悪役令嬢編:悪役令嬢への転生

どうしよう…このままじゃ私…。

「絶対殺されちゃう…!」


私は元々日本にいた、なんてことはない普通の女子高生だ。

毎日将来役に立つかもわからない授業を受けて、あまり多くない友人たちとの会話に必死に混ざりながら帰路につく。

家に帰り「ただいま。」といっても返事はない…家族はいるのにね。

私はいつだっていない者扱いだ。

…でもそれでいい。

別に悲しいとか辛いとかもう思わなくなったし、現実を受け入れさえすればこれ以上の苦しみはきっと…。

毎日そんなことを考えながら過ごしていた。

あの日も変わらず何も感じない毎日を過ごしていた。

そのはずなのに…。

移動教室に向かう途中、学校の階段から落下した。

意識は朦朧としていたけれど、誰かに強く押された背中の感触は鮮明に感じ取れた。

…随分と長く気を失っていた気がする。

「私の人生これで終了だと思っていたのに…。」

ひとまず瞼を開くとまず目に入ったのは豪華な装飾。

一目で保健室や病院などではないと分かる天井。

身体を起こし周囲を見渡す。

天井にも負けないギラギラした装飾、大きな家具、そして目の前には大きな鏡。

そこに映る自分…え?

「…誰?」

何だこの気の強そう女は。

第一印象でこんなことを言ってはいけないかもしれないが…性格悪そうな顔してる。

何で私が見ている鏡にそんな女が映っているのだろう。

…あれ、この顔どこかで…。

「お嬢様!!」

うわ、びっくりした。

急に大きな声をあげないでほしい。

声の主を見ると、いわゆるメイドの格好をした女が立っていた。

誰だ階段から落ちた怪我人をメイド喫茶に送ったやつは。

そんなくだらないツッコミを脳内でしているとメイドが駆け寄ってきた。

「目を覚ましたのですね!どこか身体に不調などはございませんか?」

「え、あの、はい、大丈夫です。」

「お嬢様?どういたしました?やはり何処か体の身体の調子が…。」

「あのーすみません。これってどういう…。」

「少々お待ちください!すぐに医者を呼んできます!」

頼むからせめて会話をさせてほしい。

「皆様!キアラお嬢様が目を覚ましました!」

メイドは廊下に人を呼びに行った。

….この顔…キアラ…。

「あ」

そういえばしばらく前に友人に勧められたゲームがあった。

正直微塵も興味が湧かなかったが話を合わせる為に全クリまでプレイした。

確かそのゲーム内で主人公が気に入らないとちょっかいを出してその度に痛い目を見る、そしてどのルートでも必ず無惨に殺されてしまう悪役令嬢がいた。

確かその悪役令嬢の名前がキアラ・カース。

この鏡に映る顔の様に性格が悪そうな顔で…。

「…え?」

つまり私…ゲームの世界に転生してる?




「どうしよう…。」

あの後、多くの従者や医者、そして"この世界の両親"が部屋にやってきた。

どの人々も私の変貌ぶりに驚いている。

「間違いないです。キアラお嬢様は記憶喪失になられてしまいました。」

「そんな!?」

従者や両親が騒然としている。

というかお医者さん?記憶喪失ではなく多分転生って奴です。記憶がなくなったのではなくそもそも中身が別人なんです…。

「あぁキアラ。私たち家族のことも忘れてしまったの?」

こっちの世界の母が泣きながら詰め寄る。

うーん。私がゲームをプレイして知っているのはあくまで主人公視点の話であって、作中悪役令嬢の周りの人間関係は深く掘り下げられてなかったんだよなぁ。

だから正直な話、私のために涙を流す母の名前もわからない。

…凄く心苦しいな。

「…娘を元に戻す統べはないのか。」

母の後ろで医者に声をかけているのは父。

もちろん名前は知らない。

「はい…現状これらの記憶喪失の治療法は見つかっておらず、回復は見込めません…。」

治療法あっても記憶喪失じゃないから回復しないぞヤブ医者め。

それにしても…悪役令嬢の家族と聞いていたからもっと悪辣な環境なのかと勝手に想像していたが、かなり幸せな家庭ではないか。

自分のことでこんなにも悲しんでくれる優しい両親がいるのに何でコイツ悪役令嬢なんてやってるの?

