貞操観念逆転編:"男は"戦わない世界

 月曜日。

 今日も今日とて事務所で異世界転生するまでの待機時間をルシルさんや上原さんと雑談して過ごしていた。

「最近血生臭い世界にばっかり行ってるなって上原さんと話したんだよね。」

「私は今のところそのような世界にしか行ったことないのですが…そもそも平和な世界に飛ばされることなんてあるんですか?主人公がピンチな世界に飛ばされるんですよね?」

「そうですね…スローライフを送りたいと言っている人に物資を供給するだけで終わることとかもありますよ?」

「あくまで俺たちは主人公のピンチを助けるために異世界転生しているからね。一見しょうもない願いでもその主人公がピンチと捉えた以上は転生される可能性は十分にあるよ。」

「…じゃあ異世界の主人公が大事にしているペンダントが壊れてしまった…とかでも転生させられるんですか?」

「…いくら修理できる人間を探しても見つからず、心の奥底からピンチだと感じたのならあり得ますね。」

「例えばそのペンダントが大好きな親の肩身だとかなら心底ピンチに感じるかもね。」

「なるほど…。」

「まぁその場合は俺たちの世界の技術で直せるなら良し。直せないなら他の方法を模索してみるぐらいしか出来ないかな。」

「あ!御三方、そろそろ時間ですよ!」

早瀬さんが上の階から降りてくる。

「よし、じゃあ今回も精一杯お仕事しましょうかね!」




異世界にたどり着いてすぐに、俺と早瀬さんは情報収集の為に事務所を出たんだが…。

「…なんだか身体が重い…。」

やはり疲れが溜まっているのだろうか。

思うように身体が動かない。

「事務所にいた時はなんも感じなかったんだけどな…。」

そんなことを考えながら歩いていると周囲から人の気配。

(囲まれている?気がつかなかった。)

どうする…手甲は今持ち運びやすくなるよう上に預けている。

こんな身体が重い状態で戦えるか?

「へぇ、なかなか良い男じゃないか。」

出てきた奴らは…全員女。

全員ガラは悪そうだが男は1人もいない。

(マジか…。)

俺は諸事情で女を積極的に攻撃できない。

(となると逃げるしかないんだが…。)

ざっと見回した感じ大体10人くらいか?

この人数に囲まれて逃げ出すのは至難の業だ。

「行くぞお前ら!」

一斉に襲いかかってきた。

好都合だ。

ずっと周りを囲まれているよりは抜け出しやすい。

最悪数発攻撃は貰っても…。

「カハッ!?」

一撃攻撃を喰らったのだが…信じられないほど痛い。

(そこまで鍛えているような感じはない…むしろ華奢な部類の相手なんだが…。)

「ははっ、あんた馬鹿?男が女に勝てるわけないのにさぁ!」

男が女に勝てるわけが無い…つまりそれがこの世界の常識ってことか。

(こりゃ随分と厄介な世界についちまったみたいだ。)

