第1話
長く続いた世界大戦において各国の主力となる兵器は変転していったが、最終的に各国が滅ぶまで、滅んでなお使われる主力となった兵器はGCと呼ばれるものだった。
GC。それはGiant Costumeの略称であり、その名称はその兵器に初めて乗ったテストパイロットがまるで自分が巨人になったようだと感想を述べたことに由来する。それはその操縦性の高さと、それが全長五メートルほどの人型起動兵器であるがゆえに生まれた感想だったのだろう。
そもそも世界大戦の初期において主力となったのは大陸間弾道弾ミサイルなどの長距離から敵の主要施設を攻撃するような兵器だった。しかし対空兵器の発達によってあらゆるミサイルは迎撃されるようになり、また人工衛星やレーダーなどの長距離観測に対する妨害が完全なものになるとそもそもの発射すら難しくなってしまう。
結果として技術の発展と逆行するように戦場は有視界距離へと移り変わり、戦場への到着や運搬が可能な戦車などの機動兵器の技術開発を進めることになった。しかしあらゆる場所が開発され尽くした世界においてそこで行われる戦闘は大量の瓦礫を生み出した。故に戦場において通常の車両は大きくその進行を遅滞することとなり、それらの瓦礫を容易に踏破することのできる兵器が求められるようになった。
そうして開発されたのがGCだ。瓦礫を容易に踏破可能であり、また時には瓦礫を塹壕として活用し、時にはそれを武器とすることすら可能な汎用兵器。その原型は歩兵に配備されていたパワードスーツであり、身体能力を拡張するその使いやすさはそのままに巨人サイズまで拡大させた操作性は非常に柔軟な動きを可能とした。
「さて、こいつに乗るのも久しぶりだな」
大して感慨深くもないように呟きながらケイはGCの操縦席へと体を滑り込ませる。トレーラーの後方に寝かされたGCのコクピットの内部には人型のくぼみが空いており、ケイはそれに体を合わせるように寝そべる…………するとすぐに全身を覆うようにロックが掛かり僅かな圧迫感が包む。
こうして固定された身体を動かそうとする僅かな挙動が拡大されて機体に伝わり、まるで自身の体のように機体を動かせるのがGCの大きな特徴だ。
「開けてくれ」
「了解だよ」
返答と共にトレーラーの後方部分が天井から割れるように横へと開いていく。それを確認してケイはまずは機体の上半身を起こしていく…………難しいことはない。普段ベッドで眠りから覚めた時のように体を起こそうとするだけだ。もちろん自分の体でするのとはいくらか挙動は違うが、慣れたパイロットなら意識する必要もないくらい自然にできる。
GCはその頭部をトレーラーの後方に向けて寝かされていたから起き上がればカメラは正面へと向けられる…………相手のGCと視線が合った。眼前のスクリーンに映ったその機体の挙動を見て笑っていやがるなとケイは判断する。パイロットの僅かな挙動もGCには反映されるので、慣れていればそこから相手の感情の判断ができるのだ。
「クズか?」
「クズだね」
その返答を確認しながらケイは機体をトレーラーの脇へと降りながら立ち上がらせ、展開したトレーラーの内壁に格納されていた武装を手に取る。全長三メートルほどはある鏡面仕上げの長剣。それを担ぐように持ち上げてケイは相手の方へと機体を歩かせる…………その間も相手がこちらへ攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
「舐められてるのか…………それとも」
苛立つでもなくただ事実としてケイは口にする。向こうはこちらがトレーラーから離れるのをわざわざ待ってくれているのだ。
この時代においてGCを格納できるトレーラーの稼働品など非常に貴重な代物だ。あちらがトレーラーを無傷で手に入れようとしているのは明らかだが、それはつまりこちらに時間を与えても問題ないという自信の表れであり…………こちらを舐めているのだ。
これまで敵を殺し続けて生き残って来た自分が負けるはずがない。
だから獲物から離れるのをわざわざ待ってやるし、あえて準備をする時間を与えた相手を叩きのめすことで快感を覚えるのだろう。
ただ可能性はもう一つ残っている…………ただそちらの正否はまだ下せないし、そもそもトレーラーを狙われないのはケイたちにとっても有利な条件なので今は気にする必要はない。
「ひひひ、準備は万端か?」
「ああ、お前を殺す準備ならもうできてる」
声を掛けてきたのは彼我の距離が五十メートル程になった辺りだ。人間であればまだそれなりに離れていると言えるが、GCという巨人同士であればほんの一瞬で近接戦闘へとなる距離だ…………それを証拠に向こう側の機体も長剣を携えている。薄汚れた印象のある灰色の機体に似つかわしい、ケイの持つ長剣とは比べ物にならないくらい薄汚れて刃こぼれのある剣。
資源の乏しい今の時代に実弾兵器は補充が難しい。故にGCで使う兵器も弾薬の心配のない近接戦闘武装や光学兵器が用いられることが多い。手で持つという事が出来るがゆえに状況に合わせた武装を選択できるのもGCの強みだ。
「じゃ、やるか」
