34/愛しいハニーを守るのが、男の役目だろう?

「ついてくるんじゃねェよ、このクソ野郎。良い女を侍らかして自慢するような奴、俺は大っ嫌いなんだよ!」


 そうは言っても、ジークの助けがなければ聖教会団のエンドールに対抗する術がない。嫌と言われても食らいつくしかない。

 早歩きで歩くジークに必死についていくアザーク達。どんどん不機嫌になって行くのが分かったが、そんなことお構いなしだ。


「くそ、テメェ! 実は女の子が好きと見せかけて、俺のケツを狙ってんのか! 俺にその気はねェんだ! さっさと消えろ!」

「俺もねぇよ、勘違いすんな!」

「それじゃ、何でついてくる? ハニーの為に買ったケーキは絶対にやらねぇぞ? それでも奪うっていうなら———」


 裏路地に入り、人目がなくなった時を見計らって、ノールックで顔を目掛けて蹴りを放ってきた。革靴のソールが一瞬で鼻先を擦った。少しでも反応が遅ければ、アザークの顔は吹っ飛んでいただろう。


「この蹴りを避けるとは、そこそこやるな。可愛い女の子を傷つける趣味はないんで、手加減したのがいけなかったかな……?」


 これで手加減だと……? 無駄のない上段蹴りに思わず生唾を飲む。スラっと伸びた漆黒のスラックス。ベストに白いシャツ、紅いリボンタイと黒縁メガネ。スタイリッシュな見た目からは想像できない攻撃的なスタイルだった。


「何だ、やるのか? やるならそのかわい子ちゃんから離れろ。サシのケンカなら買ってやる」

「いや、違……! 俺は」


「全くジーク……お前って奴は、相変わらず男には容赦ないのぅ」


 異空間から姿を現したキウイとプルーの姿に、事情を知らないジークは無様に口を開けた。


「おい、お前ら! 守護は⁉︎」

「従者の為に持ち場離れて、洋菓子買ってる奴には言われたくないぞ!」


 やっぱりそうなのか……ハーレムの女の子の為に買い出しに出向くなんて、随分とイメージからかけ離れていてショックだった。アッシーなのか? いいように使われているのか?


「仕方ないだろう、愛するハニーの為なら俺は何だってする。本来なら洋菓子店丸ごと買い上げて、毎日でも食べさせてあげたいほどだ。ただ、せっかくたくさん買ったところで、ハニーは少ししか食べないんだがな……」

「なら私達に譲れ。皆で美味しく召し上がってやるわ」

「いや……それはそうと、何でお前らがここにいるんだ? 聖剣の守護者だろう? ちゃんと守れよ」


 いきなり核心を突かれ、キウイも顔を目を泳がせて顰めた。だが話さないわけにはいかない。


「これには事情があるんだ。ジーク、お前は聖教会団のエンドールって大司祭を知ってるか?」


 エンドールの名が出た瞬間、ジークの顔が酷く歪んだ。この様子だと深い因縁がありそうだ。


「あのクソ野郎か? あぁ、知ってるも何も、毎日のようにドンパチ沙汰だぞ? それがどうした?」


 やはり。エンドールのダークエルフを毛嫌いした様子は、もしかしたらジークが関わっているのかもしれない。キウイは更に渋い顔になりながら、謝るように告白した。


「……申し訳ない。そのクソ野郎にレーヴァテインを奪われた」


 あまりにも信じ難い事実に言葉を失い、そのまま項垂れるように蹲った。心底、深ーい深———い溜息を吐いた後に「———クソがっ‼︎」と爆ぜるように吐いた。


「おい、知ってるのか? アイツは聖剣なしでも、めちゃクソ強いんだぞ? 今までは何とか追い払えてたけど、マジかよォー……」

「知ってる。私も危うく死に掛けた。いや、むしろ深傷を負ったくらいだ。実質、負けたようなもんだ」


 言いたいことは山ほどあったが、憂いを帯びたキウイに何かを察したジークは、あえて追求するのをやめた。

 普段あれだけキウイの回りに張り付いていた、世話焼きの美人の姿が見当たらない。受け止め難い事実だが、そういうことだろう。


「この世から、また一人美しい女性ひとが消えたのか。胸が苦しいな……。いや、それより、もしそれが事実ならハニーが危ないじゃねぇか! 詳しい話は城で聞こう!」


 ジークが指をパチンと鳴らした瞬間、辺りが闇で包まれ、そのまま視界が閉じた。テレポートの類だろうか? 気づいた時には、全く知らない古城に移動していて、自分のことなのに状況が理解できずにいた。


「ハニー、無事か? 大丈夫か⁉︎」


 黙っていれば超絶イケメンのジークだが、どこか締まりがないのが残念だ。散々騒ぎ回った挙句、一番奥の寝室から一人の女性が目を擦りながら姿を見せた。


「ジーク、うるさい……そんなに叫ばなくても、聞こえる」

「ハニー! 無事で良かった。君に何かあったら俺は、世界が滅びるまで狂い廻るところだったよ」

「ジークが言うと冗談にならないから、よして?」


 新雪のように真っ白な肌に、透け透けのネグリジェ。あまりにも芸術的なエロスだが、さすがに直視するのは失礼だろうと、思わず目を背けてしまった。この儚い透明感のある美女が、ジーク自慢の従者らしい。


「ハニーの名前はハルだ。あぁ、ハニーから離れなければならなかったなんて、胸が張り裂ける思いだったよ」

「———ハルです。ねぇ、ジーク。お客様がいらっしゃるなんて聞いてないんだけど? しかも男の人までいるなんて。私、今はこんな格好なんだけど?」


 ハルの言葉でやっと気付いたジークは、即座に三段蹴りを繰り出し、アザークを抹殺しようと試みた。


「———今すぐハルの記憶を抹消しろ。でないと殺す……!」


 み、見てな見てない! 直視してないので大丈夫です! 流石に下着姿の女性をマジマジと見るほど、人間腐ってはない。


「ったく、油断の隙もない。っと、一応これでハニーの無事も確認できたし、話を聞こうじゃないか」


 こうして勢揃いした守護者達は、世界の危機について語り出した。


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