魔王と出会って数日が経過した。

 相変わらず我が物顔で我が家に居座る魔王、家にあるものは自由に使い私のベッドを勝手に奪って寝るのなら、当然のごとく深夜アニメを大音量で見たり割と迷惑な存在だった。

 やめて、と言えるわけもなく当然のように受け入れる私も私だが突っ込むのも面倒くさい。諦めてこの生活に馴染んでいた。



「さて、今日は花公園に行くぞ!」



 あれから私は学校に行っていない、というよりコイツのせいで行けていない。

 毎日のように映画館、花火大会、遊園地、紅葉狩りなどなど頼んでもいないのに色んな場所に連れて行く。

 お陰で筋肉痛が絶えない日はないし、こんな寒い季節に潮干狩りに行こうぜなんて言いだされたせいで昨日は一日中布団とお友達にならないといけなかった。

 本当にバカだと思う。まだちょっと喉が痛いし、怠さが残っているというのに。


 だけど、まぁ………少しずつ、この経験を面白いと思うようになってきた自分がいるのも事実だった。



「花公園…?珍しく、大人しそうな場所に行くんだね」



 視野が広がっていく感覚が、今までにない経験をするのが楽しいのだ。だから今日も、面白いことがあるのかもしれないと期待してしまってる自分がいるのも嘘じゃない。

 やけに不恰好で甘すぎる卵焼きとちょっと味の濃い味噌汁と、ちょっと水分が多かったのかベチャついてるご飯を頬張りながら聞き返す。

 料理を作ったのはこの男で、私が寝ている間に何かのアニメに影響されて頑張って作ったらしい。



「これが通い妻という奴だな」


「絶対違う……魔王が通い妻って笑えないから」



 そんな他愛無い話をできるくらいには、私もコイツに心を開いていた。多分。知らないけど。でもここ数年の中でよく喋れる相手だとは一応思う。

 なぜかよくわからないがニコニコしながらこちらを見てくるため、少しの腹立たしさを覚えながらも無事に完食し、食器を流しに運んだ。


 部屋に戻ってから少し裾が解れボロボロなニット生地の白シャツ、元々七分丈だったけど背が伸びたのに買い替えてないから膝丈な黒のレギンスに着替え洗面所に向かう。

 最近はどっかの誰かのせいで体を酷使するため、睡眠妨害さえされなければ夜も眠れるようになったのだが、それでもやはりまだ目の下の隈は酷い。

 髪の毛もあの人たちに無理矢理切られた部分があり、不揃いな部分がある腰までの黒髪。癖が酷く出ていて毛先がパサついており、そろそろどこかで切りに行ったほうがいいかもしれない。



