聖女行方不明編:全て滅んでしまえばいい
城の牢屋に囚われた私の前に見ず知らずの男が立っていた。
「君がこの国の聖女、ルシル・マリアンだね。」
「…貴方は?」
話を聞いてみたところ彼は隣の国からの使いらしい。
なんでもこの国の本物の聖女を監禁したという話を聞き、そんな扱いをするようなら聖女のいない自分たちの国へ連れて帰ろうと考えたらしい。
「君もこんな国で監禁されて人生を終えるなど嫌だろう?我々と共にここから出よう。」
「…嫌です。」
正直この国の城の連中はもうでも良い。
ただ私がこの国を出て行ったら、残された国民たちの安全はどうなる?
私には聖女として彼らを守る使命が…。
「…面倒だな。」
男はボソリと呟いた。
「嫌なら仕方ない。悪いが無理矢理連れ帰らせてもらう。」
拘束されている私は一切抵抗もできず、気絶させられ無理矢理連れ去られてしまった。
「…ここは?」
目が覚めると狭く光のない空間にいた。
恐らく何か箱にでも私を詰めて連れ去っているのだろう。
「…なんとかしてここを出ないと。」
箱の外から声が聞こえる。
私が守るべき国民達の声だ。
「誘拐の手助けをしてくれてありがとよ。ほら金だ。」
「はい!ありがとうございます!」
…え?
「それにしても世話になった聖女なんだろ?良かったのか?」
「…そもそも最近は魔物なんて見ることもありませんし、あいつは城の中で1番邪魔だったんですよ。」
…何で?
「馬鹿な皇子と偽の聖女、その2人の話を鵜呑みにする国王。今の城には大した奴はいないんです、あの聖女を除いて。」
…国民の皆さんが…そんな…。
「あいつがいなくなっちまえば国民総出であの城を、国を取ることができます。聖女とかいって毎日歩き回ってて心底面倒でしたよ。早く持ってっちまってください。」
…なんだ…。
私は必要なかったんだ。
「…聞いていたかな?」
箱の外から男が話しかけてくる。
「もう十分分かったと思うが、この国には碌な奴がいないんだよ。私利私欲にまみれた国王達に、彼らに反旗を翻すことで頭がいっぱいな国民。聖女の存在によって国の安全が確立されていることなどこれっぽっちも考えていない。」
光が差し込む。
どうやら箱が開けられたようだ。
「我々の国には聖女がいない。君の存在は非常に都合がいいんだ。この国で新しく、聖女としての人生を歩もうじゃないか。」
‥.どうせ前の国には戻れない。
きっと新しい人生をここで始めるしかないのだろう。
でも…。
信用できない。
この国の人間達に必要とされているのもあくまで魔物の脅威に晒されている間だけ、彼らがまた私を捨ててくる可能性だってある。
もう…誰を信じれば良いのか分からない。
この国について2日ほどたった。
前の国について聞いてみたところ、国王とレヴィ皇子は監禁していた私がいなくなっていることに気がついているものの、特にこれといった動きはないらしい。
きっと彼らも聖女などもう必要ないと考えているのだろう。
そもそも最近魔物が近付いてこないのは結界が張ってあり近くに寄ることができないことを理解しているからだ。
結界が無くなれば何事もなかったように魔物達は攻め込んでくるというのに。
妹のマモンはレヴィ皇子との婚約が決定するや否や、城の外に出て男漁りをしているという。
もう自分の地位が確立したものだと考えているんだろう。
国民達による城へのクーデターは着々と準備されており、フラフラと城から出て行くマモンを最初は狙っているらしい。
…私が守っていた国は…こんな国だったのか。
こんな人間たちのために…私は聖女として努力を重ねていたのか。
…この国だって褒められたものではない。
聖女が必要とはいえやったことは結局誘拐であり、それにより他国から受ける影響も全然視野に入っていない。
周りの国からの警戒が強まり、外交などにも多大な影響が与えられる。
そして負担が増すのはそこで暮らす国民達。
…もう嫌だ。
聖女なんて辞めてしまおう。
誰かのために働くのも、誰かのために守るのも、誰かのために祈るのも辞めてやる。
…もう誰にも力なんて貸したくない。
でも聖女として植え付けられた価値観が、使命が私を縛り付ける。
人のために生きなさいと頭の中で喚いている。
…こんなところにいる限り…私はこの悩みから解放はされない。
私はこの国を出た。
もう戻るつもりもない。
もう…誰かのために尽くしたくない。
でも人がいる限り私はきっと手を差し伸ばしてしまう。
人のいないところに行こう。
…そうだ。
幼少期、両親が連れてきてくれた展望台。
殆ど人が来ない、私の数少ない思い出の場所。
あそこに行ってみよう。
展望台についた。
今にも沈みきってしまいそうな夕日が目に入る。
見下ろせばそこには私が人生の大半を過ごしていた街が目に入る。
当時両親が『これから自分が背負う必要があるもの』を見せるためにと連れてきてくれた場所だ。
今考えると私が聖女である自覚はここから始まったのかもしれない。
そうだ…私が始まったこの場所で全部終わりにしてしまおう。
私は私を裏切った国が絶対に許せない。
だからここから結界が壊れ、魔物に滅ぼされる様を見ていてやる。
そしてどうせ生きていて幸せになんかなれないんだから…ここで人生を終えてやる。
私がこの展望台に通ってしばらく経った頃、不思議なことが2つあった。
1つ目はすごく感覚的なもので理由はよう分からないのだが、なんとなく気になる場所がある。
すぐにでも向かうべきだと本能的に感じるのだ。
でも私は今にも結界が壊れ魔物がなだれ込んでくる可能性がある国を見るといった目的がある。
そして何より、本能的にこうすべきだと言う考えに少しでも抗ってやりたかった。
2つ目は不思議な出会いだ。
いつも通り段々と弱まっていく私の結界を眺めていると1人の男性が階段を登ってきた。
最初は私を探しているのかもと警戒したけれど、この国では見慣れない黒髪の人だったからきっと大丈夫だろうと…。
いや、本音を言うと寂しかったのだ。
こんなところで1人国が滅ぶのを待つのは暇だし心細かった。
そんなところに彼のような不思議な人が来て、興味を持たない方が難しいのだ。
どうせ結界はもう時期壊れる。
残り少しの期間だけ私の心を埋めるために一緒に話をする相手が欲しかった。
まさか彼が私を求めていて、私も彼を求めてしまうようになるなんて考えてもいなかった。
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