会
(あれ…?なにか、おかしい?)
そこから違和感を感じるまで、さほど時間は要さなかった。
地面に落下しているはずなのに、風が体を撫でることはない。
浮遊感はあっても落下しているという感覚はなく、いつまで経っても地面につくことはない。
屋上から地面まで、落下するのにかかる時間は10秒も満たない筈だが__?
恐る恐る、目を開く。そして言葉を失い、息を呑む。
「っ、ぁ!?」
自分の体は“浮いて”いた。
宙に体が投げ出された状態で静止していて、そこから落ちる気配もなければ屋上に戻れるというわけでもない。
そして、もう一つ。
「ふん…死ぬ勇気がないのに、飛び降りるとは阿呆か?」
男がいた。私と同様に、宙に“浮いた”男が。
その男の目は血の様に赤く、ツノがあり、翼があり__人じゃないのは、誰の目から見ても明らかだった。
「あ…?ぇ…??」
初めて見た人外、そして宙を浮くという謎の体験に声が出ない。
喋ろうとしても喋りたい言葉が浮かばす、ぱくぱくと口を動かすだけで音が出ない。
「なんだ??余が怖くて言葉も出ないか?ふっふっふ、そうかそうか……クックック…あっはっはっはァ!!」
右手で顔を覆い隠し、喉の奥でくつくつ笑う。これはちょっと、別のベクトルでもヤバい人なのかもしれない。
そこで漸く、聞きたい言葉を思いつきやけに渇いてヒリヒリと痛む喉から声を発することができた
「あなたは……なんで、」
「うむ、なんだ?」
「___わたしを、助けたの?」
こいつが人外であるとか、そんな事は関係ない。
自分の中で大切なのは、何故自分を“生かした”のかだ。
せっかく、死ぬ覚悟が(不覚にも)できたのに。
なんで、なんで、なんで、
この残酷な世界に、留めようとするのだろう。
「知らん、体が勝手に動いただけだ」
「なんで?そんな、理由で?」
「じゃあ、今すぐ魔術を解いてやろうか?お望み通り、落ちることができるぞ」
「っ…!」
答えになっていない答えに苛立ちを覚えて、問い詰めるような口調で意義を申し立てるが淡々とした物言いで言い返される。
最終的に自分は静かに口を閉ざす、決心はしたけど死にたいわけではない。
口論に負けたのは、私の方だった。
歯噛みしている私をよそに、男は私を屋上の上に下ろし、魔法と思しきものを解除する。
重力が帰ってきて、生きてるんだという実感が湧いた。
力無く男を見上げ何者なんだろうとぼんやりと考える。綺麗な赤目だな、とかツノがあるなぁ、とか衝撃すぎて脳死した言葉しか思い浮かばないけれども。
そうこうしていると男は近づいてきて、私のすぐ目の前で立ち止まる。
「俺が人でないのは見ればわかるな?」
どう見ても人外であるため、コクンと首を縦に振る。
すると、宜しいとでも良いたげに満足げに男は頷いた。そして、自分の着ていたマントを翻し、急に語り出す。
「俺は貴様ら人間が魔王と呼ぶ存在!!あまりの恐ろしさに慄き、命乞いをしても良いぞ!!」
「…はぃ?」
「ふっそうか、恐ろしすぎて言葉も出ないか。致し方あるまい、俺は人間よりも遥かに優れているからな!!魔法も使えず短命で、俺たち魔族より圧倒的に劣っている人間が怖がらないわけがない!!」
男の大仰な身振りに、普段から感情の起伏は薄い方と自覚している私でも流石に引いてしまった。
私の心の声を一言で表すなら「何言ってんだコイツ」って奴だ。
やや引いている私を見ても、男は愉しげに口角を緩ませ謎に捲し立てるばかり。
思わず腰を地面につけたまま、ずるずると後ろに下がろうとするが急に肩を勢いよく掴まれ、逃げることすら許されない
「お前を助けた俺は、言わば命の恩人ってことだ。わかるな?」
「は、はぁ…」
「つまり、お前は俺に借りがあるということだ!きちんと借りは返してもらうぞ」
「えっと…なにで?」
気圧されてる私を見て、弧を描くような笑みを浮かべ男は言った。
「お前の時間を、俺に寄越せ」
これが、私と自称魔王との出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます