25/新たな強敵

 久々に再会した弟子に馬鹿にされ、殴られて鼻血を垂れ流したグライムは、手に入れたばかりのレーヴァテインを持って追いかけた。


「待て、このクソガキィ! ぶっ殺してやる!」

「二度も殺されてたまるか! 下衆野郎!」


 そして、その後ろを付いてくるセツナ。元々回復補助要員である彼女は、二人に付いて行くだけで必死で、あっという間に姿が見えなくなった。


『アザーク、そのまま真っ直ぐ走ってこい。お前が通り過ぎた瞬間、奴を滅する!』


 頼もしい言葉が脳内に響き渡る。

 だが、アザークの脚力よりも先に、グライムの攻撃が襲いかかった。振り下ろした風が鋭い刃となって、アザークの背中を切り裂いた。


「ぐわぁ……っ!」


 痛いっ! 思っていた以上に深い傷を負ったが、今足を止めるわけにはいかなかった。傷ついたのが足でなかったことに感謝しながら、アザークは走り切った。


「逃げ足だけは一人前だな! 待てぇ!」


 いや、ダンジョン最下層で逃げた時の師匠には負けますから。あの時の貴方ほど、逃げ足の速い奴を存じ上げません。

 目標の樹木まで走り切ったアザークは、影に身を潜めたキウイと目が合い、そのまま委ねた。


「———エクスカリバー……久しぶりだのう。私に力を貸しておくれ」


 紅赤の眼が光り、彼女の身体から閃光が放たれた。腕に血管が走る。強く力の籠った手の甲にも、青筋が浮き出て、ギリギリと擦れる音を発した。


「クソォォォぉぉー……ッ! アザーク!」


 彼女が弧を描いた瞬間、空気が澄んだ———………。

 醜く叫んでいた師匠の手首が、切断された断面をゆっくりとズレ落ちた。


「………え?」


 振り切った剣を再び持ち直し、今度は突き刺すように仕掛けた。だが今度の攻撃は切断された腕の二の腕に刺さり、思ったよりもダメージを与えられなかった。


「クソっ! 何者だよ、この野郎! 殺す、殺す殺す殺す!」

「それは私の台詞だ。貴様は一生、己の過ちを悔やみながら朽ち果てろ」


 ほんの数秒の間に十数もの斬撃を与え、グライムの手足は宣言通りに木っ端微塵に粉砕された。


 こんなん最強チートじゃん!


「手足がもげて芋虫のようだのう? 地を這いつくばって、今はどんな気分だ?」


 悔しがるグライムを見下しながら、キウイはニヤニヤと勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「人間風情が、この聖剣の守護者であるキウイ様に勝とうなんて百年早いのだ! 生まれたことを後悔するがいい! これから先、有りとあらゆる痛みと苦痛を与えてやろう!」


 最早、どちらが悪役か分からない状況になってきた。くっ、キウイさん……御託はいいから、さっさと奴の息の根を止めてくれ。


 だが、こんな絶望的な状況にも関わらず、グライムは諦めが悪かった。必死に辺りを見回して、セツナの姿を探していた。


「おい、セツナ! 早く回復しろォ‼︎ 俺の腕を、身体を戻せェ‼︎」

「おいおいおい、ここまで粉砕した身体を戻す回復術なんて、余程位の高い人間しか出来ないぞ? 例えば、このキウイ様のような最高位のネクロマンサーでなければな!」



「へぇ、ネクロマンサー……あの罪深きダークエルフだけがなれる、業が深くて穢れた肩書きだよね?」


 よく通る耳触りのいい声なのに、どこか嫌悪感を拭えない声が響き渡った。


 高揚していた気持ちが、一気に引いた。

 一見、穏やかとも思えるその口調は、一線引いて残酷に思えたのは、きっと俺達がと見做されたから。


 こめかみを伝う冷や汗。

 固唾を飲み込み、一同は禍々しいを、ただ見ていた。


「あ、けど可愛いね。君こそ手脚を切り落として飼って愛でてあげたいよ。まぁ、ダークエルフなんて、糞みたいに呪われた種族でなければの話だけど」


 アザーク達は主人であるキウイを守る為に、咄嗟に身構えた。レベルが違う。あの邪竜でさえ怖じけるオーラを纏っている。こんな奴が人間だなんて、信じられない。


 やっと姿を見せたのは、真っ白な司祭の服を守った若い金髪の男だった。碧眼に整った顔だが、どこか人を見下す、屑の匂いがした。


「やたら臭いと思ったら、こんなにゾンビが戯れていたのか! 通りで死臭が酷いと思った。鼻がひん曲がると思ったよ」

「嘘を吐くな! 私の術式は完璧だ。死臭なんてするわけがない!」

「———やだなぁー、クリスチャンジョークだよ。ゾンビを見たら、とりあえず言いたくなるだろう?」


 ならねぇよ、失礼な奴だな!


 だが、そんな冗談も見過ごせなくなったのは、彼が手元で握っていた存在を目視した時だった。さっきまでグライムが持っていたソレを、なぜお前が持っているんだ?


「………これが聖剣レーヴァテインか。魔王すら凌駕する伝説の聖剣。やはり素晴らしい、これぞ僕に相応しい!」


 いやいやいや、ぽっと出が手にしていい代物じゃないから! 返せ、今すぐ跪いて「調子に乗って申し訳ございませんでした」と三つ指ついて謝罪しろ!


 ———と、心の中では豪語できるが、とても口には出せなかった。飄々としているくせに、内に秘めた強さは計り知れなかったからだ。


「ねぇ、お姉さん。そのエクスカリバーも僕に頂戴? 僕が華麗に魔王を討伐してあげるからさ」

「断る。何も知らない人間風情が、あまり調子に乗るでない」


 笑みを浮かべていた男の顔が、真顔になった。小さく嘲笑を溢したかと思ったら、蔑むように睨みつけてきた。


「ダークウルフの分際で、人間様を舐めるなよ」


 その男の名は、エンドール。

 セツナが所属していた教会団の主催であり、世界最高峰のエクソシスト。


 屍を弄ぶダークエルフを葬る者達、聖教会団のトップの人間であり、ギルドに聖剣収集の依頼を出した張本人でもあった。

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