「……最初の日と、立場が逆転したな。それにしても、まさか泣くほど心配されるとは」


「泣いてない」


「変なところで意地を張るな、それだけ人を想える証拠だ。美点なんだから素直に受け取るが良___痛いッッ!!!もうちょい優しく頼む!!!」



 謎の天使襲撃事件のせいで、肩に銃弾を浴びこの男は倒れた。

 言葉通りにイレギュラーな出来事だったし、恐怖と心配で私は不覚にも涙を流してしまったがコイツはそれをみるなり何かをおかしそうに散々笑っていたため、私は現在進行形で機嫌が悪い。

 それでも助けてもらったのは事実であるため、頭ひとつ分以上の差がある大男に肩を貸し、頑張って家に連れ帰り手当をしていた。立場が逆転したと言うのは、治療する側とされる側が入れ替わったということだ。


 悪魔専用の銃弾といった、人間である私には理解し難いが危険なものを打ち込まれ死んでしまうのではないかと私は焦っていたのだが、そんな私の意に反しこの男はピンピンしている。

 いつも通りのカッコつけにあんな台詞を吐いたのではないかと疑うくらいには、いつも通りの雰囲気を纏っていた。



「それにしても包帯巻くの下手だな………」


「……他人に巻くことなんてないんだから仕方ないでしょ」



 そこまで酷い怪我でなくて良かったと安心する反面、私の中で先ほどからずっと気になっていることがある。



『なぁ魔王、お前はなぜそいつを殺さないのです?その為に近づいたのでは?』



 それは天使のあの言葉。

 そもそも天使が私の命を狙っていたというあの状況自体も理由が不明すぎて怖いのだが、あの言葉が本当なら魔王が私のそばにいたのはおせっかいを焼くため、ではなく命を狙っていたからになる。

