第2話 

 つまるところ収支の問題なのだ。敵の妨害はあっても補給が見込めた戦時中と違って文明が崩壊した現在において補給は運の要素がとても大きい。ようやくたどり着いた形を残した廃墟で何の資源が得られなかったというのはざらにある話だし、資源が残っていてもそれまでに諸費したものに見合わないことだってある。


 ケイがミラーコーティングを温存したいのも収支の問題だ。現状で代替品も修復の手段もなくこの先で使う予定もある。それをこんな雑兵相手に消費しても得られる物が見合わない可能性が高かった。


 だが男の発言で収支の予測が大幅に変わった。ここで長剣を消耗してもあまり余る収入があるのなら使い潰すことに躊躇いはない…………故にケイは攻勢に転じる。こちらへと斬りかかって来る灰色のGCに対して自ら踏み込んでいく。


「そら、よっ!」


 灰色のGCへと大きく機体を踏み込ませてケイは長剣を振るう。気を付けるべきは相手の掌の向き。灰色のGCは早々にレーザーを撃つことを止めたが反射を嫌っただけだ。エネルギーはまだ十分に残っているだろうから反射できない隙を見せれば即座に撃って来るだろう。


「ひはっ!」


 その寸前で足を止め、大きく飛び退いて灰色のGCが剣戟けんげきを避ける。


「壊れても構わないんじゃなかったか?」


 それを追いかけることなく剣を構えてケイは揶揄やゆした。


「うるせーなあ! 急にそっちから来るから驚いたんだよ!」


 それに灰色のGCが怒鳴って返すが…………その声には驚きだけではなく怯えも混ざっている事にケイは気付いた。どうやら男がトレーラーを狙われなかった理由はそれが貴重だからではなさそうだ。


 ケイはコクピットでにやりと笑い。相手を挑発するように構えていた長剣を肩へと担ぐ。


「ははーん、お前さてはビビりだな」


 そして露骨に相手をあざけった。相手を嗤って見せるその挙動が機体まで伝わるのがGCという兵器の秀逸さだ…………もちろんその間もケイは灰色のGCの手の挙動を注視している。掌を向けようとした瞬間には射線から身を逸らして長剣を構えていることだろう。


「お、俺のどこがビビりだってんだ!」

「そうやって図星突かれて慌てるところだよ」


 狂人のような喋りもその性根をごまかすための仮面だったのだろう。トレーラーを狙わなかったのもその破壊によるリスクを恐れたからだ。 GCを搭載できるトレーラーには当然平気の類いも大量に積んである可能性が高い…………トレーラーを破壊すればそれらが誘爆して大きな爆発を発生させる可能性は高いだろう。


「よし、それじゃあお前の勇気を試してやろう」


 ケイがそう告げると同時にその機体の両足の側面から小型のミサイルポッドが展開する。武器腕と同様に足のパーツに兵装を仕込むと言うのは珍しいものではない。特に足は腕よりも太く造られる分それほど強度を落とさずに仕込むことができた。


「てっ、手前まさかっ!?」


 灰色のGCが焦ったように声を挙げる。実弾兵器それ自体は驚くべきものではない。それは補充が難しいだけであって存在しないわけではないのだ…………ただ実弾兵器のそれも爆発を伴うミサイル類には、その使用を躊躇う理由が補充以外にもあるのだ。


「ビビりじゃないんだろう?」

「馬鹿か手前! ネストを呼び寄せるかもしんねえんだぞ!」

「生憎と来ても俺は困らないんだ」


 戦闘音、それも特に爆発音に反応するらしいがケイにとっては問題ない話だった。


「さあ、運試しだ」

「待っ……!?」


 止める言葉など聞くこともなくケイは小型ミサイルを全弾発射する。小型であっても対象を自動で捕捉し誘導する機能を有しているので基本的に躱す術はない。


「畜生がっ!」


 躱せないのであれば撃ち落とすしかない。灰色のGCは両腕のレーザーを横薙ぎにして小型ミサイルを全て撃墜する…………ケイの機体と灰色のGCの中間で無数の爆発がほぼ同時に起こり、盛大な爆音と爆炎を撒き散らしつつ土煙が舞い上がる。


「クソクソクソクソっ!」


 土煙の中で灰色のGCが忌々し気に叫ぶ。その腰は明らかに引けていて、今すぐにこの場から逃げるかを考えているようだった…………しかしそんな猶予をケイは与えない。小型ミサイルの爆発が収まったその瞬間には土煙へと飛び込んで灰色のGCへと迫っていた。


 ガキィッ!


