ダンジョン「サンドルーム山脈」

13/奈落の崖と亀

 グラム街から半日ほどで着くサンドルーム山脈。そこは商人や旅人が利用する流通には欠かせない山道だった。

 元々は獣しか通れない荒れ道だったが、長年の整備の甲斐があり、10日以上は掛かる登山が2日に短縮されるようになったらしい。


 だが、道が限られたことで、狙いが狭まったと問題も浮き彫りになった。


「サンドルームの盗賊団は、ずる賢いんだ。例えるなら強者が狩った獲物を横取りするハイエナみたいな奴だな」


 だから敢えてエクスカリバー巻き餌冒険者金ヅルを釣る噂を流したんだ。

 現に罠に掛かって、身包み剥がされた冒険者も多く報告された。


「くっ、私の大事なエクスカリバーを小金稼ぎに使うとは、許さないぞ!」


 とはいえ、どうするか。

 正攻法で返り討ちにするか、それとも裏をかくか。整備された道以外は断崖絶壁で、奈落の崖と称された容赦ない道だった。


 途中の垂直を超える角度は、仮に登れたとしても腕がパンパンになって使い物にならなくなる。力尽きたところを盗賊団に襲われるのがオチだ。


「邪竜を呼んで飛び越えるのも手だが、それだと相手にバレる可能性がある。それに此奴は、細かい飛行に向かないタイプだしな」

「キウイ様、お役に立てなくて申し訳ございません……」

「気にするな、邪竜。この類は獣狼、お前が適任だな」


 呼ばれた獣狼は鋭利な爪を出し、牙を舐めズリした。盛り上がる背筋、そしてヒラメ筋。か弱いと思っていた獣狼の身体が、一回りも二回りも大きくなった。


「キウイ様もアザークも隠れてて? ここは私に任せてよ」


 すると軽くしゃがんだと思ったら、そのまま何メートルも高く飛び上がり、そのまま岩壁に爪を突き刺した。

 早い、そして確実に目的の岩を捉えて離さなかった。獣狼は空を切るかのように、あっという間に崖を登り上がった。


「おぉ、爽快だな! 獣狼、良くやったな!」

「へへへ、キウイ様に褒めえられたー♪」


 それと同時にアザークは危機を覚えた。

 もしかして俺が一番役立たずじゃ?


 人間の世界で代行するくらいしか能がないんじゃ、ダンジョンでは無能の烙印を押されるかもしれない。

 あのアホの子だと思っていた獣狼も、飛び抜けた才能を発揮したんだ。髑髏スケルトンやスライム達も秘めた特技を持っているかもしれない。


「さて、あとは平な道を進むだけだな。アザーク、獣狼、二人でモンスターを倒しながら行くんだ!」

「はーい! よし、アザークには負けないぞ!」


 意気込んだ獣狼は我先に飛び出し、あっという間に姿を消した。だ、大丈夫なのか? あいつはちゃんと目的地を理解してるのだろうか?


「早く追い掛けろ。アイツはひたすら真っ直ぐ走ってるだけだぞ?」

「やっぱりそうなのかよ! くそ、獣狼! 待て!」


 元人間と狼じゃ天と地ほど差があり、全力で追いかけたところで到底縮まることはなかった。

 それどころかハイランクのモンスターを一撃で倒している。

 だが、それだけではダメなんだ。この先にいるローリングロックは、性質を理解しなければ一人でどうにかなる敵じゃないんだ。


「うわぁぁぁぁっ、何だよ、コイツら! 全く倒れないんだけど!」


 案の定、ローリングロックの巣窟で足止めを喰らっていた。


 ローリングロック———見た目は亀のような姿をしているが、転がる時に丸まるだけで実際は殻には篭らない。砕いても砕いても分裂するだけで、一向に絶命しない。

 知識のない冒険者は、大抵逃亡を図るか、絶滅してしまう。そう、弱点を突かなければ決着がつかない敵なのだ。


「しかも強いし! 何なの、亀のくせに!」

「獣狼、これは亀じゃないんだ! 岩を操っているラビットロックが潜んでいるはずなんだ」


 やっと合流した頃には、辺り一面を埋め尽くしたローリングロックが獣狼に襲いかかっていた。

 これは骨が折れるぞ……っ!


「こんなモンスター見たことないし! 無理無理、私には無理ー!」

「無理じゃない! 獣狼はコイツらの相手を続けてくれ。ただし手加減して、岩を絶対に割るなよ!」

「割るなって、難しいこと言わないでよ!」

「力を流せ、避ければいいんだよ!」


 もっと早く到着していれば事態は悪くならなかったのに。自分を責めつつも優先事項に徹底した。


 これらを操っているラビットロックを倒さなければ、多勢を相手にしている獣狼が力尽きてしまう。キウイに任された以上、失敗はあり得ない。


 必死に習性を思い出し、樹木の影を探し回った。


「これだけのローリングロックを操っているんだ。遠くはないはずだ!」


 その時、視界が真っ黒になり、やがて血管のような、生命の流れが映り始めた。


 なんだ、これは———⁉︎


「………アザーク、聞こえるか? 今、お主に私の能力を付与した。これで余計なものは見えないだろう?」


 この声はキウイ! 俺の視界を支配してるのか?


「今は余計なことを考えるな。ほら、樹々とは命の流れが異なるモノが見えるだろ? それを斬れ」


 近くの樹木の影に隠れる小さな循環が見えた。これか! 地を蹴ったアザークは、そのまま距離を詰め、剣を振り切った。確かな手応えと共に大量のローリングロックが止まり、そのまま粉々に粉砕して消えた。


「た、助かったー……!」


 汗だくにになった獣狼は、力尽きるようにその場に座り込んだ。間に合ってよかった。

 そしてアザークの視界も、気づけば普段通りに戻っていた。


「キウイ、今のは何だ?」

「何だとは失礼な、せっかく助けてやったというに、随分な口をきくなァ。お前は私の従者だ、身体の自由を奪うことくらい朝飯前だ」


 そういうことか……! あくまで主人と従者、死体を操るネクロマンサー。下僕の自由を奪うことなど容易いってことか。


「だが安心しろ。私は必要最低限しか奪わん。今回のようにな」

「その代わり、いつでも乗っ取れるように監視してんだろ? 趣味悪ィにも程があるだろう?」


 キウイの助けのお陰で助かったのに、どうしても許せなかった。だって、俺は———っ!


「弱い従者を守るには仕方ないのだ」


 正論を返す主人キウイに、アザークは何も言い返せなかった。

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