人の命は儚く、簡単に散ってしまう。それこそ、埃のように一瞬で舞って、消える。


 それを初めて学んだのは、小学3年生になったばかりの時だった。


 私が生まれてすぐ父親は病でこの世を去り、いわゆる片親という奴だ。

 お世辞にも裕福な家庭とは言えなかったが、貧しいながらも母親から沢山の愛を受けて育った。

 あの頃は、それで毎日が幸せだった。


 だけど、それは一つの事件によって終止符を打たれた。



「っ…!逃げなさい!!」


「お、かあさ、!!」



 あれはただの事故だった。

 居眠り運転していた車が、私を目掛けて進んできて、母が私を突き飛ばし代わりに轢かれた。

 先程まであんなに温かった体が、少しずつ冷たくなっていく。そして、ぴくりとも動かない。


 齢8と若くして、私は天涯孤独となってしまった。



「なんで、おかあさん…わたしをかばったの…?っ、やだぁっ!!!い゛やだよぉ!!おかあさん!!おがあざん!!起ぎて“よぉ!!」



 その場で子供ながらに死を理解した私は声が枯れるまで泣いて、母の死を心から嘆いた。

 何もしてないのに、私があの場所にいたばかりに。母は死んだ。


 その事実が私の心を蝕むには十分で、それから暫くの記憶は余りない。

 強いていうなら、瞳が赤色に染まったのもこの頃だったことか。濁りきった真っ赤な瞳、他の人が気味悪いという理由もわからなくない。



「っ…ひっぐ…ぅ……ずび…」



 ポロポロと頬を伝う涙を拭い、なんとか泣き止もうとする。

 泣いてもどうしようもない、明日のための準備をしなければ。

 自然と漏れでる嗚咽を飲み込み、熱い息を吐いて深呼吸を繰り返す。



「はは…ほ、んと、何やってんだろ……私。……帰ろ」




 座り込んでいた状態からゆっくりと立ち上がり、踵を返して校舎内に戻ろうとする。

 その時だった。



「っ!?あ……やば。」



 急な突風、それも踵を返そうとした瞬間に。

 風によってバランスを崩し、そのまま後ろへ___重力に従って、ゆっくりと地面に落下する。


 全てがスローモーションに見える、だけど唐突に理解した。


 これは避けようがない“死”だと。


 昔国語の授業で習ったじゃないか、人の命はどんな人であっても風の前の塵に同じだと。

 私は身をもって知っていたじゃないか。


 なんで、どうして、こんなバカなことをしてしまったのだろう。



 後悔してももう遅い。


 咄嗟に伸ばした手は、屋上の壁を掴むことなく空を切った。



(___もういいや)



 先程まであんなに怖かったのに、いざ死を目の前にすると心が虚無になり全てがどうでもよくなる。


 ゆっくりと瞼を閉じ、重力に身を任せた。


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