 戦闘が始まってようやく二機のGCの持つ長剣がかち合う。灰色のGCも咄嗟に反応は出来たようだったが、不意打ちだったのと腰が引けていたのもあって押し込まれる体勢だ。


「やっぱりビビりだったな」

「て、手前がおかしいんだろっ!」

「よく言われる」


 平然と答えつつケイは長剣を更に押し込んでいく。元々の強度の差とすでに傾いた体勢の差もあって灰色のGCの両腕から軋むような音が鳴り始める…………例え交換できるようなパーツを保持しているのだとしても、この状況で交換できるわけもなく壊れればそのままやられるだけだ。


「ひ、ひはははっ!」


 けれどその破滅が見えたことで灰色のGCが哄笑こうしょうする。それはケイが仮面だろうと判断した演技ではなく心からの哄笑…………死が見えたことで全ての事柄から解放された者特有の笑い声だった。


「死ぬ、くひひ、どうせ死ぬなら手前も道連れにしてやるよぉ!」

「そのセリフは聞き飽きた」


 戦時中に何度となくケイが聞いてきた言葉だ。最終的には彼を狙って現れる全てのGCが相討ち覚悟の自爆装置を仕込んで来ていたのだから。


「なら俺で聞き納めにしてやるよぉっ!」


 その叫びを本気半分、ブラフ半分だなとケイは判断する。自爆を警戒してケイが機体を下がらせればそこを武器腕で狙い撃ってくることだろう…………ケイを巻き添えに死ぬ可能性を許容しただけで絶対に死ぬ覚悟を決めたわけではない。もちろんこのまま長剣を押し込めば迷わず自爆してくるだろうが、あくまで自分が生き延びる可能性を灰色のGCは捨てていない。


 それはつまり注意が散漫になっているという事だ。ケイを自爆に巻き込むだけではなくあわよくば退いたところを狙って生還したいと考えているのだ、そんなことは相手の一挙一動を余すことなく注視していなくては成せない…………つまりは、それ以外に対する警戒がまるでできなくなっているという事だ。


 それを後押しするように、ケイは僅かに長剣を押し込む力を弱めた。


「ひはっ、ビビりはおま…………」


 生還への希望と共に口にしようとした皮肉が途中で止まる。一瞬だけその機体が傾くが、転倒防止のオートバランサーが働いたのか直立の姿勢へと戻って停止した…………灰色のGCのコアパーツ。そのコクピット部分にテニスボールくらいの穴が空いて僅かな煙を上げている。


「ネイト、よくやった」

「…………後でいっぱい褒めて」

「もちろんだ」


 それを成した少女をケイは労うことを約束し、GCの視線をネイトの方へと向ける。特にカメラをスクリーンに映る映像を拡大したりはしなかったが、彼にはいくらか形を残したビルの廃墟の中階で身の丈ほどのレーザーライフルを伏せて構える彼女の姿が想像できた。


 GCが主力となる前も後も歩兵には戦場での役割があった。しかし重厚な装甲に守られていない歩兵というのは損耗率が高い。それならば簡単に死んでしまわないよう肉体的に強化しようと軍の上層部は考え、そしてそれを可能にできるだけの技術が当時にはあった。


 ネイトはそうやって生み出された強化兵の一人だ。それも後天的な強化ではなく遺伝子レベルから調整して生み出された上位個体である。普通ならパワードスーツを着込んで持ち運ぶような長大なレーザーライフルであっても彼女は素手で担いで走り回ることができる。


「ああそうだ、この前喜んでたプリンとか作ってやろうか?」

「うん、あれ好き…………でもまずは撫ぜて欲しい」

「ああ」


 浮かんで来たやるせない気分を押し殺してケイは頷く。強化兵を一部の口性のない兵士たちは犬と呼んでいた。強化兵は生身で敵兵を皆殺しに出来るような兵器であり、GC乗りと違って機体を取り上げれば戦力を失うわけではない…………つまり軍の上層部は強化兵を生み出す際に反乱の可能性を懸念したのだ。


 だからその可能性を未然防ぐために強化兵には条件付けがなされた…………その自意識は薄められ上官に対して従属することに喜びを感じるように。特にネイトのような上位個体は遺伝子レベルで主従を持つことを刻み込まれている。それゆえに犬と揶揄されたのだ。


 主が存在しない限りその精神は安定せずやがては自壊してしまう…………だから未設定の彼女はずっと眠らされていた。それをケイとカヌレが目覚めさせて、カヌレがケイをその主へと設定した。それ以来ずっとネイトは彼に付き従っている。


「やれやれ」


 カヌレには文句は言ったし、教育でどうにかならないかと努力もした…………しかしネイトのその有り様に今のところ変化はない。


「言っておくけれど、主の設定を変える事は出来てもその性質を変えることはできないよ」


 そんな彼の心中を察したようにカヌレから通信が入る。


「…………そんなもんは知ってるよ」


 なにせ遺伝子レベルでそうあるように設計されているのだ。精神的な問題などではなく体質なのだからどうにかなるようなものでもない…………それをどうにかしてしまったらそれこそネイトの姿をしただけの別人へとなってしまうはずだ。


「今のままあの子を幸せにしてあげるしかないと思うけどね」

「それじゃあ俺がずっと面倒見るハメになるだろうが」


 ネイトの事は嫌いじゃないし幸せになるべきとケイは考えているが、それとこれとは話が別だった。


「それでいいじゃないか」

「俺は当分死ぬ気はないが、永遠に生きる気もない」

「別にそれでいいと思うけどね」


 しかしそれにカヌレは反対しない。


「それならそれで、最後にはあの子も一緒に連れて行けばいいさ」


 残酷に、けれど一人の少女が幸せになる道を示すだけだ。


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