婚約破棄が配信されている場面で、横から相手の本性を暴露して公開処刑状態にしたら、なぜか公爵子息に愛されました

@chest01

第1話

「コーデリア・ラインフォード、お前との婚約を破棄する」


 学園の文化祭の一環として、参加者1000人以上を数える王族主催の盛大なパーティーが終わりを迎えるころ、第1王子アインは公爵令嬢コーデリアにそう言い捨てた。



 このきらびやかなパーティーはフロアに浮遊する魔法撮影機ドローンカメラで撮影され、特殊な魔法によってリアルタイムで国中に配信されている。


 こういった夜会や催し物の配信動画を、魔法石を手のひらサイズに薄く削り出し、遠方に文字や声を送るなどのさまざまな機能を持たせた魔法道具マジックアイテム、「マジックプレート」で視聴するのが昨今さっこん流行りの娯楽だ。



「お、お待ちください。突然、なにをおっしゃるの」

 ブロンドヘアを背中で揺らし、白いドレス姿のコーデリアは困惑した。

 彼女とアイン王子はともに18歳、卒業後に結婚することになっている。


「お前のような者は俺の妻にはふさわしくない。このエイミーこそが生涯の伴侶となるのだ」

 茶色の髪になんとも凡庸なルックスのアインは、右手を伸ばした。


 その彼の腕にぴたりと抱きつくエイミー。

 可愛らしさを全面にアピールした、柔らかくカールさせたヘアスタイル。

 18歳だが、あざといほど童顔を意識させる愛らしいメイクと、潤んだつぶらな瞳。


 身につけたピンクのドレスは甘々なリボンやフリルで華美に飾り付けられており、故意なのだろうか、豊かな胸は今にもこぼれ落ちそうなほど露出していて、ボリュームのある腰つきはタイトに強調されていた。


 彼女の親も爵位を持っているが、王族と婚約できる位ではないはず。


「以前パーティーで知り合ったこのエイミーは、清楚にして清純可憐、慎みというものを知っている。周囲に細やかな配慮と気配りができ、令嬢としてのマナーや所作も大変素晴らしい」


 もっともらしい賛辞を並べるが、アインの目はグラマラスなボディラインをなぞるように追っている。


「それに比べて、お前はなんだ」

「わ、わたくしがなにか」


「エイミーが言うには、俺の目の届かぬところで彼女や他の女性に、数々の嫌がらせをしていたそうだな。ここにいる、彼女の友人であるベラもその通りだと証言している。そんな者が我が妻に、のちの国母になれると思っているのか!」


「そ、そんな、王子とは幾度となくお茶会やパーティーでともに過ごし、私の性格や人間関係などはご存知のはず。誰かを傷つけるようなことなど決して……。何かの間違いでございます」


「間違いであるはずがない。なあ、エイミー?」


「はい、私はコーデリアさんに人目のないところでいじめられて、涙にくれる日々を送っておりました」

 くすんくすん、と彼女はひどく芝居がかった仕草で目をこすり、


「ですがお優しい王子様にご相談できたことで、ようやく救われたのです。王子様は私の恩人です、ああ、なんと頼れるお方、さすがは将来国王になられる器の持ち主。心の底からお慕い申しております」


 仰々ぎょうぎょうしい感謝の言葉を並べると、甘えるように王子の肩口に頭をすり付け、胸を必要以上に押し付ける。

 密着され、アインはだらしなく頬を緩める。


「まさかラインフォード家の令嬢である、あのコーデリアさんが」

「信じられない、優等生で誰にでも優しい人なのに」

「でも証人がいるっていうんだから」


 パーティー客たちの憐れみと好奇の目がコーデリアに突き刺さる。


「お待ちください!」


 そのとき、ギャラリーの中から1人、女生徒が飛び出した。


 ハーフアップで結った、シルバーブロンドの髪。

 エメラルドの虹彩を持った瞳は、強い意思の光を宿している。

 ブルーのドレスの裾をひるがえし、彼女は駆けた。



「なんだお前は、コーデリアの知り合いか?」


「あなたは同じ学年の、たしかルフト伯爵の」


「はい。私はルドルフ・ルフト伯爵の娘、フレデリカと申します。アイン王子、御前おんまえ失礼いたします。王子にはここでぜひ、ご覧になっていただきたいものがあるのです」


