14/不信感の裏腹

 盗賊達の砦を目前にして、アザークは不機嫌だった。勝手に身体を支配され、自由にされる事実を知ってしまったからだ。

 そもそも自分は勝手に甦らされたんだ。少しも望んでいたなあったのに。


「何を不機嫌になってるの?」

「獣狼……なぁ、お前は嫌じゃないのか? 勝手に乗っ取られて」

「乗っ取る? 何が?」


 何がじゃない。いくらネクロマンサーと屍で従者関係を結んでいるとはいえ、許せない条件もある。

 それにキウイ次第では、いつでも自由に出来るってことじゃないか。


「うん、でもキウイ様はしないよ? そんなこと」


 無垢な彼女の言葉に、言葉が詰まった。


「出来るけどしない、それがキウイ様だよ?」

「けど、そんなの分かんないじゃないか」

「しないよ、絶対。そんなことをしたら、私達が悲しむって分かってるからしないよ」


 絶対的に信じ切った言葉に、何も言えなかった。


「キウイ様は私達を守ってくれるけど、嫌なことはしない。そんな人だよ?」


 もし獣狼の言葉が本当ならば、俺は失礼なことをしたのかもしれない。そもそも助けてくれたというのに、礼も言わずに罵倒してしまった。

 彼女の援護がなければ、戦いは長引いていたかもしれないのに。


「———アザーク、知ってる? 悪いことをした時はすぐに謝る、それが一番だよ?」


 そんなこと、子供でも分かってることだ。だがな、そんな簡単なことが大人になるとできなくなるんだ。


「私とアザーク、2歳しか違わないのに?」

「精神年齢が違うんだよ。俺からしてみれば、獣狼は五歳児くらいにか見えない」


 っていっても、こんな単純なことで腹を立てているようじゃ、獣狼のことを子供だということは出来ないな。


 アザークは眉間に指を当てて、しばらく顰めていたが、覚悟を決めたようにゲートを開けた。


 中を覗き込むと、泣きじゃくってベソをかいたキウイと慰める邪竜がいた。


「———っ、アザーク! 何だ、何で急に入ってきた⁉︎」


 泣き顔を見られて取り乱しているのか、ギャーギャー喚くキウイに、苦笑がこぼれた。邪竜を見ると静かに頷いていた。

 さっきは勝気に振舞っていたが、アザークの言葉に相当傷ついていたらしい。


「………さっきは、助けてくれたのに逆ギレしてすみませんでした。獣狼から話を聞いて、その」

「アザーク……、いや私も申し訳ない。説明不足だった」


 アザークは命を懸けて守ると言っていた師匠に裏切られ、見捨てられたのだ。しかも普段から良いようにこき使われた末に。

 もしかしたら、グライムに扱われた過去を思い出し、あのように言ったのかもしれない。


「………私達はまだ信頼関係が築けていなかったな。だが安心して欲しい、緊急の時以外は決して干渉しない。従者のプライベートは守るつもりだ」


 その言葉にアザークも静かに頷いた。

 そもそも他の従者達を見れば一目瞭然だ。大丈夫だ、きっと。


「これからも、よろしくお願いいたします」

「うむ! こちらこそ頼むぞ!」


 やっと仲直りした時、ゲートの違和感が止まった。おそらく獣狼が歩みを止めたのだろう。


「キウイ様、着きました! 多分、あれが砦です」


 報告を受けたキウイとアザークは外に出て確認した。崖の下に見える石造の籠城———と言うには少し小ぶりな建物。


「やっとご対面だな。私の大事なエクスカリバー……! 獣狼、アザーク、さっさと回収に向かうぞ!」


 指をポキポキと鳴らし、ガラの悪い輩のように砦に向かった。


 ▲ ▽ ▲ ▽


「おうおうおうおう、盗賊達よォ……! よくも聖剣エクスカリバーを盗んでくれたのォ? これ以上痛い目に遭いたくなければ、さっさと献上するのだ!」


 ゴオオォォォォォォォォー……と複数の怨念を背後に携えて現れたキウイに、盗賊達は腰を抜かして怯えるしかなかった。


 目にも捉えられないスピードで切りつける獣狼と、確実に仕留める凄腕剣士に手も足も出せなかった。

 そもそも監視していた道ではなく、断崖絶壁側のモンスターが徘徊しているノーマークだった方向から襲ってきたのだ。


「スイマセン、スイマセン、スイマセン! 剣はお返しします! なので命だけは‼︎」

「許さぬ! お前、もっと金銀、財宝を蓄えているだろう? 有金全て献上せよ!」


 悪役はどっちだと言わんばかりの絵面だ。流石の盗賊団にも同情してしまいそうだ。


「キウイさん、こいつらも反省してることですし許してあげましょう?」


 抵抗できないように縄で縛り上げて、アザークは譲歩を促した。


「むっ、何だアザーク。お前はこいつらを許すのか?」

「まぁ、全く知らない奴でもないので……」

「アザークの兄貴! 流石ですぜ!」

「兄貴はヤメろ、ったく……お前らも全く反省しねぇ奴だな」


 アザークと盗賊団のやり取りを聞いて「ん?」と首を傾げた。


「アザーク、お主……此奴らと面識があるのか?」

「まぁ、サンドルームの盗賊団といえば、よくギルドの賞金首に上がってきますから。何度も捕まえてりゃ、そりゃーね」


 流石のキウイも「は?」と聞き返した。

 いや、確かにアザークはサンドルームの場所やモンスターについて詳しいとは思っていたが、この展開は想像していなかった。


「その度に盗賊なんてヤメろって言ってんのに、お前らは」

「俺達にも生活があるんでっせ? これでも金持ちしか襲わないように心掛けているッス」

「いやいや、今回たくさんの人に迷惑をかけてるから。だからお前ら———」

「アザーク……もう良い。良いからさっさとエクスカリバーを持って来させよ」


 情報を処理し切れずに諦めたキウイは、話を切り上げた。


「ったく、アザーク。それならそうと、早く話せば楽できたんじゃないのか? 私には説明不足とか言っておきながら……」

「いや、別に面識があるだけで仲がいいわけじゃないから。所詮、俺とあいつらは商売敵だし」

「もうよい、ほら……エクスカリバーを確保しよう」


 そういやギルドの依頼できたが、この場合はどうすれば良いのだろうか? 一旦ギルドに返上して、事情を話して元に戻すのか? それとも?


「そんなの、黙って奪うに決まってるだろう? 元々私のだ。何が悪い?」


 やっぱそうなのか。どうにか円満に解決する方法はないのだろうかと、答えを考えるよりも先にエクスカリバーが届いてしまった。


 大きく、威厳を纏った聖剣。あまりの眩さに目が潰れそうだ。


 黙り込んだキウイは、そのまま峰に触れた。だが難しい顔をするだけで、一向に浮かれなかった。


「違う、これはエクスカリバーではない」


 予想外の言葉に、回りがどよめいた。


「偽物だ。こんなの、贋作だ」


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