31/被害者ボウグの証言

 第三の守護者ジークの元へ向かって旅を進めたキウイ達だったが、その足取りは決して早いとは言えなかった。


「次の街はリーフトルクです。そこそこ大きな街で、討伐ギルドも大きな集団が所属してるので、くれぐれも気を付けてください」

「ふむ、了解した。ところで……その街にも洋菓子はあるのか?」


 ———でた、またデザートだ。


 街に寄る度に、洋菓子店や喫茶店で暴食をつづけるキウイ達。これだけの女性が集まれば、仕方ないことなのだろうか?


 この男女比率、勘弁してくれ。少しは誰かに相談したい、共感してもらいたい。


「あぁー、ねぇキウイ! あそこに人が倒れているわ」


 あともう少しでリーフトルクに着くというところで、死体のように横たわる少年を見かけた。まるでホームレスのように薄汚れた服、泥まみれの手足。酷くやつれた顔を見て、アザークは顔を顰めた。


「キウイさん、もう手遅れかもしれない」

「いや、まだ息はある。助けてあげようじゃないか」


 回復魔法を詠唱し、微かだった呼吸が安定してきた。この人は口も性格も悪いくせに、根は優しい人なんだよな。


「ふふん、褒めてくれてもいいんだぞ? ギューっと抱き締めたり、頭を撫でたり」

「子供みたいなことを言わないで下さい。それにしても酷いな……こんなに小さいのに、鞭に打たれた跡がある」


 背中には大きな肌を裂いた跡。そしてふくらはぎの辺りにも、幾つものミミズ腫れが浮き出ていた。


「———おねえ……ちゃ」

「ん?」


 少年の目尻に光るものが見えた。涙か……。


「訳ありかのぅ? 一先ず私とアザーク以外は姿を隠しておれ。見つかると面倒なことになるかもしれない」


 少年が目を覚ますまでは街に入るのは控えようと、近くにテントを構えて待っていた。余程疲れていたのか、一向に目が覚める気配がない。


「ふふふ、こうして三人でいると、まるで親子のようだな。アザーク、お前さえ良ければ、本当に子供を作ってもいいんだぞ?」

「あ、目を覚ました。大丈夫か?」


 キウイの戯言は軽くスルーして、意識を取り戻した少年に寄り添って声を掛けた。


「あれ、僕……生きてるの?」

「あぁ、行き倒れになっていたところを、この人が助けてくれたんだ」

「私はキウイ、お前の命の恩人だ! ひれ伏せて感謝してもいいんだぞ?」


 すると少年は、何の抵抗もなく頭を擦り付けて「ありがとうございます、キウイ様」を感謝の意を示してきた。

 まさか本当に実行するとは思わず、張本人が焦る始末だ。


「あ、アザーク! コイツ、頭がおかしいぞ? 何なんだ?」

「自分で言っておきながら、何してんだよ……。おい、そんなことする必要ないんだぞ。普通に『ありがとう』でいいんだよ」


 だが少年は、首を横に振って否定した。


「僕のような人間は、他の人を不快にさせたらいけないのです。それが世の決まり事なのです」


 舌足らずな口調で、不釣り合いな言葉を吐くから、余計に気持ち悪かった。

 イヤな予感しかしない。


「俺の名前はアザーク。君は?」

「僕はボウグ。聖教会団に所属している信者です」


 聖教会団……あの忌々しいエンドールの団体か。こんな無垢な少年まで洗脳するなんて、本当に腐っている。

 あまりの嫌悪感に、吐き気しかしない。


「ところでボウグは、どうしてあんなところで倒れていたんだ?」


 すると彼は眉をハの字に垂れ下げ、今にも泣きそうな顔で話してくれた。


「僕の姉がエンドール様に粗相をしてしまい、父上と母上は鞭叩きの刑に。そして二人の姉はご奉仕に出されました。そして残った僕は、息を引き取った父と母の遺体を片付けるように命じられたのですが、上手く運べなくて、鞭で叩かれました」


 ———あまりの惨さに思わず舌打ちをした。想像しただけで腑が煮え返りそうだ。そして何が悲しいって、ボウグの奴が、親の死よりも、上手く運べずに迷惑を掛けたことを気にしていることが気に食わなかった。


「僕がちゃんとしていれば、こんなところに捨てられることはなかったのに。キウイ様とアザーク様にもご迷惑お掛けして、申し訳ございませんでした」

「謝る必要なんて何処にもない! くっ、エンドールの奴……! やはりあの時に息の根を止めればよかった!」


 怒らないボウグの代わりに腹を立てていると、急に立ち上がって酷い剣幕で怒り出した。


「エンドール様のことを侮辱するな! あの方ほど素晴らしい人はいない! 何人たりとも侮辱は許されない!」


 まるで人が変わったように喚き出したボウグに、二人とも恐怖を覚えた。これが洗脳……っ! 怖い!


「わ、分かった、分かった! もう言わないから、な?」

「分かったなら、土下座をして謝罪して下さい。そしてエンドール様に忠誠を誓って、地に口付けをして下さい!」


 なっ、なんて言うマインドコントロール。

 あまりの洗脳っぷりに、アザークは呆れ返っていたが、ワナワナと震えて爆発寸前なキウイは、とうとう限界を超えてしまった!


「何だ、貴様は! そんなに奴が偉いか⁉︎ それじゃ、何だ? あのまま野垂れ死のうとしていたお前を、エンドール様が救ってくれたか? 無理だろう? 現に助けたのは私だ! よってお前が尊敬すべき対象はエンドールではなく私、キウイ様だろう!」


 うわぁー、また出たよ。こんなどっぷり洗脳された末期の信者には、何を言っても無意味なのに……。


「確かに、僕の命を救ってくださったのはキウイ様です! これからは貴女を敬います!」


 うっそ、軽! 変わり身早ェーな!

 話を聞いてる限りでは、家族も殺されて天涯孤独の身だろうし、他に迷惑をかけなければ問題はないだろう。


「ところで、ボウグ。もっと色々教えてくれないかのぅ? そのエンドール様とやらについて」


 久々に見た悪役顔をしたキウイ様。こうして俺たちは、ボウグの話を聞くことにした。

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