「俺に? なんだ?」


「そちらのエイミーがアイン王子の妻にふさわしいか、また証人のベラが信用に足る者なのかどうか。こちらをご覧ください」


 怪訝な顔を見合わせて眉を寄せるエイミーとベラをよそに、フレデリカはマジックプレートを取り出す。

 そして機能の1つ、保存された動画を拡大して映写するモードを選択した。


 彼女は他のパーティー客の後ろに紛れて隠れるように立つと、腕を高く掲げて、映像を映した。


 パーティー用の豪奢ごうしゃで大きなカーテンがプロジェクター代わりとなり、なさがら映画館のように動画が映し出された。



「な、なんだこれは!?」


 そこには、貴金属類をジャラジャラとつけた、粗野で柄の悪い、いかにも軽そうな男と抱き合っているエイミーの姿が。

 場所はまず貴族が足を運ばない、場末の酒場だろうか。

 画像のアングルから、マジックプレートの機能で隠し撮りされたように見える。


「エイミー、こ、これは一体、誰だこの男は!?」


「えっ、なによこれ……あ、え、ち、違うんですぅ、私は全然、あの、これは、だからその……あっ、知らない男性にぃ、無理矢理抱きつかれて、ダ、ダンスの相手を求められたとき、か、かなあ?」


 しどろもどろで必死に弁明するエイミー。

 だが無理矢理でないのは、自分から相手の首に両腕を回しているところから一目瞭然。

 何かのペアダンスの最中というわけでもなく、明らかに男慣れしている様子だ。


 動画は続き、今度はどこかの西洋四阿(ガゼボ)でエイミーとベラが会話している場面が映し出される。

 望遠で撮られたようだが、はっきり姿を確認でき、音声もしっかり拾われている。


「この前、付き合いだした彼とはどう?」

 ベラが年齢的にまだたしなんではならない、シガレットをふかしながら聞いた。


「ああ、あんなのすぐ飽きたからとっくに捨てた」


「あーあ、ひどいんだ。前の彼女わんわん泣いてたのに」

 そう言いながらも、顔には薄笑いが浮かんでいる。


「それが面白いんでしょう? 男を取られて悔しがって泣く、情けない顔を見るのが。このより自分の魅力のほうが上だって思える瞬間、あの優越感が最高なんじゃない」


「そのためだけに人の男取るんだから、まったくいい性格してるよ。そういや、この前のパーティーで声かけて誘惑した子爵のハゲおやじ、あっちはどうしたの?」


「いくらか手を出させてから、家族や他の貴族にばらされたくなかったらって、いつものやつで口止め料ふんだくってやった」


「アハハ、毎度のこと、バカな男相手にいい小遣い稼ぎしてるね。それで何人目?」


「そんなのいちいち数えてないって。親が金の使い方にいちいちうるさくて、こうでもしないと自由に遊べないから。金なんか領民の税を上げて、あいつらからもっと取り立てりゃ済む話なのに」


「ねえ、さっきの方法が毎回上手くいくならさ、色んなパーティーによく顔出す、あの王子もなんとかモノにできるんじゃないの?」


「王子って第1王子のアイン?」


「そうそう。あの王子、どうしようもないバカで家臣も手を焼いてるっていうくらいだからさ。簡単に引っかかるでしょ」


「でもほら、婚約者がいるじゃない。コーデリアっていう、公爵家だからってどこか気取ってる感じのやつ」


「ああ、私あいつ嫌い。けどあんなの、王子に取り入って適当に嫌がらせされたーとか嘘言って泣きつけば、すぐ追っ払えるでしょ」


「そんなに簡単に行く?」


「行く行く、前いじめてた奴みたいに、適当に濡れ衣きせて私らが口裏合わせれば、なんとでもなるでしょ。だってあの単純なバカ王子だもの、すーぐ信じるって。家臣も王子には強く出られないんだから」


「じゃあ次のパーティーで、男受けの良さそうな媚び媚びのドレス選んで、うまいことお近づきになってみようかな」

「きっとコロッと引っかかるよ、バカな上に女好きだって有名だから」


 ギャハハハハハ!


