44/死、死、死、死‼︎
そもそもアザークという人間は、エスクカリバーのクエストを請けるまで小さな挫折すら味わったことのなかった恵れた人間だった。
そこそこ容姿にも恵まれ、サムサという幼馴染と共に強い男を目指し、セツナという可愛い彼女と将来を誓い合い、グライムという尊敬する師匠と共に冒険に明け暮れ……本来なら平凡に年を重ねて老いていくはずだった。
そんな彼が、多くの信者を抱えている大司祭エンドールと決死で剣を交えているのだ。なんという悲運だろう。なんて嘆かわしい不運だろう。
「死ね、死ね死ね! お前なんか死んでしまえ!」
司祭の癖に確実に急所を狙ってくるエンドールに、またしても苦戦を強いられていた。ジークはエクスカリバーが馴染んできたと気休めを声掛けてくれたが、どうしても奴に勝てる未来が見えてこない。
「どうしてジークでなくお前なんだ! 認めない、僕がどれだけ努力をしてきたと思っているんだ! 認めない、認めない!」
どんどん強まるエンドールの攻撃に受けるだけで精一杯だ。悔しいけど全てにおいてエンドールに勝てる要素が見当たらない。
気圧されてたじろいだ隙を突かれ、右肩を抉るような斬撃を負ってしまった。
———痛ッ!
いくら心臓や脳をやられない限り絶命をしないとはいえ、痛覚が残っているせいで自然と怖気ついてしまう。逆に何故エンドールは果敢に攻められるのか不思議なくらいだ。条件だけを見ればアザークの方が優位だというのに。
そんな彼に苛立ちを覚えていたのは、本人だけではなかった。壁際で様子を見ていたジークも同じように憤りを抑え切れなかった。
「……チッ、あのクソ野郎。なんで訓練の時みたいに動けねぇんだ?」
余裕のある状況ではアザークもジークに劣らない戦力を発揮していた。それにも関わらずエンドールには気迫で押されている。
———
前に死を経験したことのあるアザークにとって、その体験が足枷になっている可能性があった。一度は邪竜によって滅された記憶、そして二度目はエンドールによる敗北。
その時の記憶が本来のアザークの力を発揮する邪魔をしていたのだ。
歯痒い……っ、だが力の譲渡をしている今、下手な手助けは足手纏いになりかねない。何か方法はないのだろうか?
次第に傾き出した状況に焦りを覚えた。まずいな、このままでは打つ手がなくなる。
爪を噛み、次の手を模索していたその時だった。最下層で待機していたはずのキウイが、エントランスへと姿を現したのだ。
「アザーク……! アザーク‼︎」
思いがけない声に、アザークとジークにより一層の焦燥が襲った。そして歓喜に満ちたエンドールは、心から躍動を抑えきれずに笑みを浮かべて振り返った。
「やっと会えたね! ずっとずっと君に会いたかったよ!」
満面の笑みを向けられたキウイは、引き攣った顔でジークの元へ向かった。気持ち悪いったら、ありゃしない。
「おい、お前……! なんでここに⁉︎」
「心配で様子を見に来たんだ。状況はどうなんだ?」
キウイの言葉に難色を示した。良くない……今のアザークでは敗北を免れない。トラウマの克服なんて一朝一夕で出来るものでもないし、ましてやこの状況では確実に無理だ。打開の策がないと顔を顰めるしかなかった。
「大丈夫だ、ジーク。私に任せろ」
するとキウイはアザークに視線を固定し、詠唱を唱え始めた。彼の潜在能力を活かすには、支配して操るしかない。エンドールにも姿を晒している状況なのでキウイが襲われたら元の子もないが、他に思いつかない。
戦闘に身を投じているアザークの脳に直接語りかけた。
『———アザーク、聞こえるか?』
『キウイさん……? 何でここに⁉︎ 安全な場所にいないと危険なのに!』
『私なら大丈夫だ。それよりアザークに頼みがある。私に、お前の全てを委ねてくれないか?』
全てを委ねる?
一瞬、理解ができずに戸惑ったが、キウイの真剣で覚悟を決めた声色に頷いた。
『全部、任せます———頼みます!』
『よし、分かった。任された……!』
「ジーク、これから私がアザークの身体を支配してエンドールを討つ。その間、私は無防備になるが良いか?」
「マジか……! あぁ、任せときな」
安堵の笑みを浮かべた瞬間、キウイの意識が消えてアザークの身体に憑依した。
不思議な感覚だった……自分の意識もあるのに、身体の自由が効かなくて。それにさっきまで押されていたのに、勝利を信じて止まないキウイが果敢に反撃を繰り広げ出した。
「ははは、この程度か! 弱い、弱いのう! アザークも情けない奴だ、こんな奴に負かされていたのか⁉︎」
「なっ、急に何だ、コイツ!」
おい、キウイ! お前って奴は……! 余計なことを口にするな!
だが余所見をする暇も与えることなく、どんどん押し始めた。勝機が見え始めた。これならいけるかもしれない。
だがエンドールも黙ったままではいられなかった。ギリギリと歯軋りを立てて、苛立ちを露わにした。
「クソクソ、僕が負けるなんてあり得ないんだァ‼︎」
「そうか? 私にはお前が地に這いつくばって泣き喚く未来が見えているぞ?」
さっきまでとは全く異なる攻撃法に、エンドールは翻弄されていた。守り一手だったのに、今度は奇天烈な攻撃ばかり仕掛けて、まるで別人のようだ。
「………別人?」
視線を横に向けて余所見をした瞬間、エンドールに大きな剣筋が入った。斜めに振り下ろされた斬撃は、致命傷にもなり得る大きな一手となった。
これは大きな好手だ! ジークが確証を持って握り締めた瞬間、大きく見開いたエンドールの目が二人の姿を捉えた。
「僕が負けるなんて……絶対に認めない」
その彼が懐から出したのは、ボタン一つで簡易に爆破できる爆撃装置だった。止めに入る間もなく、それは押され———気付いた時には目の前が真っ白になり、強烈な風爆が三人を襲った。
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