 でもそれが本当なら、最初に出会った時に見殺しにしていれば済んだ話。先ほどだって助けなかったら死んでいただろうと、辻褄が合わないのだ。



「ねぇ……私を、貴方は殺したかったの?」


「……」



 返事はない。先ほどまでの余裕綽々の表情ではなく、どこか浮かない顔で困ったような笑みを浮かべている。

 否定をしないと言うことは、その言葉を肯定するに等しいと言うこと。

 再び胸の奥が締め付けられるような、そんな感覚に襲われながらも包帯を巻くては止めない。



「……じゃあ、私は死ななきゃいけなかった?」


「……そうだな…だが、俺はお前を死なせたくなかった」


「何それ……矛盾してる」



 死ななきゃいけない存在を前にして、死なせたくないというこの男は相変わらず理解できない。

 流石魔王と言ったところか、身勝手な行動に嫌気がさすがその行動に救われているのもまた事実。もう何が何だか、わからない。心の奥がぐちゃぐちゃだ。

 やるせない感情に奥歯を噛み締め、床に視線を落とし俯く。

 そんな私を見て、魔王はいつぞやかのように口を開く。



「少し、昔話をするぞ。今から話すことは、紛れもない事実だ」



 それは、いつぞやに聞いた母のおとぎ話の真実だった。









_____




 世界には昔、魔王を討伐するための勇者がいた。

 魔王は倒しても倒しても蛆虫のように、次の魔王が生まれてしまう。だけど魔王がいると世界を滅ぼそうとするから、勇者と呼ばれる存在は魔王を殺した。


 そして、俺もその一人だった。



「よし!!やったぞ!!遂に、倒した…!!」



 たくさんの犠牲を払って、俺は魔王を殺すことに成功した。ようやく力を与えてくれた女神様の役に立つことができると、仲間たちに報いることができたとその瞬間は喜んだ。


 だけど、それは呪いを引き受けただけに過ぎなかった。


 魔王を殺してもなぜ魔王が生まれるのか、答えは簡単。魔王を殺したものが、次の魔王となるからだ。



「……お、おい!!なんだよ、これ!!!」



 自分の意思とは反して黒い瘴気が身体中に纏わりつき、精神までを汚染する。

 何もかもが憎くなり、今までやってきた行動の意味なんてわからなくなって、いずれ考えることをやめる。ただの破壊兵器へと成り下がってしまうのだ。


 助けてほしい、そう思っても誰にも声が届くことはない。

 絶え間なく焼かれるような痛みに苦しみ、過去の仲間のことはもちろん自分という人格すらを忘れていく恐怖に怯え日々を過ごす。


 そして最終的に、世界を呪うのだ。

 こんな世界がなければ、自分が苦しむ必要はなかったのに___と。


 なぜ魔王がいるか、それは世界の均衡を保つため。

 女神のように守る存在もいるのならば、魔王のような破壊に明け暮れる存在も必要。そんな理不尽な世界が、この世界だったのだ。


 この苦しみは次の魔王へと受け継がれる、例えるなら呪いのバトン。受け取ってしまった俺は、何世代にも渡り苦しんできた魔王たちの苦しみを味わうこととなる。


 決して明けることのない暗い深淵に心を囚われ、俺は何十年も何百年にも感じる日々を生きた。

 そして、終わりが来た。俺を倒しに来たのだ。



「……これ以上、犠牲者は増やしません。覚悟してくださいね」



 それは、かつて俺に力を与えてくれた女神様だった。


 かろうじて覚えている自我が、この人だけは絶対に倒されてはいけない。女神様だけは、絶対に守らなければいけないと言うのに。

 俺の意思に反して体は動き、女神に対して破壊の限りを尽くした。

 それでも俺に力を与えてくれた女神様に敵うわけがなく、俺は負けてしまった。



「なんで……俺を倒したんですか…!そうしたら、次の魔王はあなたになると言うのに!!!こんな世界で、生きていても辛いだけなのに!!!」



 魔王という呪縛に囚われていて、命の灯火が途絶える直前に俺は女神様に訴えた。

 未だ世界への憎しみは消えず、憎悪で身を焦がしながらも彼女に必死に伝えた。


 それでも女神様は、黒い瘴気で汚染される体を見てもゆるりと美しい笑みを浮かべ、そして当たり前のように言った。



「確かに生きることは辛いかもしれない…だけど、この世界でもちゃんと幸せになれるの。


 それを、みんなに知ってもらいたいだけだよ」



 女神様の聖なる力を持って、俺の瘴気を少しずつ溶かしながら彼女は笑う。

 瘴気は精神を蝕み辛いはずなのに、どうしてそんなに笑えるのか俺は不思議で堪らなかった。



「ごめんね、もう少し早くこの理に気づくことができたなら、君も傷付かなくて済んだのにね


 瘴気に蝕まれた勇者は、世界を呪うようになって次の魔王になってしまう。


 ほんと、馬鹿げた理だよ全く」


「じゃあなんで、そんなに笑えるんだよ……!!」


「この世界が、みんなの努力でできていることを知ってるから


 何回失敗しても、それでも試行錯誤をして成功を求める人々が美しいから」



 綺麗な藍色の髪は瘴気で黒く染まり、少しずつ瞳も赤く染まっていく。

 それでも女神は笑顔を絶やすことはない。



「ねぇ、【■■】くん。最後にお願いがあるの、これが酷なことってわかってるけど頼んでもいいかな?」


「な、なんだよ……」



 女神様は俺の名前を呼び、そして崩壊していく俺の体に手をあて悲しそうに微笑む。



「この『魔王化』の呪いを受けるのは、私で最後にしたいの。


 私は君に今からおまじないをかける、そのおまじないをかけたら私も死ぬからさ、この世界を見届けてくれない?」



 そのまじないとは、契約が終わるまで死ねない不死の魔法。

 魔王化が消えたらただの俺という人間に戻り、朽ち果ててしまう俺を長らえさせる一種の呪いまじないだった。



「きっと私が死んでも、転生して少しずつ世界を憎んじゃうように、世界に絶望するように世界は動いていくんだと思う。


 そうだなぁ、18歳にでもなれば発芽しちゃうんじゃないかな。


 だから、魔王になっちゃう前に私を殺して?」


「……いつまでだ?」


「呪いが解けるまで、かなぁ……お願いしても、いいかな?」



 本当に女神様は身勝手な人間だった。

 

 大多数の幸せのために、自分自身の幸せを一切考えずに呪いを引き受けたのだ。



「次の役目は私が引き受ける、私で最後にするってもう決めたこと。


 だから、私の代わりに、この世界の美しいところをちゃんと見ていてね」



 そうして女神様は、俺に呪いをかけて完全に魔王として堕ちる前に自分の喉を掻っ切って死んだ。

 魔王がいなくなった世界では魔物が湧かず、世界は平和になった。



 それからというもの俺は約束通りに見届けた、世界が移り行く様を。


 失敗を繰り返し、試行錯誤をし、そして積み重ねでできたこの世界。


 全ての人が笑えるわけではない、それでも魔物がいた時よりずっと笑顔の咲いたこの世界。



 だからこそ俺はずっと気にしていることがある。


 救われなかった女神様自身のことだ。

 今でも暗闇の中に囚われ、世界を憎むよう辛い出来事に襲われて悲しんでいるというのに、人々は彼女の存在を忘れ去った。

 救ってきた彼女は、救われることはなかったのだ。


 だからこそ俺だけは覚えていないといけない、その使命を忘れてはいけない。


 救ってもらったことを、なかったことにしたくなかったのだ。



「約束通り、俺は彼女が転生し18歳になる直前に殺してきた。そして、今回だって今まで通り見守っていた。」



 『魔王化』の呪いの解き方を探し続けたが、答えは出てこない。だからこそ何度だって手をかけた。

 だけど今回はいつもと違った。

 転生した女神様は、追い詰められて自分自身で命を断とうとしてしまったのだ。



「俺に、お前の一日を寄越せ。どうせ死ぬなら一日生きた所で同じだ。」



 数日後に手をかけることは決まっている、自分が彼女を殺さなければならない。


 それでも、もっとこの世界を見せたかった。


 あなたのおかげで、救われた人がいたことを伝えたかった。


 あなただけには、死を選んでほしくなかった。



「何が言いたいかわかるか?お前が、その女神の生まれ変わりだ」



 目の前の女は、驚いたように目を丸くして固まっていた。

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