 品格を欠いたバカ笑いのあとも、動画は続くが、


「ちょっとぉ! やめてやめて、やめてええええ!」

「とめてってば! これとめてよおおおおお!」

 2人は絶叫した。


「ちょっと、このパーティー配信されてるんだから、こういうのホント、ホントまずいって!」

「これ、国中に流れてるのに、もうとめて、とめてとめてえええええ!」


 エイミーとベラの2人は必死になって、醜態しゅうたいが映り続けるカーテンの前をバタバタと右往左往している。


 フレデリカは映写しながらもパーティー客に紛れてしまっていて、もうその姿は確認できない。



「なんなんだあいつら、最悪だな」

「あんな外面ばかりのふしだらな令嬢が王子と婚約とか、絶対ありえないでしょ」

「王子も王子よ。あんなのに騙されて、あの聡明なコーデリアさんに婚約破棄なんてしたの?」



「お、おい、エイミー! これはどういうことだ! 不愉快きわまりない会話に加え、王子であるこの俺を2人で散々バカ呼ばわりし、嘲笑あざわらうとは!?」


「ち、ち、ちがうんです、王子様。これは何かのまちがいで、あのその、ほ、本当にちがうんですぅ!」


「なにが違うと言うのだ! お前が頼むから、わざわざこんな大々的に婚約破棄を宣言したのだぞ! 俺たちだけの真実の愛があるのではなかったのか!」


「だからその、ちがう、ちがうんですぅ、これはなにかの、だからその、あの、だからちがうんです! ……っああああ! もうこれどういうことなのよーっ! こんな映像、早くとめなさいよおおおお!」

 取り繕っていたキャラ化けの皮が剥がれ、エイミーはセットした頭をかきむしりながら叫んだ。


 騒然とする会場内。

 パーティー客たちはおしなべて、顔をしかめ、眉をひそめている。


 性悪な本性を会場内どころか、国中に晒されてしまい、泣きべそと逆ギレで見苦しく慌てふためくエイミーとベラ。


 会場全体から注がれる刺々とげとげしい視線による、完全な針のむしろ状態だ。



「やった……!」

 その様子を確認したフレデリカは、人知れずパーティー会場を抜け出し、馬車に飛び乗った。





 翌々日の昼間。

 フレデリカは屋敷で正装に着替えていた。

 この国でコーデリアのラインフォード家と双璧といわれる、カーティス公爵家からの客を迎えるためだ。


 ルフト家はカーティス家とそれなりに親交があるが、今回は緊張感が漂っている。


 来訪は一昨日のパーティーの件について話があるからだという。


 王家主催のパーティーは大騒動で幕を閉じたらしい。

 らしい、というのは噂を耳にしただけで、彼女のところに公式の続報が届いていないからだ。


 カーティス家は王家と近しい立場にある。

 なにか処罰される旨を伝えられるのではないか。

 だがやるだけのことはやった、覚悟はしている。


 腹をくくった彼女が屋敷の玄関前ポーチで待っていると、4頭立ての馬車が到着した。

 ルフト家の使用人がドアを開けると、1人の男性が降りてくる。


「やあ、こんにちは、フレデリカ」

 落ち着いた、しかしよく通る声で彼は言った。

 

