世界樹「ユグドラシル」

16/獣使いプルー

「大丈夫だよね……? きっとフェンとリルンが守ってくれるよね?」


 プルーが聖剣レーヴァテインの守護者になって数十年が過ぎようとしていた。他の守護者とは違い、二代目を襲名したプルーにとって、そのプレッシャーは胃がズタズタに痛めつけられるレベルの重圧だった。


 冒険者が襲ってくる度に心臓が止まりそうになるし、フェンとリルンが苦しそうな声を上げるだけで「もうダメだー!」と逃げ出したくなっていた。


 その度にフェンに「プルー様には俺達がいるから安心して下さい!」と励まされるのだが、こればかりは何年経っても慣れやしない。

 自分がキウイのように術式に強かったり、ジークのように武術に長けていれば安心なのかもしれないが、他人任せのプルーでは一向に自信など持てやしないのだろう。



 それにしても、この戦いはいつまで続くのだ?


 いつもなら相手がさっさと降参したり、撃退されるのに、今回は少しばかり旗色が悪い。


 いや、優位なのには変わりない。だがフェンもリルンも手を抜いている素振りは見えないのに、最後の決め手に欠けていたのだ。

 彼女達の性格からして、相手を弄ぶような品格のない戦い方はしないはずなのだが……?


 早く決着をつけて安心させて欲しい。

 いつものように「ほら、僕達がいれば大丈夫ですよ」って、笑って帰ってきて欲しいのに———!


「ハハっ、流石魔王を倒した聖剣は一味違うな! セツナ、見てるか? 俺の勇姿!」

「うぅ……、グライム、よそ見をしないで戦いに集中してよ! あなたが死んだら、誰が私を守るのよ!」

「おいおい、自分の心配ばかりしやがって! 全くお前って奴は、ベッドの上以外じゃ、冷たいな!」

「黙って! 私は仮にも神に使える身。誰が聞いてるか分からない場所で、迂闊なことは言わないで!」


 二人の会話を聞いて、プルーはひどくショックを受けた。


 わ、私達はこんな意味分からない人間達に負けるの?

 それに魔王を倒した聖剣って? まさかあの人間が手にしているのは、エクスカリバーなの?


「ってことは、キウイが……? キウイが倒されたの?」


 嘘だ! キウイは守護者の中でも飛び抜けて強い術者なのに! 彼女が倒されるなんて、あり得ない! 


 だが、男が持っているは、確かに紛うことなく……エクスカリバーだ。


 通常なら、人間が契約を結んだ従者に勝つなんて有り得ない。しかも契約を結んで何百年も経っている従者なら、万が一の可能性も残されないだろう。


 だが、聖剣を所持している時は別だ。

 アレには特別な力が封じられている。


 そもそも魔王を封じ込めるだけの力を備えているのだ。装備した人間なんて見たことがないけど、ないけど———!


「いたとしたら、フェン達だけで太刀打ちできるのかな……?」


 力のないプルーは不安を振り切るように頭を大きく振った。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だァァァァァーッ‼︎ 倒してよ、フェン、リルン、そいつをやっつけてェ!」


 限界まで腕を振り上げて、殺す勢いで突き刺す。人間ごときにやられるわけがない!

 先代から任され守り続けたんだ。世界樹の中心に祀られた聖剣レーヴァテインと守護者であり主人であるプルー。


 届け、届け、奴の喉元を掻っ切ってやる!


「逝けよ、この腐れ野郎!」

「口の悪いワンちゃんだな、躾のなってない犬は嫌いだよ」


 優勢から同一、そしていつの間にか逆転され、フェンの頬に剣の柄がのめり込んだ。


 揺れる脳天———気付いた時には数メートル飛ばされた後だった。



 戦意なんて、本当はとうの昔に消えていた。

 こんな人間に負けるなんて、許し難い。認めたくない、認めたくない!


 顔を上げると敵の姿が大きく見えてきた。手に首輪を持って、不敵な笑みを浮かべてきた。


「さぁ、これをつけてもらおうか。きっと君に似合うと思うんだ」


 それは従者の首輪。付けられたものの意思とは裏腹に操られる禁忌の呪物だ。


「嫌だ、ダメェ! お姉ちゃん逃げてェ!」


 リルンの声が遠くに聞こえる。頭では分かっていても、もう足も動かない。逃げられないんだ。


「リルン……逃げろ。プルー様を連れて、逃げてくれ」


 犠牲になるのは一人でいい。二人を逃すためなら、それまでもがいてやる———! その想いが最後までフェンを奮い立たせ、立ち上がらせた。







「おっと、随分と手こずってしまったな。セツナ、もう一匹の犬と黒いのはどこ行った?」

「ごめんなさい、逃しちゃった」


 片方に鎖を付けたフェンを連れて、グライムは封印されている世界樹の中心へと入って行った。


「にしても、こりゃーいいな。この聖剣を装備しただけで力が漲ってくる。これを三本集めりゃ、世界を制することも夢じゃねぇかもな」


 真実を微塵も知らない人間が、またしても間違いを犯そうとしていた。制するどころか、世界を滅ぼしかねない未来が待っていることを、この時はまだ、誰も知らなかった。


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