ケイはその手の長剣を正眼に構える。三メートルもの長さのそれは全長五メートルのGCが構えるにしてもかなりの重量だが一切のブレはない。それに対して灰色のGCはだらりと長剣を握る手を垂らして構えようとはしなかった…………それどころか持ち手から手を離して刃こぼれした長剣が地面へと突き立つ。
「ひゃっはぁー! 死ねえ!」
ケイの視線が反射的にそちらに向けられたその瞬間、灰色のGCがその両手をケイへと翳して叫ぶ…………それと同時に光がほとばしってスクリーンを白く染めた。すぐに補正が掛かり光度は修正されるが、その前にケイの体は動いて機体もそれに連動している。
「レーザー仕込みの武器腕か」
GCはその操縦性の高さとカスタマイズ性の高さを評価されていた。元々人型の機体は汎用性が高くとも関節部分の故障率の高さが問題となっていた。それを解決するために開発者は機体を五つのパーツに分け、コクピット部分のあるコアパーツ以外を取り換え可能な構造にして現場での修理を簡略化したのだ。
そしてそれはパイロットや状況に合わせての機体の特性を変えることを可能とし、GCは量産機でありながら容易にカスタマイズが可能な機体として戦場の主役となり様々なパーツが作られた…………武器腕もその一つ。人間と同じように様々な武器を持ち帰ることが出来るのがGCの強みではあるが、それ自体を腕に仕込むことで持ち替えの手間を無くし敵の不意を突けるというのが武器腕と呼ばれるパーツだ…………無論、欠点も抱えているが。
「見た目はボロボロに見えるその機体もその為の
薄汚れた風貌の機体に武装と見れば誰もが碌な整備もされていないのだろうと連想してしまう。そして内部に武器を仕込むという機構上武器腕は故障しやすい。容易に交換可能だった戦争時と違って今はGCのパーツも貴重だ…………相手の風貌を見て武器腕の可能性を意識から外す乗り手もいたことだろう。その上であえて武器を手放して意識逸らした一瞬を狙うのも手慣れている。
「きひ、大抵のパイロットなら今のでくたばるんだがなあ…………ミラーコーティングされた長剣なんて豪勢なもん使ってやがるじゃねえか」
灰色のGCがケイの機体の持つ長剣へと視線を向ける。それはただ刀身が鏡面仕上げになっているというだけではなく、光学兵器を反射可能な特殊な処理をされている。それを正眼で構えていたのだから、不意打ちであってもそれを防ぐのは難しくない…………それにケイの場合はその不意打ちも予想外ではなかったのだから。
「で、まだそれを使うつもりか?」
「馬鹿言うんじゃねえよ」
けひひ、と嗤いながら灰色のGCは地面に刺さった自前の長剣を引き抜く。光学式兵器は弾薬を消費しないが機体のエネルギー消費が激しい。GCは外部補給が無くとも自家発電の可能な構造となっているが戦闘中にエネルギーが切れればそれは死と同義だ。
「チャンバラと行こうぜえええええええええええええええええ!」
灰色のGCが無造作に長剣を振り上げてケイの機体へと斬りかかる。その長剣は明らかな刃こぼれが見えるが充分な重量と勢いさえあれば切れ味など関係ない…………実際のところGCの持つ近接武装は形がどうであろうと概ね鈍器だ。ぶん殴るだけで効果は高い。
それに対してケイは長剣を構えたまま動かず、灰色のGCが迫ってその長剣を振り下ろしたところでようやく身を引いた。機体の眼前を確かな質量を持った物体が通り過ぎていくのがスクリーンに映し出される。それに合わせるようにケイも長剣を振り上げて、灰色のGCへと踏み込んで振り下ろそうとする…………が、その手を止めて再び下がった。最初から本気の切込みではなかったのだろう、灰色のGCが手早くその長剣を引き戻したからだ。
「くひひひひ、その剣で打ち合いたくはないみてーだな!」
「当たり前だろうが」
レーザーを反射可能なように鏡面処理されているのだ。長剣そのものは頑丈であってもコーティング自体は打ち合えば剥がれていく…………そうなれば当然レーザーだって反射は出来なくなってしまう。
「大した飾りだぜ!」
「俺もそう思う」
本来であればミラーコーティングは敵GCに接近するまでの盾として扱い、戦闘後にコーティングし直すなり長剣ごと交換してしまえば良い…………しかし現状ではそれができないからケイはその消費を抑えたいと消極的になっている。
「だがまあ」
再び長剣を構えつつケイは灰色のGCを見やる。
「打ち合いたくないのはお前だって同じなんじゃないのか?」
武器腕による不意打ちのレーザーはそれで決めて近接はしたくないという気持ちの表れともとれる。
なぜなら武器腕は内部に複雑な機構を仕込むという構造上普通の腕のパーツよりも
「ひはっ」
しかしそれは見当違いだとでも言うように灰色のGCが嗤う。
「腕なんてなあ、壊れたら付け替えりゃいいんだよ!」
再び上段に長剣を構えて灰色のGCがケイへと突撃する。
「なるほど」
それを冷静に見据えてケイは唇を吊り上げる。
「期待できそうだ」
戦いにではなく、ケイ達を殺して男が守ろうとしている物に対して。
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