「アーロン様、お待ちしておりました」


 普段は気さくに話せる相手だが、今回ばかりはカーテシーが少し堅めになった。


 アーロン・カーティス。

 カーティス家の長男で、フレデリカより5つ年上の23歳。


 背中で流れる金髪に、青空を溶かし込んだような碧眼。

 その顔立ちは美形の一言では語り尽くせないほど整っていて、まるで神が自ら彫り上げた、完成された精緻せいちな彫刻のよう。


 すらりとした長身だが、肩幅と胸板はしっかりとあり、逞しさや力強さといった男性美も備えている。

 シックなジュストコール姿で立つ佇まいは、それだけで絵になった。


 智勇兼備ちゆうけんびにして才気煥発さいきかんぱつ

 ルックスだけでなく、そんな言葉を体現したような、どんな分野においても超一流の能力を持つ。


 若いながらも、その有能さからさまざまな仕事を任され、一昨日のパーティーでも会場を取り仕切る役をこなしていた。


 ルフト家、ラインフォード家、王家、そしてパーティーにそれぞれ関わりを持っている人物。

 そんな彼が騒動の理由を聞きに来るのは、当然のことだろう。


「来訪の意図は伝わっていると思う。さっそくだが、2人だけで話がしたい」



 調度品や絵画が並ぶ応接室の1つで、フレデリカとアーロンは2人掛けのテーブルを挟んで座った。


 メイドがうやうやしく礼をして退室すると、馥郁ふくいくたるお茶の香りが広がっていく。


「では聞かせてもらおう。君がなぜ、2人のあのような動画を所有していたのか。なぜ、あのタイミングで暴露するような真似をしたのかを」

 アーロンは単刀直入に切り出した。


「順を追って説明させてください」

 彼女の求めに、彼は、ああと了解を示した。


「まず動機ですが。正直に申し上げますと、これは2人への一種の報復、だとお考えください」

「報復……一体何があった?」


「学園の別の科に友人がいるのですが、その方が2人からひどい嫌がらせを受けまして」


「それはどのような?」

「勉強道具を捨てられ、制服にインク壺を投げられて汚され、窃盗の濡れ衣まで着せられ、しまいには事故を装って階段から突き落とされたと」

 友人は足を痛めて入院中です、と彼女は結んだ。


 アーロンは眉を寄せる。

「なぜそのようなことを」

「おそらく、平民出身の者が成績優秀なのが気に入らなかったのだと思われます。わたくしが抗議しても、身に覚えがない、インクは手が滑ったから、階段の件も何かの弾みだと。ひがんだ貧乏人が金をせびるために難癖をつけているだけ、なんならいくらか恵んでやると、完全に見下して」


悪辣あくらつだ、聞くだけで許せんな。学園はなぜ放置している?」


「彼女たちは教師の前ではにこやかに品行方正を装い、人目がなくなると本性をあらわに牙を剥くらしく。調べてみると、彼女たちの仕業と思われる被害を受けている方が複数おられて。でも昔から手慣れているのでしょう、これという証拠を残さずに他人をいたぶってきたようです」


「そこまで善性に欠けた人間がいるのだな」

 ええまったく、とフレデリカは頷く。


「私はなんとか一矢報いたいと思い、友人に同意の上で、何か悪事の証拠を得ようと考えた末……つい、2人を隠し撮りするようになったのです」


 彼女は伏し目がちに頭を下げた。


「申し訳ありません。相手が誰であれ、どう言い訳しようと、隠し撮りは犯罪行為です。しかしそうでもしないと、と。その、感情が暴走気味になってしまい」


「たしかにマジックプレートを用いた盗み撮りは違法にあたる。しかし……今はそれは置いておこう。話を続けてくれ」


 分かりました、と彼女は話を再開する。


「あまりよろしくないお店に通っていたり、シガレットを吸うこともありましたが、それでは決定打に欠けます。恋愛の話題も、結婚に家の意向が重視されるとはいえ、男女間の惚れた腫れた、振った振られたは個人の問題。口止め料を要求した話もありましたが、それを追及して表沙汰にしてもが嫌がるでしょうし」

 だから口止め料が要求できる。


「あのような者の手練手管てれんてくだに引っ掛かってもてあそばれてしまう男性を情けないと思う一方、男女仲を引き裂いて喜ぶような輩を好き勝手させているのも面白くはありません。そんな中、王子に近づこう、悪い言い方をすればたぶらかしてやろう、という話題が出てきました」


「会場で流れたものだな」


「はい。いくらなんでも、さすがに王子は引っかからないと思っていたのですが……その後に撮った2人の会話で、あまりにもあっさり取り入ることができたと。そこまで馬鹿とは、あっ、王族に馬鹿とは不敬ですね。失言でした」


「ああ、仮にも一国の王子を馬鹿などとは言えないが。普段から自分に都合の悪い話は聞かず、視野が狭く、浅慮で短慮で何をするにも軽率で、先を見通すことが不得意。そのくせ、権力で物事をなんとかしようとする。しかも根っからの浮気性で、女性が絡むと、それらの難点にさらに拍車がかかり、幼児でも誤らないような、まっとうな判断さえできなくなる。いや、馬鹿などとは決して言うつもりはないが」


 迂遠な言い回しで、どうしようもない馬鹿だと言っているのでは。

 とフレデリカは思ったが、口にはしなかった。


「王子は婚約相手を変えるとまで言い出したそうで、それなら大々的にパーティーでやってほしいとエイミーが頼み、了承されたそうです。観客聴衆オーディエンスが多いなかで、わざと衝撃的な婚約破棄をさせることで自分の優位を印象付けたかったのでしょう」


