26/さぁ、跪け……皆、僕にひれ伏せるがいい

「くっ、貴様が聖剣を奪い出した張本人か……っ! 何も知らないで、能天気な野郎よのぅ」

「それは君達に言いたいんだけど。無闇に人々を恐怖に陥れて。まぁ、おかげでお布施がガポガポ———……。あれぇー、もしかして僕達ってウィンウィンの関係なのかな?」

「知らん! 少なくても私にとっては、お主は邪魔邪魔、糞以下の存在だ!」


 先程から無利益な討論が繰り返されている。

 ある意味、同レベルの者だけが許される発言に、アザーク達は傍観者にならざる得なかった。


 ピリピリと肌に突き刺さる殺気。

 さっきから指先が小刻みに震えて、止まらない。


「———本来、死者を甦らせるという偉業は、僕達司祭だけが許された特権だったんだ。皆は失った愛しき人を求めて、死に物狂いに金を集めてくれた。だから僕も叶えてあげたよ? でもさぁー……唯一無二でないと『奇跡』って呼べないだろう? だから邪魔なんだよ、君達ネクロマンサーが」


「ほぅ、奇遇だな。私も大っ嫌いだよ、お前みたいな暴利を貪る愚者は……」


 互いに剣を構え、相手の出方を窺っていた。


 その端で、必死に蠢めくグライムの姿があり、この様な姿になっても尚、生きようと足掻いていた。

 おそらく放っておけば出血多量で野垂れ死ぬだろう。だがその先にはセツナがいた。手足の復活はできなくても、止血くらいはできるかもしれない。


「あ、セツナ。その駄虫に手を出したらダメだよ?」

「は……はい!」


 釘を刺されたセツナは、伸ばしかけた手を戻した。絶望で青ざめるグライムは、死にたくない一心でエンドールに懇願した。


「お願いです、エンドール様! ちゃんとアンタの言う通りに聖剣を取って来たじゃねぇか! 俺は役に立つ! だから」

「———だから? 御慈悲を下さい……て、言うの?」


 蔑んだ目。あぁ、無理だ……詰んだと死を受け入れた。


「僕はね、綺麗なものが好きなんだ。地を這いつくばった君よりも、あのダークエルフの方が幾分かマシだね。まぁーどっちも最悪だけど」

「あ、あぁ……御慈悲を」


 エンドールは微笑み、剣を掲げた。


「神様に願いなよ。君みたいな駄虫が救われるとも思わないけれどね」


 眉間に刺さるレーヴァテインと、裂けた師匠を見て、呆気ない終わりだと憐れんだ。

 そしてその遺骸を震えて見つめる、もう一人の裏切り者。


「………ねぇ、セツナ。僕の聖剣が汚れてしまったよ。何か拭き取るものを」

「す、すいません! 今すぐ用意を!」


 だが軽装だった彼女は、何も持ち合わせていなかった。焦り、取り乱すセツナはどんどん追い詰められていった。


「———早くしてくれない? あの殺気だったダークエルフが、早く交えたいって言ってるんだ」


「ヒィッ!」と竦み上がったと同時に、服を脱ぎ、下着姿で跪いて剣の血を拭った。まるで躾けられた犬の様な仕草に、エンドールの前では人権なんて皆無だと思い知らされた。


「いい子だね、セツナ。お利口な君は好きだったよ」

「こ、光栄です! これからもエンドール様の為に心身共々尽くさせて頂きます!」

「本当に良い子だ。———でもね、僕は色欲に溺れた非処女は大っ嫌いなんだ。これ以上、僕にくっさい臭いをばら撒かないでくれ」


 死の宣告にも近い言葉に、セツナは気が狂いそうになっていた。この人に嫌われたら生きていけない。自分だけじゃない、私の家族も、友達も、私が大切に思っている人間を村八分に追い込む、それがエンドールの手法だ。それだけは避けなければ!


「あ、あァ……ッ、それだけはお許し下さい……何でもしますから、エンドール様」


 彼の靴を舐め、犬の様に縋って強請った。

 だが彼女の行動に反比例するように、エンドールの気分は駄々下がっていた。


「聞こえなかった? これ以上ばら撒くなって言ったんだ。死体になっても尚、漂わされても困るから、さっさと消えろ」

「ひっ、ヒィぃぃーッ‼︎」


 死に物狂いで逃げ惑って、セツナはあっという間に消え失せた。


「ねぇ、君もそう思いだろう? 女性は穢れを知らない処女が一番美しい。快感に溺れたイブなんかよりも、神に魅せられたマリアを、僕は崇高するね」

「———別に俺は、アンタみたいな拘りはないんで。処女だろうが、そうでないだろうが、一途な女性が好きだね」

「ふぅん……意外とつまらない人間なんだね、君も。さぁ、お待たせ。ゴミ掃除は終わったよ。存分に戯れようじゃないか」


 やっと始まった一戦。

 あれだけ待たされたのに、終局は呆気ないものだった。


 先に攻撃を決めたのはエンドールだった。

 彼の一撃がキウイの顔面を目掛けて飛んできて、それを打ち消す為にエクスカリバーで防ぎ、その間に距離を詰めたエンドールが二波を打ち付けてきた。

 酷い風圧が身体を吹き飛ばす、とても踏ん張れるものではないと歯を食いしばった時、キウイの胸元を貫こうとする剣先が見えた。


「キウイ様ァァァァー!」


 その瞬間、自分でも信じられない力が発揮された。全身の細胞が滾り、凌駕した。


 だが、次の瞬間の記憶が、アザークから飛んでしまっていた———……そう、何も覚えていなかった。

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