聖女行方不明編:偽りの聖女

「私は皆様が幸せならばそれで良いのです。それが私の1番の幸せですから。」

…恐らく私が人生で1番吐いてきた言葉、ついてきた嘘である。

…正確には言わされてきた言葉か。

誰よりも国の為、国民の為に働き、国内全ての幸せを願わされた私は今、処刑台に立っている。




私はルシル・マリアン。

聖女として今この国を支えている者である。

生まれてすぐに聖女としての才があると言われ、大切に育てられてきた。

私は今、城の書斎へ資料を探しに向かうところである。

広い城の廊下でこの国の皇子、レヴィ皇子とすれ違った。

「レヴィ皇子。おはようございます。」

「…。」

挨拶を一切返さない彼はこの国の皇子のレヴィ・クラン。

国王の3人息子の長男に位置する者だ。

聖女にはこの国の皇子と婚約し、国を魔の者から守るという使命があった。

そのため私も皇子であるレヴィ皇子と婚約をしているのだが…正直お世辞にも仲が良いとはいえない。

何でも卒なくこなす姿が癪に触るとのことだ。

皇子の妻になる為に淑女教育を受けているから大概の事はできる様予め訓練されていた結果だと思うけれど。

逆に私が何か失敗をした時は心底嬉しそうにそこを言及し責め立ててくる。

正直私も人間だ。

彼のこの様な性格に関しては何とかしてほしい。

それでもやはり婚約者である以上は彼の理想の女性に近づくよく努めるべきなのだろう。

だって私は聖女なのだから。




書斎についた。

探している資料が置いてある本棚へ向かおうとすると…。

「お姉さま!」

妹が凄まじい勢いで私に抱きついてきた。

彼女は妹のマモン・マリアン。

とても愛くるしい声と見た目、そして彼女も聖女の才があると言うことにされている。

聖女であるからこそ分かるが彼女にはその様な才は一切ないと断言できる。

何故かいつのまにか妹にもその才能があると言われ始め、両親に理由を聞いても何も答えてくれなかった。

…彼女は両親からも愛されている。

故に聖女としての立場を偽りでも与えて将来困るような事はない様にしているのだろうか。

「マモン、ここは書斎よ?大きな声を出しては皆様に迷惑がかかるわ。」

「だ、だって…お姉様がいたから…挨拶したくて…。」

また始まった。

彼女は私から注意を受けると必ず涙を流す。

まるで周りの人間に自分は被害者であると見せつける様に。

愛嬌のある彼女のその様な姿を見た者は誰しも『あんなに可愛い娘を泣かせるなんて』と考える。

書斎にいる人々から"私が"冷たい眼差しを向けられる。

…最近噂でレヴィ皇子がマモンに気があると言う話を耳にした。

恐らく私と政略結婚した後に彼女と結ばれるつもりなのだろう。

実際口を聞いてもらえない私と違い、マモンは皇子と良く街へ出掛けたりしている。

それもしょうがない。

可愛い妹が幸せになるのなら大人しくそれを認めます。

だって私は聖女なのだから。




街の周りに作った結界を確認する。

…どこも問題ない。

最近はほとんど魔物の類が国の近辺に現れなくなった。

このまま平和な世の中が続けばいいのだけれど。

「お!聖女様だ。今日も結界の見回りですか?」

私が歩いていると国民の方々がよく挨拶をしてくれる。

城であまり良い待遇を受けていない私がここまでこの国のために頑張れるのは間違いなく毎日を必死に生きている彼らのためだ。

「はい、結界には特に不審な点もなく安全です。」

「そりゃよかった!本当にいつもありがとうございます!」

…彼らの素直なところ、優しいところに心底救われているなと実感する。

「でもいつもいつも大変じゃないですか?この街の城壁に結界を張ってますけど、結構な大きさですよね。それを毎日一周しながら確認しているなんて。」

「いいんですよ。私は聖女なのですから。」

「でも無理はしないほうが。」

「…私は皆様が幸せならばそれでいいのです。それが私の1番の幸せですから。」

「何とお優しい!感動しました。」

…昔から両親に『心配してくるものにはこう言え』と教えられていた。

本当は毎日こんなことをするのは辛い。

素直に大変だと吐き出したいが、それは叶わない。

だって私は聖女なのだから。




「ルシル、貴様を無期懲役の監禁刑とする。」

…は?

一体どうしてそうなったのか。

国王に急に呼び出されたと思ったらこの仕打ちである。

「マモンから全て聞かせてもらったぞ!」

国王の横でレヴィが声を荒らげる。

「本当はお前自身に聖女の力はなく、マモンが聖女として全ての仕事をしていたとな!」

この皇子は何を言っているのだ?

本当に聖女の仕事をしていたのなら貴方と街へ遊びに行く暇などないだろうに。

「しかも貴様がマモンを虐め、泣かせていると言った報告が多く上がっている。」

「それは姉として注意をするとマモンが…。」

「黙れ!!!」

これは…話を聞いてもらえる状況ではないようだ。

「私、毎日毎日お姉様と会うのが辛くて!」

皇子の隣でプルプルと震えるマモン。

私から貴方に会いにいったことなど殆どないと思うのだけれど。

あぁ…これはもうだめだ。

誰1人としても味方がいない。




薄暗い牢屋に閉じ込められる。

でも実際にマモンに聖女としての才はない。

きっとそのことに気付いて私を釈放してくれるはずだ。

自分たちの愚かさに気付いてくれるはずだ。

私は待ちます。

私は許します。

だって私は聖女なのだから。




一体どれだけの月日が経ったのだろう。

私は未だ牢屋の中である。

牢屋に来るのは一日一回硬いパンを届けに来る給仕のもののみ。

…考えてみれば、最近は魔物を城付近で見る事はなかった。

私の張った結界が脅かされる様なことがない限り、私が必要とされる事はないのだ。

自分の力が恨めしい。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。

私はただこの国の、国民の為に努めていだだけなのに。

誰も私を助けてくれない。

いつだって誰かを助けるのは私。

何だかもう、疲れてしまった。

…いや駄目だ。

諦めるのだけは駄目なのだ。

あれだけ私を想ってくれている国民たちがいるんだ。

彼らは私が結界の管理をしていないことに不安を感じているかもしれない。

毎日怯えながら暮らしているかもしれないのだ。

「私が折れたら…いざと言う時にこの国は終わってしまう。」

国民を守る為にも諦めない。

だって私は…。


「君がこの国の聖女、ルシル・マリアンだね。」

気がついたら牢屋の前に知らない男が立っていた。

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