「クーモ村」

21/気まずいんですけど?

 アザーク、キウイ、邪竜……いつも何かと煩い三人が、こぞって無口を貫いているせいで、とにかく空気が悪かった。

 特に獣狼はリルンと共に、眉間に皺を寄せて頭を悩ませていた。


「ねぇ、獣狼ちゃん。皆、普段からこんなに静かなの?」

「ううん、そんなことないよ? キウイ様は偉そうにしてるし、邪竜も口うるさいくらいにお節介だし。アザークは口が悪いし」


 おい、獣狼。俺だけシンプルにダイレクト悪口。もっといい例えはなかったのか?

 その時、異空間の出入り口からヒラヒラと手が舞った。


「アザーク、今日はお前が歩け。ノルマは寝泊まりが出来る、街か村だ」


 外から呼び出されたアザークは、無言のまま異空間から出た。入れ替わりにキウイとすれ違っても何も発さなかった。


「くっ、アザークの奴……! キウイ様に無礼な態度を取って! 邪竜、怒らなくていいの? 私の時はスゴい剣幕で怒ったのに!」


 憤怒して告げ口を叩いた獣狼だが、肝心の邪竜は上の空で、曖昧な返事しかしてくれなかった。


「もう、全く! こんなことじゃー、あのクズ男に負けちゃうよ!」


 そんな様子を黙って見ていたプルーは、皆が気付かない間に異空間から出て、歩き出していたアザークの隣を歩いた。


「……ねぇ、人間。昨日の夜、何があった?」

「え?」


 初めて二人きりで話したプルーは、キウイのように褐色の肌に銀髪に長い耳がピョコピョコ動く幼さが残る少女だった。とはいえ、その容姿とは裏腹に、何百年も生きているに違いない。


「いや、ちょっと、色々と……」


 事情が事情なだけに、迂闊に人には話せない。だがそんなアザークの心境なんて関係ないと言わんばかりに、彼女は毒舌をぶっ放してきた。


「アンタの事情なんて知らないの。ねぇ、すごく嫌な空気だから、さっさとキウイに土下座をして謝ってくれない?」

「な……⁉︎」


 何だ、コイツ! スゲェー偉そう! 同じ偉そうでも獣狼と違う、ムカつくタイプの上から目線だ!


「そもそもアンタは下僕って存在なんだよ? 主人の気分を害するなんて、下僕の風上にも立てないわね」

「あ、あの、ものすごく性格が変わってませんか、プルーさん」

「プルー様でしょ? 当たり前じゃない、普段は弱くて可愛らしい私を演じてるの。どうせ守るなら、か弱い子の方が守り甲斐があるでしょ?」


 キュルルンってポーズを取られてもさー、本性知った後じゃ、効果は見込めない。


「……二面生があるのは私だけじゃないのよ? 普段強がっているキウイだってそう。一番の年長者だからって、常に気を張ってて。本当は人一倍不安がりで、泣き虫なの。今だって涙を我慢してるのが、バレバレだよ?」


 あの人が……弱虫? とてもじゃないが、そんな素振り———いや、一度だけあった。サンドルーム山脈で支配の力を使った時だ。あの時、俺に嫌われたと思い込んで、邪竜に泣きついていたんだった。


「でも、俺は何も悪くないのに」

「バカね、アンタ、駄々をこねる子供なの? あのね、時には自分が悪くなくても頭を下げないといけない時があるの。分かる?」


 言わんとしてることは分かるけど、納得できない。だがプルーの言う通り、俺が折れるのが良いのだろう。

 悩んだ末、アザークは覚悟を決めた。


「プルー様、申し訳ないけどキウイさんを呼んでもらえないかな? 俺が謝るよ」

「うん、分かったわ。頑張りなさい、あなたなら大丈夫よ」


 まるでキウイのように慰める言葉に、アザークは腐っても主人なんだと感心していた。


 そしてしばらくしてから姿を見せたキウイは、しおらしい態度で俯きながら地に足を下ろした。


「キウイさん……」

「な、何だ? 昨日のことなら謝らないぞ? 私は何も悪いことはしてないからな!」


 彼女の態度は想定内だ。

 大人になれ、大人になれ……俺は皆が過ごし易い空間を作る為に、大人になるんだ。


「昨日は勝手に立ち去って、すいませんでした!」


 素直に頭を下げてきたアザークに、面食らった顔で困り出したキウイだったが、クッと歯を食いしばって「うむ……」と頷いた。


「そもそも俺にとって昨日のキスは初めてのキスだったから、軽い理由でされたのが悲しくて、それで怒ってしまいました」

「そ、そうだったのか? けどお前、あのセツナとかいう女と付き合っていたと」

「付き合っていても、健全な付き合いをしているカップルもいるんです。まぁ、彼女は裏で大人なお付き合いをしてたんですが……」


 だから俺は、恋にアレコレと夢を抱いていた。きっと巷の女の子よりもずっと、恋に憧れを抱いていたかもしれない。


「そうだったのか。それなら私もすまない。つい、照れ隠しだったんだ」

「照れ隠し……?」

「そうだ、私も———初めてだったんだ。その、男とキスするのは」


 いつも偉そうに踏ん反り返っているキウイさんが、真っ赤に顔を染めて、恥ずかしがっている。

 あれ、ちょっと可愛く見えるぞ……? 気のせいか?


「う、煩い、忘れろ! もうこのことは忘れるんだ! でも、私はまたお前にキスをする! いいな?」


 え、何それ? 俺の意見は?


「私はアザークと仲良くなりたいのだ! だからキスをする! それなら文句はないだろう?」


 勢いで言い切られたアザークには、頷くことしかできなかった。その答えを見たキウイは、満足そうに前を指差した。


「見よ、アザーク! 村が見えてきたぞ。今日は久々にベッドで眠れるな」


 こうしてアザーク達は、クーモ村にたどり着くことができたのであった。

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