何してんのよ本当に。

優しいご両親を悲しませる様なことするんじゃないよ!

…そのご両親を現在進行形で悲しませている原因は私な気もするけど。

とりあえずこの混乱した場を収めるしかない。

「…お父様、お母様。」

「キアラ?どうしたんだい?」

「記憶がなくなってしまった事はとても悲しい事ですが、思い出はこれからも作れるものです。それよりもまずは私について、そして私と関わりのある方々について改めて教えていただいてもよろしいですか?」

お嬢様言葉で話すのめちゃくちゃ恥ずかしい。

あまりにも慣れない。

「キアラ…貴女は何て良い娘なの!」

「あぁ、記憶を無くそうとも冷静に対応するその姿。父は感動したぞ!」

両親が力強く抱きしめてくる。

…両親に抱きしめられたのなんていつぶりだろうか。




従者や両親に話を聞いてみたところ、私…というよりキアラは部屋で気絶した状態で見つかった。

特に外部から侵入された様子や外傷、盗まれた物もないため、原因は完全に不明だという。

今は3月末であり、通っている学園の新学期が始まる頃。

…そして私の認識が正しければこのゲームのヒロインが入学してくる少し前。

(ぜっっっったい関わりたくない!)

このゲームのヒロインとキアラが関わると基本的にはろくなことにならない。

まぁ大体キアラからヒロインの邪魔をしようとしているわけだが。

少しヒロインに嫌味を言っただけでも攻略対象の男子にズタボロになるまで精神的にも肉体的にも追いやられ、最終的には殺される。

こちらから関わらなければそんなことにはならないのだろうか…不安だ…。

そうだ!

「お母様、実は少し体調が優れない様な気がしなくもなくて…。」

「本当ですか!?主治医!今すぐ治療を…!」

「お、お母様落ち着いてください!少し身体が怠かったり、なんかこう…怠かったりするぐらいなので!ただ、もしかしたら4月に入っても体調が改善せず学園にすぐに顔を出すことが難しい可能性もあります。」

「そんなこと気にしなくていいわ。まずは貴女の健康が一番大切だもの!」

優しい…私の母親にはそんなこと言われたことないや。

「とりあえず、しばらく部屋の中で療養させてもらいます。」 

「えぇ!そうしましょう!」

…なんかお母様随分と嬉しそうじゃない?

「…奥様は日頃お忙しいお嬢様を心配してらしたのですよ。」

メイドが耳元で囁く。

美人なメイドに耳元で囁かれて少しドキドキする。

そんなことよりキアラってそんなに忙しいキャラだったのか…いや、考えてみればなんだかんだ慕ってくれているキャラも多かった。

記憶が正しければ彼女は元々かなり人に厳しい人間だったはず。

他人だけでなく自分にも厳しかったということだろうか。

そういえば彼女がヒロインにちょっかいをかける様になった根本的な理由はキアラの婚約者であるカイザ王子が彼女に一目惚れしてしまうからだったな…。

確か気が強く厳しいキアラが嫌で物腰柔らかなヒロインに惹かれるんだよね…。

ぶっちゃけルート確定してからのヒロインとカイザの絡みは見てられなかった。

…カイザ君は母性を求めてたんだよね。

でも年齢の近い彼女にバブバブはどうかと思うな。

とりあえずできる限り体調不良を引き伸ばしてヒロイン含めた主要人物と会わない様にするしかない。

「この世界で生き残るため…私は引きこもる!」

人間関係を極力排除し、優しい家族に囲まれ、別な意味で面倒な学校には行かない。

もしかしたら私は危険と引き換えに理想の世界にたどり着いたのかもしれない。

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