19/少し話そうでないか?

 世界樹ユグドラシルを後にしたアザーク達は、キウイの作った異空間の中で休むことにした。女子比率がまたしても上がり、肩身が狭くなったアザークは、外の空気を吸うために空間から出ていた。


「何だ、アザーク。眠れないのか?」


 声を掛けてきたのはキウイだった。彼女は果実酒を口にしながら月見酒を楽しんでいた。久々に訪れたゆったりとした時間。二人は腰を下ろして、夜空を見上げていた。


「お前の師匠、やぱり従者の首輪を使っていたようだな。どこで手に入れたのか」

「弟子の女を寝取るようなゲス男ですからね。変態アイテムを持っていても驚きはしないですよ」


 知れば知るほど幻滅してしまう。何故俺は、あんな奴を尊敬していたのだろう? 自己嫌悪に陥っていると、キウイは瓶に口を付けながら話しかけてきた。


「しかし、これで彼女の意思ではなく、操られて抱かれていた可能性が出てきたぞ?」

「……ん?」

「だってそうだろう? アザークが知ってる彼女は、潔癖の見習い修道女だろう?」


 その可能性を、アザークは考えてもいなかった。そうか、師匠に操られていた可能性か。


「けど、従者の首輪って……どんな効力があるんですか? 例えばこんな言葉を言わせたいとかって、できるんですか?」

「んー、どうだろうな? 私も実際に使用したことがないから知らぬが。逆らえないようにするだけだから、一字一句とはいかんだろうな」


 だとしたら、あの時の彼女の言葉は、ということになる。


「……分からんぞ? もしかしたら言わせられるかもしれないし」

「だとしても、やっぱり俺は———彼女のことを許すことはできない」


 自分が好きだった彼女は、もういない。あんなヤツに未練はない。

 今頃、師匠とイチャイチャしてたって、もう傷付かない。そもそももう、自分には関係ないのだから、何をしてたってヤツの自由だ。


「……そうか、なら良かった。よく見限ったな、褒めてやろう」


 そう言って頭をクシャクシャと撫で回して。くっ、俺は獣狼みたいに単純じゃないのに! だが、容赦ないキウイの手は気持ちよくて、そのまま受け入れてしまった。


「生きていれば色んなことがある。お前は良い方だぞ? 私にとって一番辛いのは退屈だった。邪竜も誰もいなくて、ひたすら一人でエクスカリバーを守っていた時は、死にたいと思ったぞ? だから今が楽しい。不謹慎だが、アザーク……お前にも会えて、私は嬉しいんだ」


 エクスカリバーを奪われなければ、こうして話すことがなかった二人。今にも投げ出したい程、最悪な状況にも関わらず、何だかんだで現実に向かい合う彼女は、やはり強い人なのだろう。


「———俺も、やっと今の状況を受け入れられるようになったというか……」


 勝手に生き返されたり、色々とこき使われたり、言いたいことはたくさんあったが、悪くはない。こんな日がずっと続けばと思っていることに驚いていた。


「………アザーク、少しこっちに来い」


 急に何だろう? また頭を撫でるのだろうか? キウイも人の頭を撫でるのが好きだな。

 そう思って身体を寄せた瞬間、クイっと顎を掴まれ、唇を塞がれた。果実酒で濡れた唇がゆっくりと動いた。


「———っ! な、何で⁉︎」

「何でって、何か問題でもあるか? お前ももう、あの女を想っていない。なら、いいではないか?」

「良くねぇよ! ダークウルフの常識は知らねぇけど、こう言ったことは好きな者同士でするんだ! だから」

「問題ないだろう? 何だ、アザークは私のことを好きではないのか?」


 好きとか、嫌いとか、そんなんじゃない。だって俺にとってキウイは……


「———ガッツリおっぱい揉んだくせにのぅ……」

「それに関しては全力ですいませんでした!」


 そう、キウイを好きとか、嫌いとかじゃなくて、今の俺は———あの時に自分のことを庇ってくれた女の子、邪竜のことが頭から離れないんだ。


△ ▼ △ ▼


 そんな黙り込んだアザークと、彼に憤りを感じて不機嫌なキウイを遠くから見つめる邪竜がいた。


「まさか主人までアザークのことを好きだったなんて……」


 邪竜にとってキウイは絶対的存在、彼女の為に生きるのが邪竜の生き甲斐。だからこの感情は、消さなければならない。

 邪竜は下唇を噛み締め、そっと異空間へと姿を消した。


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