46/戦いの代償

 動かない身体で、何も出来ないまま傍観することしか許されなかったアザークは、その残酷な行為を黙って見ていることしかできなかった。


 それがボウグにとって幸か不幸かは分からなかったが、幼い彼を形成する上では良くないことだけは分かっていた。


 すでに息絶えていて手遅れだったが、それでも記憶をすり替えなければ。


「ボウグ……もういい、は俺に任せろ」


 ズタズタになった身体を引き摺りながら、二人の間に割り込んだ。驚いた顔をしたボウグの頭を撫でて、涙を堪えながら笑い掛けた。


「あとは俺がする。ボウグは地下に降りて待っててくれ」


 流石にトラウマに成りかねない行為を見せるわけにはいかない。素直に頷くボウグを見送って、弾けた柘榴のようなエンドールに刃を当てた。人間相手にこんなことをするのは初めてだが、戦いを終わらせる為にはするしかない。


 決心したように息を吸い、思い切り剣を振り下ろした。



 ———ハァ、ハァ、ハァ……


 すでに息絶えた対象とは言え、やはり抵抗は大きい。勝利の代償に大きなものを失った気がする。


 喪失感に襲われて立ち尽くしていたアザークだが、僅かに聞こえた物音に踵を返した。


「アザーク……。良かった、無事だったんだな」


 そこにいたのはキウイとジーク。二人とも負傷はしているもの、大事には至らなかった様子を見て胸を撫で下ろした。


「エンドール……此奴は強い男だったな」


 首と胴体が引き裂かれた敵を見ながら、キウイも眉を顰めた。己の欲望に忠実で、救い難い人間だった。

 ジークは力尽きて動けないキウイを託した代わりに、アザークが掴んでいたモノを奪い取って階段を登り始めた。


「お前らはゆっくりしとけ。後は俺が鎮めてやる」


 頼もしい背中を見つめながら、二人を身を寄せ合い、互いの無事を確認するように触れ合った。良かった、本当に良かった……!


「そうだ、アザーク。よくやったな」


 振り返って歯を見せて笑った師匠を見て、耐えていた涙腺が崩壊した。

 反則だって、だから———!


「ありがとうございます……っ、師匠!」


 拳を固く握りながら涙を流すアザークを、そっと抱き寄せて。キウイも深い息を吐いた。


「終わったのう……」


 しばらくして、騒がしかった声が引いていくのが分かった。エンドールの死を知った兵士達が退却したのだろう。やっと守護者の元へ戻った聖剣を見ながら、静かに目を閉じた。



 ▲ ▽ ▲ ▽



「———終わった?」


 異空間に切り離されたプルー達は、静まり返った状況が気になって外へ出た。

 終始怯えてバンムルくを抱き締めていたハルに声を掛け、ゆっくりと階段を登り始めた。


「ん、ハル……? 無事か? 怪我はなかったか⁉︎」


 そこにいたのは返り血で汚れたジークだった。いつも綺麗に着こなしているスーツもいたる箇所が切り裂かれて、生々しい傷も刻まれていた。


「私のことなんかよりも、自分の心配をして……!」

「ハル……、言っただろう? 俺はお前さえ無事ならそれでいいと」

「バカ……っ、ジークがいないと私、生きていけないんだから!」


 胸元にしがみついて泣くハル達を見て、プルーは完全に出遅れを感じた。


 二人だけの空間……ちょっと待ってよ、もう!


「フェーン、リルーン! お願ーい、無事ならすぐに来てー‼︎」


 そんな主人の声を聞きつけた忠実な従者は、なりふり構わず駆けつけた。この二人も、随分と傷だらけで痛々しかった。


「プルー様……、ただいま戻りました」


 安心したように微笑む二人を見て、プルーも涙が溢れ出した。くしゃくしゃになった顔で、両手いっぱいに抱き締めた。


「ごめんね、ごめんね……! 二人とも本当にごめんなさい……!」


 頼りない主人でごめんなさい……。いつもこんな自分の為に、命をかけて戦ってくれて、ごめんなさい。


「えへへー、プルー様。その時はごめんじゃなくて、ありがとうが嬉しいんだよ?」

「そうですよ。俺達はプルー様に喜んでもらいたくて戦っているんです。たくさんたくさん……褒めて下さい」


 そんなの、たくさん褒めてあげる!


「ありがとう、フェン、リルン! 二人とも大好き‼︎」



 こうして互いの無事を確認し合い、一同は束の間の安堵と喜びを噛み締めていた。

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