28/遺された者

 幸い、邪竜の火炎のおかげで一命を取り留めたキウイ達だったが、その代償はあまりに大きかった。


 契をなくした従者は、跡形もなく消え失せる———……。灰となって消えた邪竜も例外ではなかった。

 ただ、一つのものだけを例外に遺して。


 ドクン、ドクンと———力強い鼓動が刻まれる。

 だが、アザークには理解ができなかった。何で俺なんかの代わりに死んだ? 俺みたいな無力な人間よりも、邪竜の方がよっぽど役に立つのに。

 肉体的な強さも、他の仲間からの信頼だって。どれを取っても邪竜に勝れるものはなかった。


 目を閉じれば、思い出すのは邪竜の笑いかける顔———……。

 そしてあの夜の、叱咤する声が鮮明に蘇る。


『私はキウイ様が大切だ! あの方が悲しむ姿は見たくない!』


 邪竜。アンタが死んだ今、大切だと言っていた主人は、ずっと泣いてるぞ? 見たくないと言っていたアンタが悲しませて、どうするんだ……?


 だがその声は届くことはない。無情に心拍を刻み続ける心臓しかなかった。



「ねぇ、キウイ様……本当に邪竜は死んじゃったの?」


 長年、共に時を過ごした獣狼達にとって、衝撃的な別れだった。永遠とも思えていた友が亡くなり、どうしようもない消失感に戸惑っていた。


「違う、死んだのではない。繋いだのだ」


 そう、邪竜は新たな存在に命を繋いだのだ。アザークという男に命を託したのだ。終わりではない、終わりではないが———!


「くそっ、アザーク! アザークはどこに行ったんだ!」

「アザークなら外を歩いていたよ? 崖の辺りで黄昏ていた」

「彼奴め、いつまでもメソメソメソメソと……! 皆もそうだ、邪竜は死んだのではない! アザークの心臓となり、今も息衝いている! だから悲しむ必要はない! もし邪竜に会いたくなれば、アザークの心臓に話しかけるがいい!」


 ———え?


 外から戻ってきたと同時に宣言された言葉に、一気にシリアス感が消え失せた。もっと哀愁に浸らせてくれよ、キウイさんよー?


「あぁ、戻ってきた! アザーク、心臓の音を聞かせて!」

「私も、私も!」

「ポヨポヨポヨ!」


 皆が一斉に押し倒してくる。待て、せめて順番……! 重っ、苦しィ……重たいって言ってるだろうが!


「ダァァァァァーッ、何だよお前ら、揃いも揃って! 順番に並べ! ここで俺が圧迫死したらお前らのせいだぞ!」

「うへぇー……怒る様子が邪竜みたい。懐かしいー」


 お、俺は俺なのに? どうしよう、成すこと全てが邪竜に重ねてみられる気がする。生き残ったのは俺なのに、俺の存在が消え失せそうだ。


 こうして、皆が代わり代わりにハグしにくるようになった。何故か然程交流がなかったはずのプルー、フェン、リルンまで。


「あ、アザークの心臓の音を聞くと落ち着くよの! 黙って聞かれてなさい!」


 プルー、お前はツンデレだったのか? だが次第に前の明るい雰囲気を取り戻しつつあって、安心し出したのも事実だった。

 そして一番心配していたキウイも、皆が静まり返ってからひっそりと邪竜に会いに来ていた。

 雑魚寝をしている皆を横目に、キウイは無言で抱き付いて耳を当てていた。


 しっかりと腕を回して、静かに鼓動に耳を傾けていた。


「……順調に鼓動を続けているな。良かった」

「お陰様で。むしろ邪竜の心臓になってから、潜在能力が上がったというか、全てのステータスが上がって驚いているよ」


 悪いことばかりでなくて良かったと、少しは思って欲しい。それでも邪竜の足元にも及ばないと思うけど。


「アザーク、お前が気に病むことはないんだぞ? これは邪竜が望んだことだ。お前が生きてくれて、きっとアイツも喜んでいると思う」

「それならいいけど」


 いつもより長く抱きつくキウイを、少しだけ意識してしまう。彼女は邪竜の心臓に会いに来ているというのに、不謹慎なことを考えてしまう自分が嫌になる。


「………どうした、アザーク。心臓が騒がしくなった気がするが?」

「べ、別に? 気のせいだよ」


 正直、しおらしいキウイは綺麗で、毎晩毎晩頭を悩まされる。

 邪竜がいなくなって、そんなに日も経っていないのに最悪だ。


「………ふふっ、アザーク。今日はこのまま寝てもいいか?」

「え、このままで?」

「そうだ、今晩は私の抱き枕となって眠るがいい。光栄だろう?」


 あ、いつもの高飛車なキウイさんに戻った。この彼女なら大丈夫だ……って思ったけど、最近の俺はおかしいらしい。キウイさんのことがキラキラして見えて、つい目で追ってしまう。


「なぁ、もしもの話なんだけど。邪竜の心臓をもらった影響で、邪竜の人格や考え方が俺に侵食することってありえるんかな?」

「んー……どうだろうな? もしあるとしたら、嬉しいな。お前の中で邪竜が生きている証拠だ」


 そうか、確かに嬉しいな。

 それじゃ、キウイさんに芽生えたこの感情は、素直に受け入れよう。俺はキウイさんの笑顔が見たい。キウイさんにずっと笑顔でいてもらいたい。


「キウイさん……笑ってくださいね、ずっと」

「———あぁ、約束だ。その時はずっと隣にいるんだぞ?」


 こうして俺達は、寄り添うように眠りについた。二人の夢に笑顔の邪竜が現れたのは、きっと偶然ではないと———俺は信じたい。




………★

今回、一気に更新したのですが、沢山の方に見に来て頂いて、本当に嬉しいです!

そして皆様の応援、そしてレビューや★、ありがとうございます✨とくにレビューは、他の方にも読んでもらえる架け橋になるので……これからも頑張って執筆するので、皆様の応援よろしくお願い致します!

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