「浅ましい悪知恵が働くやつだ」


「本来ならここでコーデリアさんに報告するという、然るべき対処を私はするべきだったのでしょう」


「ああ、そうすればラインフォード家と王家が動いて、内々でなかったことにする。公になっていないだけで、女性問題はこれが初めてではないのでな。騒ぎにはしたくないから、彼女たちも釘を刺されるだけで罰せられるようなことはないだろう」


「ええ、「本当に王子が好きだっただけ」などと、さも純愛であったかのようにアピールして悲恋の別れ話にでもして。そしてまたどこかで、素知らぬ顔で同じような悪行をしでかすはず」

 フレデリカはここで1つ大きく息を吸い、


「逃がすものか、と思いました」


 ありったけの思いとともに吐き出した。


「最初に申し上げましたように、これは報復。痛い目を見せるのが目的です。なので、コーデリアさんを救うため、などと大義名分をつけたおためごかしはせず、非情な選択をさせていただきました」


「……それは?」

「こちらも「大勢の観客聴衆オーディエンスの前で婚約破棄する」という状況シチュエーションを利用してやろうと考えまして」


「!? それでパーティーが配信されるなか、もっとも注目が集まるタイミングで割って入り、あの暴露動画を出したということか」


 フレデリカは澄まし顔で、片方の口角を上げた。


「フレデリカ、君もなかなかどうして、悪知恵が働くじゃないか」


「相手が先にダーティーなやり方をしてきたのですもの。こちらもちょっぴりダーティーな反撃をしても、まさか卑怯とは言いませんでしょう?」


 フレデリカはそこでカップとソーサーを手に取り、お茶を飲んだ。

 少し冷めていたが、何もかも話した後だからか、喉を通るそれは一段と美味しく感じた。


「ふふふ、そうか。そういうことか」

 微笑したアーロンは合点がいったように首肯(しゅこう)すると、


「フレデリカ、昨日出された、王家からの君への処分の内容を伝える」


「……はい」


「ルフト家の者へのおとがめは無し、だ」


 その言葉に、フレデリカの面持ちはパアッと明るくなった。

「本当ですか!?」


「ああ。ただし隠し撮りや盗撮は今後やめるよう、とのことだ」


「ええ。それは重々、承知しています」


「うん。それで例の2人だが、王家から直接の罰はないが、あの醜態を国中に知られては、どこにいても後ろ指をさされ、もう堂々とは外を歩けないだろう。貴族として家名に泥を塗ったからには、嫁ぐのも難しくなる。学園も退学処分となるはずだ」


 友人を含め、傷つけられてきた者たちの痛みが、まとめて元凶へと返ったのだ。

 因果は巡る。


「心を入れかえ、傷つけた者たちに深く謝罪し、誠心誠意やり直そうと思えばまだ再起の道はあるかもしれないが……人間、ひねくれた性根はそう簡単には直せないものだ。これからどんな人生を送るかは、彼女たちの心がけ次第だな」


 突き放すようにアーロンは言った。

 フレデリカも報復とはいえ、一切の光を奪うような仕打ちまでは望んでいない。


「アイン王子の件だが、ただちに廃嫡し、弟のヴァイツ第2王子を次期国王に立てようという声が早くも挙がっている」


「ああ、私のせいでそんな大ごとに」


「気にすることはない、王の器としての疑問視は以前からあったものだ。あんな愚かな女の単純な嘘に騙されるようでは、王になるのは無理だろう。奸臣かんしんの甘言にやすやすと乗せられるような王では簡単に国が傾く、それは歴史を紐解けば分かることだ」


「まあ、たしかに。では、婚約者のコーデリアさんはどうなります?」


「コーデリア嬢は王位継承権1位の王子に嫁げと言われているだけだ。政略結婚とはいえ、人の話を聞かず、見る目もなく、話し合いや歩み寄りを怠ったアイン王子と一緒になるくらいなら、ヴァイツ王子に良くしてもらったほうが幸せだろう」


「そうですか、良かった。なんとか丸くおさまってくれたようで」


 傷ついた友人のためとはいえ、それで良識のある者が犠牲になるのでは元も子もない。

 近々、退院できる友人に安心して顛末てんまつを話せそうだ。


 フレデリカは一区切りするように、大きく安堵の息を吐いた。


「実は私、あれだけの騒ぎを起こしたから、かなりの罰が下ると覚悟していたんです。父からは激怒され、母も勝手なことをしてくれたものだと。何かあれば最悪、家から追放だとまで言われていて」

