41/ジークとハル

 思えばエンドールをはじめとする聖教会団との因縁は、いつから始まっただろう? 争闘に身を投じながらジークは考えていた。


 以前は互いに干渉し合わない、無害な関係を保ち合っていたのだが、いつしか【蘇生術】なんて紛いもので関心を集め、寄付を募って布教して着々と領域を広げたのが、現下対立している聖教会団だ。


 彼らはアーサー城を本拠を構えていたジークを模範に、処女を崇めて真似事をし始めた。

 だが少しずつ方向性をたがい、無抵抗な少女たちを傷つけたり、蘇らせるといったパフォーマンスを行うようになった。だが、実際彼らがしていたのは降霊術……死体に悪霊を取り憑かせる邪道な手法だった。

 それでも死んだ人間が動き出す奇跡に、人々は感動して素晴らしいと賞賛の嵐を湧き起こした。


 本人とも限らない魂とすぐに腐ってしまう遺体を大事に抱えて、信者たちは縋るように媚び続けた。


 ハルは———そんな聖教会団を深く信仰している両親の元に生まれた憐れな少女だった。彼女が十二歳の頃、生贄として捧げられ、地下深くに監禁し調教されていたところを内偵していたジークが発見した。


 元々フェミニストであるジークは、処女狩りをしていた聖教会団を好ましく思っていなかった。いや、丁重に扱っているなら百歩譲って許すとしよう。尊厳もクソもない扱いに酷く苛立ちを覚えていた。


 そしてハルもまた、そんな被害者の一人だった。手足の爪を剥がされ、逃げないように四肢を潰され、死んだ方がマシだと思う程の地獄を味わされ続けられていた。


 ただ、他の少女と違って、ハルの目に望みの色が消え失せていなかった。

 その目力にジークは惹かれた。


 本来なら聖教会団の手の掛かった人間なんて、面倒だから関わらないと決めていたというのに。


 ただでさえ小さな身体が、手足を奪われたことで更に小さく見える。痛みに耐えながら浅く息をする彼女に、ジークは声を掛けた。


「———惨めだな。人間ってのはこうなっても信仰をやめないもんなのか?」


 返事はない。

 彼女は睨みつけるだけで、何も言わなかった。いや、言えなかった。

 ハルの舌は切られ、上手く言葉が発せられなかったのだ。それ以前に痛みに耐えるのに必死で、話す余力すら残っていなかった。


「クソの元に生まれたことを悔やんでいるか? 何にせよ憐れだな。けどそんな君に朗報だ。さっきまでの俺は心底気分が悪かった。教団の奴が俺がいない間に俺の愛する彼女ハニー達を攫って、魔女狩りと称して火炙りにしやがったんだ。腹いせに全員処してやったところだから、君のことを痛ぶるクソ野郎はもういない」


 とは言え、ここまで痛めつけられていては力尽きるのも時間の問題だろう。

 これも何かの縁かと、ジークは屈んで彼女に問いかけた。


「俺なら君を助けることができる。ただし、その方法は手足をもがれるよりも酷い痛みを伴う。それでも君は生きたいか?」


 憤怒に染まっていた瞳に光が差した。

 この人生をやり直せるのなら、やり直したい。


「いぎだい……わだぃは、いぎだィ」


 こうしてハルとジークは出逢った。

 その時のハルの羽毛のような軽さは、決して忘れることはない。


 そして数年が過ぎた今、しぶとく蘇った聖教会団は雲霞の如くジークに襲い掛かっていた。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も———!


「テメェらはウゼェんだよ! さっさとくたばれ‼︎」


 予め仕込んでいた靴のナイフと使い勝手のいい短刀で幾多の兵士を斬り倒したが、終わりが全く見えずに流石のジークも疲労し始めた。確実に仕留めるために急所を狙うが、それも次第に外し始め、無駄な動作が増え始めた。


 その点を考えると、遠くで暴れている獣狼達の方がよっぽど敵を圧倒していた。愛する彼女を守る為に鍛えていたつもりだが、やっぱり全盛期に比べると足元にも及ばないと自分の情けなさを痛感した。


「アザーク、無事か⁉︎」

「はい! 俺は大丈夫です!」


 聖剣の守護者であるキウイからエクスカリバーを継いだアザークも、思っていた以上に健闘している。ジークの力を分け与えているのも要因の一つだが、それでも目覚ましい成長である。


『———情けねェな、俺が一番足を引っ張ってるみたいだな』


 とはいえ、まだまだ弟子に負けるわけにはいかない。切れた口角を親指で拭って気合いを入れ直した。

 目では捉えられない瞬足の速さで、次々に命を狩っていく。その様子を見たアザークも思わず絶句した。


「ジーク師匠……鬼かよ。一人で半分は壊滅してるぞ?」


 強いとは思っていたが、想像以上の結果に味方ながらに引き気味だった。しかもその実状に満足してないなんて知ったら、流石に絶句しただろう。


 だが今はそんな考えている場合ではない。自分は自分の役割を果たすだけだ。敵陣の奥深くで静観して待つエンドールを討つために、少しでも余力を残して挑まなけれならない。


「アザーク、お待たせ! 私が道を作るから突っ走れ!」


 声が届く距離まで来ていた獣狼が叫んだ。

 彼女はリミットを外して、大きな狼の姿に身を変えて雄叫びを上げた。


 やるじゃねぇか、獣狼!

 変貌した彼女に跨り、そのまま一気に突き進んだ。目指すはエンドール———……!


 やっと視界に捉えた敵将の姿に剣を構え直したが、敵も無策で戦に臨んではいなかった。今までとは桁違いの殺気がアザークに襲い掛かる。咄嗟に見上げると、暗闇に紛れて襲い掛かる敵兵を捉えた。


 ぶつかり合う刃に衝撃が走る。一撃が速いのに重い。コイツはそこら辺の兵士とは訳が違う。黒装束に身を包んだソイツに、エンドールが声を掛けた。


「遅いよ、ワイズ。僕にもしものことがあったら、どう責任をとるつもりだったんだい?」

「申し訳ございません、エンドール様。失態は此奴の首で償います」


 細長い見たことのない剣を両手で構え、ワイズと呼ばれた女性は戦闘状態に入った。

 くそっ、こんな奴の相手をしてる場合じゃないのに! エンドールを目前にしてアザークは焦燥していた。

 だが敵の戦力が多い今、獣狼に頼るわけにもいかず、やむ得ず迎え討つ展開を選んだ。


「はぁー……こんなつまらない戦いよりも、あのダークエルフの女の子と戯れたいのになぁ」


 自らの為に命を賭けて戦う兵士を前に、エンドールは退屈そうに欠伸をして眺めていた。


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