「なぁ、まだ時間かかるのか?」


「あとすこし、待って」



 よほど遊びに行くのが楽しみなのか、催促してくる彼の言葉に我に返ればさっさと顔を洗い歯磨きをして身支度を終わらせた。




_____



 魔王と私が来たのは、家からずいぶん離れた花公園である。数キロというレベルではなく、県を跨いでいるくらいにはしっかり離れている。

 自称でも流石魔王と行ったところか、どうやら【移動魔法】とやらを使えるらしく離れた場所でも一瞬で移動することができる。

 そしてここの花公園は文字通り、たくさんの花が植えられていてどこを見ても綺麗な花が咲き誇っていた。

 今は10月、コスモスや山茶花、シクラメンといった季節の花を眺めながらポツリと思ったことを溢す。



「魔王なのに花公園なんだ………なんか、似合わない」


「……経った数日で俺にここまでのタメ口を発するのはお前くらいだぞ」



 ぴくりと引き攣った頬が見え、嫌な予感がしてさっと視線を逸らす。

 だって悪の根源とかそういったイメージのある魔王が、花を眺めて綺麗だ美しいなんて恍惚とした表情で言ってるんだから誰だって似合わないって思うでしょ。私悪くないから。


 そんな心の声を口にすることなく適当な場所に視線を向けていると、そこには一段と目を惹く綺麗な花が咲いていた。

 近づいて看板を見てみると、そこには「藍」と書かれていた。

 薄い赤色のものや、白色や紅色、紫色と色とりどりの小花があり自然と見入っていた。



「ふぅん、藍に目をつけたか…花言葉は何々?『美しい装い』?……この後は服でも見にいくか」


「何か言いたいことがあるならはっきりどうぞ」


「みすぼらしい」


「想像の十倍刺さる言葉をどうも…」



 悪口を言われるのは慣れているはずなのに、久しぶりに心に刺さるものを感じた。

 自分でも確かにダサい格好ではあると自覚はしていたが、こうもあっさり言われると流石に精神的に傷つくものがある。



「では今から買いに行くか、ほらさっさと見に行くぞ」


「わかってるからちょっと待って…」



 だけど私は、ここ数日でコイツの言葉に悪意がないのは知っている。

 きっとありがた迷惑な善意で言ってくれているのだろう。どうせ見る人なんていないから、服を買ってもどうにもならないと思うが。

 なんて言葉は心の奥底にしまいこみ、長い足でさっさと進んでいく魔王を小走りで追いかけた。



___



「こちらのお洋服もお似合いですよ〜!!」


「ああ、馬子にも衣装だな」


「……どうせ馬顔ですよ」



 というわけで、先ほどの花公園とは打って変わって現在は「やまむら」という服屋で買い物をしていた。

 自分で言うのもあれだが私は服は着れさえすればなんでもいいと思っており、適当に目についた服を買おうとして全力で止められた。

 私にはファッションセンスとやらがないらしく、仕方がないので大人しく魔王と店員さんが選んだ服を着るという着せ替え人形に徹していた。


 だけど本日の一番の被害者は着せ替え人形の私ではなく、文句を言わずに手伝ってくれている店員さんだ。

 目の前にはツノが生えた謎の顔だけはいい男がいると言うのに、動揺一つせず商魂逞しくこちらの商品もお似合いですよとせっせと進めている。

 この店員は間違いなくプロだと思ったのだが、名札を見たらバイトと書かれていた。本当にすごい人だと思う。



「グレーのGジャンにラベンダーパンツ。お前でも大人っぽさが出ていて似合っているぞ」


「…そりゃどーも」



 服を褒められる、なんて初めての経験を味わいながらこれの他にもワンピースやトレンチコートなど、しばらく着回せそうな服をたくさん買って店を出る。

 最初に着ていた服はカバンの中に直し、現在は先ほど購入し試着した服をそのまま着ている。


 自分がこんな流行に乗った服を着ることになるとは、人生何があるかわからないものだと心から思う。



「ほら、着替え続きで疲れたであろう。自販機で水買って来てやったから飲め」



 そしてなぜか人に配慮できる魔王に公園のベンチに座らさせられて、今度は一度休憩にするようだ。

 ペットボトルを受け取り、蓋を開けてから水を一口飲む。

 冷たくひんやりする水はいつにも増して美味しい。自分では気づいてなかったが、やっぱり疲れていたんだろうと再度実感する。


 魔王も隣に腰掛ければ疲れたのか欠伸をして、だけどすぐに次はどこに行こうかと楽しそうに思案している。



「お前は最低限、身なりを整えていたほうがいいぞ。そうじゃないと、友達ができない」


「…それが、今日服を買った理由?」


「ああそうだ。人は見かけで判断するからな。更に言うなら猫背も治せ」



 確かに、猫背はよくない。

 だがしかし、今の今までずっとこんな姿をしていたのだから急に治せるかと言われたら絶対無理である。