そのまま俺は囲まれて気絶させられた。




「緊急事態です!佐久間さんはまだいますか!?」

「え?佐久間さんは早瀬さんが行った後に遅れて出て行きましたよ?」

「!?まずいです!早く探しに行きましょう!」

「どうしたのですか早瀬さん!?」

「この世界は…女尊男卑・貞操観念が逆転している世界です!」




慌てて帰ってきた早瀬さんをなんとか落ち着かせ話を聞いたところ、この世界では女性に対して何らかの加護がついており、体力や筋力が跳ね上がっている。

逆に男性はこの世界ではか弱く、女性に守られないとまともに表を歩けないほどとのことだ。

結果的に女性が表立って活動して、男性は家で家事や育児に励むようにあるのが当たり前らしい。

「で、でも佐久間さんだって様々な修羅場をこえているんですよ?いくら強い女性とはいえなんとかできるんじゃ…。」

「…ルシルさん、一度これを握ってみてください。」

上原さんに林檎を手渡された。

「握る?こうですか?」

軽く握ってみる。

その瞬間手の中にあった林檎が爆散した。

「え!?」

「このような世界の理は私たちも影響を受けます。早瀬さんもあんなに焦って帰って来たのに一切呼吸が乱れていません。」

確かに言われてみれば息切れ一つしていない。

「ということは今の佐久間さんは…。」

「恐らく弱体化しています!かなり危険な状態です!」

「それに…ルシルさんには言っていなかったのですが佐久間さんは女性に対して攻撃ができないんです。本人曰く諸事情で出来ないと。」

「じ、じゃあ今の佐久間さんは…。」

「女性に追い詰められたらなんの抵抗もできないか弱い人ですね!大ピンチです!」

「とりあえずルシルさんは事務所で待機していてください。私と早瀬さんで書き込みしてきます。」

「は、はい。」




完全に油断したな…。

今俺は拘束されて荷台に乗せられている。

どうやらこのまま奴隷として売るつもりらしいが…。

「ここからどうしようかな…。」

正直主人公を探している場合じゃないんだ。

何とかしてここを抜け出さないと…。

「お!目が覚めたか。」

俺お気絶させた張本人が荷台に入り込んできた。

「…何の用だよ。」

「ん?いや何、売っぱらっちまう前に味見でもしてやろうかなと思ってさ?」

そういって俺の着ているスーツを脱がそうとしてくる。

「ちょ!やめ…!?」

「ほら暴れないで?どうせ私に敵うわけないんだから。それにあんまり抵抗するなら外の奴らも呼んじゃうよ?」

…拘束されている今複数人来るのはまずい…。

「外の奴らも結構溜まってるみたいだから、誰かに買われる前に何回か回されるかもだけど…まぁおとなしく耐えてね?」

それはさすがにひどすぎだろうが…。

女が俺の身体を触りニヤニヤと笑う。

「へぇ…なかなかいい体してるじゃない。」

(誰か…助けて!!)

すると外から悲鳴が聞こえた。

「姐さん!兵団です!早く逃げないと!」

「なんだって!?チッ!」

女たちはそのまま逃げだしたようだ。

結果、荷台には少し服を脱がされ開けた俺が一人残された。

「団長!ここに囚われた男性が!」

団長と呼ばれた女が入ってくる。

確かに他の奴らと雰囲気が違う、身体が比較的がっしりとした女性が入ってきた。

「大丈夫ですか?どこか怪我などは?」

「あーいや、大丈夫です。」

「ですが…見るからに襲われた後では?」

まぁその通りではあるが。

「軽く服を脱がされそうになっただけなんで大したことないですよ。」

「そ、そうですか。」

…心配してはいるが、チラチラ俺の身体を見ているようだ。

なんか恥ずかしいからやめてほしい。

「とりあえず拘束解いてくれません?」

「そ、そうですね。」

なんか段々わかってきた気がする。

多分この世界は貞操観念逆転の世界だ。

前に読んだネット小説でこんな感じの奴みたことある。

多分俺が本領発揮できないのもこの世界がそういう風にできているからだ。

とりあえず何とかして事務所に戻ろう。

「ありがとうございました。では、俺はこの辺で…。」

「お待ちください。せめて街まで護衛しましょう。またあの野盗共が貴方の元へ来る可能性があります。」

「え…でも。」

事務所だったらこの世界の住人に絡まれることがないから一番安全なんだけど…。

でも今自分がどこにいるかも確かにわからない。

ならいっそ街で早瀬さんとかが助けに来てくれることを待った方がいいかも?

人が多いところに行けば聞き込みで俺の元に辿り着けるかもだし。

「じゃあ…お願いしても良いですかね?」

「えぇ、それでは行きましょうか。」

おおう、紳士的に手を取られる。

なんだよ少しキュンとしたわ。

これあれだ。

イケメン女子ってやつだ。

これもネット小説で見た奴だ。

確かに女性が逞しいこの世界でなら結構いそうだなこういう人。

(…早瀬さん辺りならこの世界の状況についてもう気付いているだろうし、なんなら俺の探索を始めてくれてるかも。)

早瀬さん、上原さん、ルシルさん、どうか俺を助けておくれ…。

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