20/ダメだと分かっていても

 突然されたキウイからのキスに、アザークは悶々と煩悩まみれに考え込んでいた。


 ———彼女は俺のことが好きなのか? だとしたらいつから? 惚れられるタイミングがあったか?


「ん、好き? そんな感情が必要か? 女が男を求めるのに理由なんて必要ないだろう? もし差し詰めて言うなら、お前が男だからかのう?」

「な、何だその理由?」


 バカにされているようで気を害したアザークは、逃げるように山奥へと向かっていた。


 初めてだったんだ———……。

 ずっとセツナとした約束の為に、守ってきたのに、そんな理由で踏み躙られたのが悲しかった。

 こんなことだから女々しいと言われ、浮気されたり寝取られたりするのだろう。


「アザーク……大丈夫か?」


 突然声をかけられ、慌てて目尻の涙を拭いて振り返った。バレてないよな? 声を上げて泣かなくて良かった。


「邪竜か、どうした? 眠れなくなった?」


 だが、彼女は黙ったまま何も話さなかった。歪めた表情で、ずっと立ったまま動かなかった。


「さっきの、アザークとキウイ様の様子を見てしまった。覗き見なんて卑怯な真似をして、申し訳ない」


 そっか、見られてたのか。

 よりによって一番知られたくなかった人に見られ、アザークもショックを隠せなかった。

 もし過去に戻れるのなら、なかったことにしたいくらいだ。


「……キウイ様は私の主人、彼女に尽くすのが私の流儀。だが」


 邪竜は両手で顔を覆って、困惑するように押しつけた。こんな感情、初めて味わったせいで、上手くコントロールが出来ない。


『———キウイ様のことを考えれば、今すぐにでも戻って誠意を見せろと叱咤するのが正しい下僕の在り方だ。だが、今の私はアザークを行かせたくない』


「アザーク、お前はキウイ様をお慕いしているか?」


 突然の質問に、アザークは意図が掴めなかくて顔を顰めた。これは試されているのだろうか?


「私はキウイ様が大切だ! あの方が悲しむ姿は見たくない! だから今すぐ戻るんだ‼︎」


 邪竜が選んだ選択は、従順な下僕だった。


『自分の感情は関係ない。関係ないんだ! だからさっさと行け!』


「けど……俺は」


 今にも泣きそうな彼女に手を伸ばしたが、食いしばった顔に拒まれた。所詮、最近出会った俺と長年慕っていた主人じゃ、同じ土俵にすら登らせてもらえなかった。

 いや、そもそも芽生え始めたのはアザークだけで、何とも想ってなかったのかもしれない。


 アザークが踵を返したのは、キウイの元へ行く為ではない。一人で虚しく想いを馳せていた自分が情けなかったからだ。揺さぶられ過ぎた感情に、もうついていけない。


 そんな彼の後ろ姿を見ながら、邪竜もボロボロと涙を流していた。


 彼女の内情は、他人ひとが思うよりも深く、複雑だった。何であんな、出会って間もない奴のことで、心を揺さぶられるのだろう。だが、分かっていたのだ。月日なんて関係ない。恋っていうものは、本当に厄介なものだと。

 知りたくもなかったし、興味もなかったのに、気づいたら落ちていた。


 何百年も知らなかったのに、なんで今更。


「強くなれ、強くなるんだ! 嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ‼︎」


 何度も何度も胸を叩き、苦しみを押し出そうとした。

 嫌いだ、嫌いだ……大っ嫌いだ。


「大っ嫌いだ………もう、二度とごめんだ」


▼ △ ▼ △


 一方、残されたキウイも、同じように後悔をしていた。

 何故、アザーク相手だと、素直になれないのだろう? つい思ってもいないことを口にしてしまう。


 本当はもっとちゃんとしたいのに、裏腹なことばかりだと、悔やんでも悔やんでも、嫌な感情が込み上がってくる。


「絶対に嫌われた……! 嫌だ、イヤだ、アザークの馬鹿者!」


 そんなふうに二人の女子が涙を流しているとも知らずに、ヘタレのアザークは被害者面で落ち込んでいた。



 ▲ ▽ ▲ ▽

 拗らせ女子とヘタレ男子……。

 さて、早く次の街へと向かいましょー。

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