 視線を膝の上に落とし、冷たいペットボトルを握る手に力が籠もる。



「お前に変わろうとする気がなければ、俺が手伝うだけだが……」


「魔王、ってそんなお節介なの?」


「……さあ、どうだろうな」



 はぐらかすように笑う魔王を見ていたら、不意にまたあの感覚に陥る。

 今まで何度もあったはずなのに、なぜだか今回はそれがあまりにも濃く感じるのだ。まるで、これはこの魔王と私が出逢う前から決まっていたことのように。

 ドス黒い何かが、自分の中を這いずり回り全てが嫌になってくる。そして唆すように、囁いてくるのだ。

 だって、どうせ____



「どうせ全ての行動に、意味なんてないのに?」



 ぐしゃ、と音を立ててペットボトルが潰れる音がした。

 今の私は相当ひどい顔をしていると思う、なぜかわからないが目頭が酷く熱いし心臓が痛い。

 魔王は悩んだように私を見つめた後、しっかりと芯の通った声で発言した。



「泣くほど嫌ならそんな事言うな。意味がないなんて、もう二度と」


「でも、だって……」


 どうせ死ぬんだから何をしても意味はない。そう口にしようとした時だった。


 不意に魔王が私を抱き締めた、そしてそれと同時に銃声のような音が辺りに響く。

 重く耳に障るその音に一瞬驚いたが、それよりも私には気になることがある。確かに衝撃があった、なのに私は一切痛みを感じない。

 直感的に私は理解をした。



「ま、おう……?」


「ぐッ………」


「チッ、庇ったか」



 魔王の苦しそうな声に驚いて、咄嗟に抱き締められている腕を振り解いて距離をとる。

 魔王の肩からは赤い血がたっぷりと滲んでおり、いつもの余裕たっぷりの表情ではなく辛く険しそうな表情だ。


 すぐに現状が飲み込めず辺りを見渡すと、空には白い翼を生やした明らかに人間ではないものが飛んでいた。



「なるほど、この翼……貴様、天使だな」


「如何にも、そこの小娘の回収に来ました」


「ほう……その銃、確か悪魔専用だったか。しかも、まだ開発段階のな……だが、もう完成しておったか。いやはや……天使も面白い事を考える」



 私は二人の言ってることの半分もわからなかった、だけどなんとなくわかったことがある。

 私は魔王が天使と呼んだ存在に殺されかけて、魔王に庇われたと言うことだ。


 血の気がひき嫌な汗が頬を伝う、間違いなく庇われていなかったら私に弾が命中していた自信がある。

 非現実的な出来事を脳みそが処理することができず、手が小さく震える。呼吸をしようとするが、短い呼吸を繰り返すことしかできない。


 そんな私を嘲笑うかのように、天使と呼ばれた男はゆっくりと地面に降り立ちこちらに近づいてくる。

 そして、衝撃の事実を口にした。



「なぁ魔王、お前はなぜそいつを殺さないのです?そのために近づいたのでは?」


「………え、?」



 その言い方は、まるで魔王が私を殺しにきたみたいではないか。あんなに、優しくいろんな場所に連れ回してくれたこの人が、私を殺す?

 意味がわからなくて目が丸くなるのを感じながら、嘘であることを期待して魔王に視線を向ける。


 痛そうに傷口を抑え地面に蹲っていた、だが立ち上がり私を庇い立てるように前に出ては底冷えするような恐ろしい声で天使に言い放つ。



「うるさい、黙れ、消え失せろ」


「相変わらず血気盛んで嫌になりますね、でもそれがあなたが決めた生き方でしょう?」


「3回目はない、消え失せろ。今すぐ殺すぞ」



 自分に向けられた発言ではないにしろ、殺気を飛ばす姿は魔王と言うのに相応しい風格があった。

 あの威嚇を正面から受けていたのなら、私はきっとそれだけで動けなくなっていた。今まで受けたどんな酷い扱いよりも、今の目の前の出来事の方がよほど怖い。



「は……ッ…はッ……ぁ…」


 だけどこの場で自分に許された行為は呼吸、ただそれだけ。

 発言は愚か、逃げることさえ許されていない。何か一つでも行動を起こした瞬間、この均衡が崩れるとなんとなく理解していた。



「……まぁ後少し、時間はあります。ちゃあんと、お役目は果たしてくださいね」



 天使はあれだけの殺気を叩きつけられたのにも関わらず、涼しい笑みを浮かべ姿を消した。

 それと同時に、魔王は糸がちぎれたマリオネットのようにパタリと力無く地面に伏せる。



「……魔王!!!」



 今の自分に正しいことなんてわからない。


 この人は自分を殺すために自分に近づいた、その可能性が提示されていることを理解していながらも私は必死に魔王の名前を呼んだ。


 私は馬鹿だから、正しいことなんてわからないのだ。

 わかるのはただ一つ、どうしようもなく胸が痛くて哀しい、ただそれだけだ。

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