09/下衆師匠と元カノを訪ねて
「とりあえず宿に向かって休もう。アザーク、もっとたくさん食材を買うんだ!」
「えぇー、まだ食うの? あんなにケーキも買ったのに」
「足りぬ足りぬ! もっとだ、もっと美味い物を買ってくれ! 次は肉がいいぞ?」
ギルドから正式な依頼を請けたアザーク達は、一旦休息のために宿へ向かおうとしていた。
既に他の冒険者は討伐に向かっていると思われたが、サンドルームの盗賊団と言えば、それなりに腕の立つ窃盗団だ。中途半端な腕じゃ、まず敵わないので急がなくても問題ないと判断した。それよりも、一日中歩いたキウイを休ませることを優先したかったのだ。
「ところでアザーク。お前、師匠達に挨拶はしなくていいのか?」
避けていた話題を振られ、アザークは足を止めた。
このグラムという街は、然程大きな街ではなかった。軒並み並んだ建物は木造で、石造りの煉瓦道に牛や馬、鶏が放牧されているような温かみのある
そんな小規模な街に冒険者が旅人が利用する宿屋は一軒しかなく……つまりグライム達が滞在中なら、顔を合わす可能性が非常に高いのだ。
できることなら、金輪際会いたくなかった。
今だって脂汗が滲んで止まらない。ガタガタガタガタ歯がぶつかり合う。
「アザーク、もし嫌なら無理に会う必要はない。お前が気に食わないなら、代わりに私が滅してやってもいいのだが?」
邪竜、君もなかなか物騒だな。
いや、大丈夫だ……もう何が起きても耐えられる。
それに一言物申してやりたい気持ちだって、俺にもある。
「俺、グライム師匠達に会いにいきます」
覚悟を決めたアザークにキウイも思うところがあったのか、異空間から出て隣を歩き出した。まだ人目もあるというのに、何て危ないことを。
「大事な下僕が覚悟を決めたのに、オドオドと隠れる主人がどこにいるか? 安心しろ、下衆外道な奴ではなく、私に仕えることになって良かったと思わせてやる」
叩かれた肩の痛みが思ったよりも強くて、思わず目頭が熱くなってしまった。
そして宿屋に向かい、手続きを終えたアザーク達は、借りていた部屋に向かった。
逆流する胃液が口内を刺激する。眩暈が終始襲いかかる。
三階の一番奥の最高ランクの部屋。そこにグライム達はいるはずだ。
一体、彼らは何と言うだろう?
悪かったと謝罪するだろうか? 無事で良かったなと祝福してくれるだろうか? それとも怯えて———拒絶されるかもしれない。
「ノックするぞ? 良いな?」
しばらくすると「はーい」と中から声がした。どうしよう、手汗が酷い。止まらない
……。
ゆっくりと開いた扉から顔を覗かせたのは、やつれ果てたサムサだった。懐かしい旧友の顔に、お互い驚きを隠せなかった。
「サムサ!」
「アザーク! お前……生きてたのか!」
すっかりサムサの存在を忘れていた!
無事に逃げ切ることができて良かった。
「アザーク……っ、良かった生きてて。ゴメン、俺……お前を置いて逃げちまって」
「サムサ、いいんだ。頭を上げてくれ」
「ちっとも良くないよ! 俺、お前が死んでしまったんじゃないかと、ずっと後悔しててたんだ」
サムサは悪くない。彼は師匠に言われた通りに退却しただけだ。むしろ生きててくれたことで、俺の命も無駄ではなかったと誇りに思った程だ。
「それよりグライム師匠とセツナは……? 一緒なんだろ?」
するとサムサは、苦虫を噛んだような顔をした。
「アザークの件があって、俺はパーティを脱退したんだ。お前の亡骸を見つけに行こうと、一人でこの街に残ったんだ」
サムサ、お前はなんていい奴なんだ! アイツらに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「ちなみにグライム師匠とセツナは、次の名剣レーヴァテインのクエストを請ける為にユグドラシムに向かったよ」
———ということは、ここにはもういないってことか。残念のような、安心したような複雑な気分だ。
「ところでアザーク。隣の女性は?」
すっかりキウイの存在を忘れていた。どこまで話していいのか分からなかったので、命の恩人とだけ説明をしたが……想定外なことをするのがキウイだった。
「私はアザークの特別な主人だ! なぁ、下僕!」
誤解を招く発言はヤメろォォォ!
くっ、さっきまで頼りになる主人だと思っていたのに、一気に好感度が崩落した。
「あ、あぁ……アザーク、実はそういう趣味があったのか」
いや、待て。勘違いしないでくれ。
「ない、ないない! サムサ、何か勘違いをしてないか?」
「いいんだよ、もう。俺も気持ちは分かるよ。ちょっと気の強い女王様っていいよな?」
かけがえのない親友との再会を果たした直後、大事なものを失う羽目になったアザークだった。
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