「ほう、それは手厳しい」


「まあ、お咎めはなしでも、私もでしゃばって、あれだけのことをしたのが配信に映ったわけですからね。いつか来るかもしれない縁談も、ほど遠くなったことでしょう」


「縁談か。今、意中の相手はいるのか?」


「いえ、特にそういった方はおりませんが」


 アーロンは腕組みをして膝に目を落とし、しばし思案すると、

「なら……うちに来ないか」


「うちに? パーティーのご招待か何かですか」


「そうではない。そのつまり、君を妻に迎えたい、と考えている」


「は? え、つまって……え? 私を、つ、妻に?」


「すまない、突然のことで驚いたとは思う。実を言うと、以前から君の行動力を好ましく思っていてね」


「は、はあ」


「先ほどの話を聞いて、君への好意を再確認できた。自立した意思の強さ、どんな相手にも成らんことは成らんと言える芯の強さ、機を見るにびんといえる計画性と思いきりの良さ」


「な、なんだか強(したた)かな部分ばかり誉められているような」


「いや、それ以外のところもすべて含めてだよ。フレデリカ、君は人間的に見ても、1人の女性としても、私の目にはとても魅力的に映る。今改めて自覚した。私は君のような女性を求めていたんだ」


 アーロンは真摯しんしだった。

 彼の目にからかいや冗談の色は欠片もない。


 フレデリカは尊敬すべき人や好人物を何人も見てきたが、アーロンはその中でも、より特別だったように思える。


 暖かみと信念をあわせ持った眼差しは素直に素敵だと思えたし、有能であっても他人に対しておごらない性格は敬意を持てた。


 妻として、いずれこの人の隣に立つことになる女性はきっと幸せだろうな。

 そんな漠然と、彼の結婚相手のことなど、他人事として捉えてきた。


 まさかそこに自分が指名されるなんて。


 いざ、己がその立場になると考えると、彼女は急にアーロンのことを意識してしまう。


 見つめられ、うつむいてかしこまることしかできなくなってしまい、フレデリカは唇を引き結ぶ。


「……フレデリカ」

 配慮しながらも、たかぶりを微かに滲ませた声で、名を呼ばれる。


「……立派な女性は他にもたくさんいますのに……本当に私でよろしいのですか」

「君が良い。君でなくては駄目だ」


 フレデリカは、今度はアーロンの視線を受けとめる。


 吸い込まれそうな、深い青をたたえた瞳で見つめられた彼女は、そうなることがごく自然であるかのようにときめきを覚え、胸中(きょうちゅう)が今までにない熱を帯びるのを感じた。


 胸の奥に生まれた、その重苦しさにも似た切なさは、彼女が知りうる感情の中できっとどれよりも尊く、そして特別なものだった。


 アーロンは席を立つと、彼女の前で膝を折り、跪いた。


「フレデリカ、私の妻になってもらいたい」


 真っ直ぐに贈られた言葉。


 彼女はしばし、高揚感を伴った逡巡をしてから、


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 アーロンの伸びやかな指先に触れ、手を取った。



 娘に何か処罰が下るのかとひやひやしていたフレデリカの両親は、アーロンからの突然の報告を受け、天地がひっくり返るような驚きを見せた。


 カーティス家への挨拶の日取りなどを忙しく決め、アーロンの帰りを見送ったフレデリカは、さすがに参ったのか、1度自室へ戻った。


 のぼせたような熱くぼんやりとした頭で、椅子にもたれて腰かける。


「配信に動画を1つ上げただけで、こんなにも色々大騒ぎになるなんて」


 己の無能さを世間に広めたアイン王子の、国王となって威張り散らす未来は灰となった。


 性悪なエイミーとベラの2人は、これから焼け野原のような人生を歩まねばならないだろう。


 そこまではまだ分かるが。

 誰からも憧憬どうけいを抱かれる公爵子息、アーロンの恋心も燃え上がってしまった。


 そして今、フレデリカ自身の心も熱くけている。


 報復の相手だけならまだしも、さすがに恋も燃え上がるとは予想だにしなかった。


 触れたものは、なにもかもが焼けていく。

 つまりこれは──


「ああ、炎上、しているのね」

 胸を焦がしながら、フレデリカはそう呟いた。

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