというようにカヌレは手を叩く。
「主、プリン」
そんなくだらない話をしているといつの間に寄っていたのかケイの
「カヌレ、キッチンを一つ使える様にしといてくれ」
「わかったよ」
肩を竦めてカヌレが請け負う。
「それとネストだけじゃなくてこの周辺の振動検知もな…………横やりは避けたい」
「承知してるよ。私としても千載一遇の機会を台無しにされるのは御免だ」
「じゃ、頼む。ネイト行くぞ」
「うん、主」
「あ、待った」
キッチンへと向かおうとする二人をカヌレは呼び止める。
「なにかまだあるのか?」
「プリンは私の分も頼むよ」
「…………あいよ」
そんな所だけは姿相応だなと思いつつ、ケイは再び足を進めた。
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